その④
天野さんは悪そうな笑みを浮かべて、敷島明憲さんの腹を小突いた。
それでも敷島さんは気を悪くすることなく、恭しく頭を下げた。
「とりあえず、部屋に案内します。お召し物は洗濯しますから、部屋着に着替えていただけますか?」
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「昔は、沢山人が住んでいたんですけどね。あの件以来、辞めてしまう人が多くて」
敷島明憲さんは自嘲気味に言いながら、オレたちを二階の部屋に案内してくれた。
話によると、この館は四階建て。一階に応接間や食堂。二階に来客用の部屋。三階に、敷島明憲さんらの部屋。そして、一番上の四階に、田中太一さんら執事の部屋があるらしい。
各階を繋ぐのは、玄関から入って突き当たったところにある螺旋階段と、外に取り付けられた非常階段。エレベーターはあったが、随分前に壊れて動かなくなったという。
二階にある、来客用の部屋は全部で六つ。オレと天野さんは、螺旋階段を出て、すぐ近くの二部屋をあてがわれた。
「どうぞ、荷物は中に運んでいます。代えの服もありますので、着替えたら、外の籠に入れておいてください。シャワーの用意していますから、いつでもお声掛けくださいね」
「ありがとうございます」
「では、また暫くして」
敷島明憲さんはオレたち恭しくお辞儀をすると、階段を上って三階にいってしまった。
廊下に人が居なくなると、オレは緊張の糸を緩めて、天野さんに言った。
「凄いな、あの人。さすが名家の頭首って感じだな」
「そうねえ、昔は餓鬼ってイメージだったけど、父親が居なくなってから、自覚が芽生えたのかしらね」
「そろそろ教えてくれよ。五十年前、ここで何があったんだよ」
「あ、そう言えば言ってなかったわね」
「話についていけなくて、ちょっと肩身が狭かったんだよ」
「なに? 膨れてんの?」
「膨れてねえよ!」
まあ、悪い事件が起こったことは確かだよな…。これだけ外観と内装がいい館なのに、住んでいる人間が三人しかいない。しかも、奥さんはつい最近嫁いだばかりの若い女。
オレが廊下を見渡して詮索していると、天野さんは「こら」と言ってオレの頭を叩いた。
「失礼の無いようにね」
「いや、あんたさっきから失礼ばっかりだよな?」
「私は良いのよ。なんたって、この家を救った英雄なんだから」
「親しい仲にも礼儀ありって言葉をご存じでない?」
初めてあった時もそうだったが、この人は人との距離の詰め方が違うんだよな。
「とりあえず、汚れた服は脱いで、代わりの奴に着替えるわよ。話はそれからね」
「はいはい」
「十分後に克己の部屋に集合でいいかな?」
「おう、いいぞ」
それだけ言うと、オレは踵を返して自分の部屋に入った。