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その③

 目的地だった敷島亭は、山を切り崩して作った道の先にひっそりと建っていた。


 煉瓦調の外観で、オレが通っていた中学とトントンな大きさ。周りを高い塀に囲まれていて、門には、洋風の鉄柵がそびえている。その隙間から、青々とした芝生の庭が見えた。


「へえ、こんな豪邸って、存在するんだな」


 オレが荷台から身を乗り出して言うと、運転席の田中太一さんが「いいでしょ?」と自慢げに言った。


「これは、先代の敷島様が建てた豪邸です。と言っても、二十年前に一度リフォームして、内装は今風になっています。ちゃんと電気も水道も通っていますし、テレビだって見えますから」


「金あるんだなあ…」

「昔は、貿易で財を成していましたが、今は製菓の方に進出しているんですよ。聞いたことがありませんか? 『敷島製菓はやっぱり美味い!』っていうCМソング」

「すみません、普段テレビ見ないんで…」

「ああ、そうですか」


 門の前までトラックを進めた田中太一さんは、「少し待っていてくださいね」と言って、一度車を降りた。それから、門の方に走っていき、持っていた鍵で門を開けた。また、汗だくになりながら車に戻り、車を発進させる。


「昔はたくさん召使も居たんですが…、今は、私と奥様と、ご主人様だけです。だから、こうやって門もいちいち開閉しないといけなくてね」


 トラックは芝生の庭の横に設けられた、石畳の道を通って、豪邸の裏の駐車場に回り込んだ。


「さあ行きましょう」


 その言葉で、オレと 天野さんは荷台から飛び降りた。


「荷物持ちますよ?」


「うん、頼む」


 天野さんは背負っていたナップサックを田中さんに預けた。


「さあ、克己さんも」

「あ、ありがとうございます」


 オレもリュックを田中さんに預けた。

 オレは三十歳。天野さんは約五百歳。それ相応の歳は食っているが、見た目は十四歳と十八歳だ。そんな餓鬼に、定年を控えた大人がへこへことしている姿が、どうしても違和感にしかならなかった。


「どうぞ」


 クッキーみたいな彫り込みが入った扉を開けて中に入る。


 洋風の建物なので、勝手に土足のイメージをしていたが、ちゃんと外と中区別する上り框があり、おそらくこの家の者ものと思われるサンダルが二足、丁寧に揃えられてあった。端には、どうやって運び入れたのかわからない大きな靴箱が置いてあり、その上に、オブジェが綺麗な状態で飾られている。壁には、綺麗な女性を描いた絵画が沢山掛けられていた。



「すごいですね…」



 思わず口にすると、田中さんは満足そうに頷いた。


「ご主人様が好きなんですよ」


 天野さんが「へえ」と懐かしそうな笑みを浮かべて頷いた。


「あの餓鬼が、こんな趣味を持つようになったとはね」


 奥に目を向けると、突き当たったところに螺旋階段があり、そこから左右に通路が分かれていた。


 そこから、老いた男と、若い女がトントンと降りてきた。


 男の髪の毛は灰をまぶしたようになって、頬にはほうれい線がくっきりと残っている。しかし、背筋がピンと伸びていて、老いを感じさせない風貌だった。おそらく、彼がこの家の家主である「敷島さん」だろう。


 女性は、胸元の開いたワンピースを身に纏い、艶やかな髪を頭の後ろで束ねていた。小柄で、肌も白い。胸の形はが綺麗に整っていて、その妖艶な容姿に思わずどきりとする。


 男は、オレたち、いや、天野さんを見るや否や、「おお! 天野様!」と張りのある声を上げてた。階段を快活に降りて、半ば走るようにしてこちらに向かってきた。


 天野さんは「久しぶりだね。敷島のクソガキ」と笑った。


「ええ、もうこんな歳になってしまいましたが…」


 恭しく天野さんに礼をする男。

 オレがきょとんとしていると、男はオレの方を向き、丁寧に腰を折った。


「こんにちは、私は、敷島家の三代目当主、『敷島明憲』でございます」


 すると、天野さんがオレの頭をぽんぽんと撫でた。


「明憲。この子は克己。最近私の度に同行するようになった餓鬼だから、よろしくね」


 最近って…、十六年前だろ。


「身寄りが無かったから、引き取ったんだ」

「そうですか…、天野さんはいつもお優しいですね」

「そんなこと無いわ! えっへん!」


 まんざらでもなく無い胸を張る天野さん。


 敷島明憲さんは、「それから」と言って、彼の後ろにちょこんと控えている若い女性を指さした。


「こちらが、私の家内です」

「こんにちは、敷島遥です」


 敷島遥と名乗った女性は、オレたちに恭しくお辞儀をした。前のめりになった拍子に、彼女の豊満な谷間が見えたことは黙っておこう。


 それにしても、この爺さん、こんな若い女の人を嫁さんに迎えたのか…。見た目に寄らず、あれだな…。


 天野さんは、オレが心の中で思ったことを隠しもせず、むしろ面白そうに、敷島明憲さんを小突いた。


「おいおい、明憲。あんた、私みたいな年上が好きだったんじゃないの? なんだよ、この可愛らしい奥さんは!」


「遥とは、数年前にパーティで知り合ったんです。とても優しい女性ですよ」


 さすが名家の当主。心の広さが違う! こうやって茶化された時は、オレなら「なんだよ! このくそ婆!」と叫んで殴り掛かっていることだろう。


「それで、天野様、今日はどうしたんですか? びっくりしましたよ。五十年ぶりに連絡が入って、『近々寄らせてくれ』って…」


「ああ、悪いわね。少し、旅の資金に困っているの。こんなことを頼むのもなんだけど、少し食料と水を分けてくれない?」


 オレの頭をぽんと叩く。


「この子がうるさくてね。あと、少しの間だけ泊めてちょうだい」

「いや、全部オレのせいにすんなや!」

「いいですよ」


 敷島明憲のさんは快く承諾してくれた。


「敷島家は、天野さんに感謝してもし切れない恩があります。天野様の当分の旅の費用は負担しましょう」

「そう言ってくれると思ってた!」


 天野さんは悪そうな笑みを浮かべて、敷島明憲さんの腹を小突いた。

 それでも敷島さんは気を悪くすることなく、恭しく頭を下げた。


どうでもいい話


天野さんの、面倒見がよく、強い姿は、私の理想の姉です。頭撫でて、ぎゅっと抱きしめてもらいたい。気持ち悪いか。

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