その⑤
オレが汗で汚れた服を脱ぎ、田中太一さんにもらった蒸しタオルで身体を拭いてから、ワイシャツとズボンを着た丁度その時、天野さんが藍色の浴衣を着た姿で入ってきた。
「入るわよ」
「いや、もう入ってんじゃん」
「へえ、似合っているじゃない」
「あんたは浴衣なんだな」
「和服が好きだと思われているのかもね」
天野さんは「ふう、つかれたつかれた」なんて言いながら、部屋の、真っ白なシーツが被せられたベッドに腰を沈めた。
「それで、話なんだけど」
そう言いながら、持っていたボトルの水をオレに投げる。
オレはそれを受け取る。ラベルに、「敷島の天然水」とロゴが入っていた。製菓業をやっているって言ってたけど、こういうのにも手を伸ばしているんだな。
二人で冷えた水を飲みながら、天野さんは過去の話をオレにしてくれた。
「ええと、五十年前だから、一九五六年ね。日本が国際連盟に加入した頃だから、結構印象が深いのよ」
「ああ、そう」
「この村で、女の子の行方不明事件が多発したのよ」
「行方不明事件?」
「この村の女の子が、月に、一人か二人のペースで、居なくなるんだ。しかも、月の明るい日は特に」
「なんか、ホラーめいているな」
「そうそう。死体すら見つからないから、みんな『神隠し』とか『狼男の仕業だ!』なんて騒ぎ立てて、当時はオカルト的な原因を信じている人がほとんどだったの。私がこの村に流れ着いたときも、自宅の門の前に、魔除けの塩とかが置いてあったな」
魔除けの塩ね…。仮にもののけの類がいたとして、塩って効果あるのかな? おむすびの味付けに使われて終わりだろ。
変なことを考えていると、天野さんは「聞いてる?」と言った。
「その事件を解決したのが私なのよ!」
「どうやって解決したんだ?」
「そりゃ、もちろん、私の体質を利用したに決まっているじゃない!」
「体質…」
それって、まさか…。
「私が囮になって、犯人をおびき寄せたのよ」
なるほど、天野さんは不死だから、例え犯人に掴まって殺されようと、生き返ることができる。そして、犯人の顔を憶えて置けばお縄。ってことか。
「便利な身体だなあ」
「克己の身体もそうなんだけどね」
すると、天野さんは浴衣の袖を捲り、白い腕をオレに見せてきた。
よく見れば、二の腕にうっすらと線が入っている。
「克己も覚えておくといいわ。私たちは人魚の肉を食べて不老不死になった。老いることは無いし、傷を負ってもすぐに回復する。だけど、欠損した部位はそうは行かないわ」
「欠損って…」
今まで懐かしの話をするようにへらへらとしゃべっていた天野さんの表情が、神妙になった。
「完結的に言えば、五十年前の娘連続行方不明事件の犯人は、この敷島家に住んでいた人間だったの。若い娘を見つけると、連れ去って、犯して、それで、バラバラにしないと気が済まない猟奇殺人者」
「え…」
オレは背筋に冷たいものが走るのを感じて、ベッドから立ち上がった。
怖いものを見るように、天野さんに視線を向ける。
「ってことは! 天野さん! 非処女?」
「馬鹿!」
「ぐへえ!」
ボトルが飛んできて、オレの額に命中。オレはバランスを崩して、床に背中を打ち付けた。
天野さんはオレに上に馬乗りになると、顔を真っ赤にして弁明した。
「大丈夫! 犯され前に抵抗してやったから! バージンだから! 大丈夫!」
「いや、五百歳になって処女はまずいだろ」
「三十歳童貞に言われたくない!」
ぐへえ! 痛いところ突いてきやがった!
オレを一通り殴った天野さんは、ベッドに座り直し、話をもとに戻した。
「ええと、それで…、私の処女は奪われなかったのよね!」
「その話してないんだけど」
「だから、抵抗したときに、腕を斬り落とされちゃったのよ。結果的に事件は解決できたんだけど、私も慌ててたから、斬り落とされた腕を回収することができなくて…、そのままこの村を後にすることになったの」
「じゃあ、今、あんたの右肩から生えている腕はなんだよ」
「そりゃ、新しく生えたのよ」
ええ、そんな蜥蜴じゃあるまいし…。
「信じられないでしょ? 腕を斬り落とされるようなことなんて滅多に無いものね」
「まず無いだろ」
「生えるのに三年くらい掛かったのよ。その間、荷物を上手く持てなくて困ったわ」
「そんな問題?」
天野さんは自分の右腕の傷跡を、左手の指でそっとなぞった。
「なんだかんだあったけど、私は、殺人鬼から村娘を守ったから、それなりに感謝されてるの」
五十年経った今でもか?
オレの言いたいことを汲み取ったのか、天野さんは「わかるわよ」と頷いた。
「確かに、今の敷島家は没落したわね。だけど、あの時私が犯人を捕まえていないと、多分、今はここに館は無いと思うわ」
「これでもマシってことか」
「そうね」
もし、五十年前に天野さんがこの村で起こった猟奇殺人を解決していないと、今の敷島家は無い。そして、オレたちが食料を求めてここに来ることも無かったということか。人間の縁って、意外にどこかで繋がっているものだな…。




