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その⑳

 目を覚ますと、白い天井が見えた。


 オレは硬いベットの上に横になり、喉元まで薄い布団が掛けられていた。鼻を突くような消毒液の臭いから、ここが診療所の病室であることを察する。


「オレは…」


 生きているのか? 


 意識と身体が繋がっていない奇妙な感覚の中、隣を見ると、天野さんが白い壁にもたれてオレを見ていた。


「あ、目が覚めたね」


「天野さん!」


 オレの上半身は何の痛みも無く、快活に起き上がった。


「あれ?」


 頭に触れる、胸に触れる、喉に触れる。


 何処にも、あのアパートの二階の高さから落下したときに傷は無かった。


「なんで…?」


 傷が、消えた? それとも、全部夢だったのか?


「夢じゃないよ」オレの心を読んだように、天野さんが言った。「あんたが怪我をしたのも、あんたの怪我が治ったのも、全部夢じゃない」


 自分の右手をオレに翳す。


「疑問に思っていたね。喉を切られて死んだはずの私が、どうして生き返ったのか」

「……、ああ」

「単純明快、それは、私が不老不死だからだよ」

「不老不死…?」

「その名の通り、死なない。老いない身体を持っているの」


 死なないだと? 老いないだと?


 オレはわけがわからないまま、天野さんの身体をつま先から頭の先まで眺めた。

 白を基調とする、山伏のような、巫女のようなデザインの着物を身に纏い、夕暮れを切り取ったかのように赤茶色の髪。藁で編んだ傘を被り、右手に錫杖。見た目は十八歳ほどで、華奢で整った可愛らしい顔立ちをしていた。


「私、五百歳のおばあちゃんだからね」

「はあ?」


 オレの声が裏返った。


「おいおいおいおい! そんなこと、ありえねえだろ!」

「あり得るから、私が生きているのよ。そして、あんたが生きているの」


 にやっと笑って、オレを指さす天野さん。


「オレ?」

「私の血を呑んだでしょ?」


 呑んだ…、っけな? 


「私が昔食べた人魚の肉のように、私の血肉にも、人を不老不死にする効能があるわ。その効果は絶大でね、今に死にそうな人間に使っても効果を発揮するの。呑めばたちどころに傷は癒えて、身体は不老不死の身体に作り変えられる…」


 天野さんは、「つまり!」と強調した。


「あんたの身体も、不老不死になったから!」

「あ?」


 開いた口が塞がらない。


「不老不死?」

「そうそう! 不老不死! よかったわね。一生死なない。一生老けない! 五百年経ってもこの通りぴちぴちの身体を手に入れられるの!」


 天野さんは薄い胸を張った。


「これで、俊介に殺されても、死ぬことは無いわ! もちろん、村人に石を投げられて怪我したってすぐに元通り! なーんてことでしょう!」

「ふ、ふざけんなよ!」


 オレは元気になった身体でベットから飛び降りると、天野さんに食って掛かった。

 傷が治ったのは嬉しいさ。


「ってことは! オレは一生この姿のままかよ!」

「そうよ? よかったじゃない。いつまでも若いままでいられるんだから!」

「やだよ! どうせだったら大人になりたいよ!」


 大人になって、ダンディな格好をして、女の子と遊びたいよ!


「オレは、十四歳の餓鬼のままってことだろうが!」

「ふふふ、甘いわね。年下好きの女性はいつの時代も存在するわ。案外貴重なステータスよ?」

「あのなあ!」


 もっと真剣に考えてくれよ…。


「確かに生きて居られて嬉しいよ!」嬉しいけど。「やだよ、オレ、周りがどんどん大人になっていくのに、自分だけ餓鬼のままなんて」


 竜宮城で楽しい時を過ごしてから地上に戻った時、村の様子がまるっきり変わってしまっていた浦島太郎の話を思い出しながら言った。


「おいおい! 生きていたいけど、不老不死にはなりたくねえんだわ! 何とかならねえのかよ!」

「うーん、ならないわねえ」

「ならないのかよ…」


 脚の力が抜けて、オレはその場にへたり込んだ。 

 そうか…、オレは一生、この餓鬼の姿のままなのか…。

 がっくりと肩を落としていると、天野さんが腰を落として。オレと視線を合わせた。

 天野さんは慈愛に満ちた笑みを浮かべてオレにこう言った。


「さて、ここで、五百年生きた先輩が、君に二つの選択肢を与えるよ」

「選択…?」

 しなやかな指を一本立てる。


「一つ。不老不死になったままこの村に残り、永遠に村人たちに迫害されながら生き続けるか…?」


 二本目の指を立てる。


「二つ。私と一緒に来て、『不老不死を治す方法』を見つけるのか」


「………」


「私の目的は、『寿命を全うする』ことなのよ。この村にやってきたのも、バニバニ様の記事を見て、不老不死に関する何かを知ることを期待したから」


 まあ、見当違いだったけどね。と、天野さんは自嘲気味に笑った。

 それから、「さあ、どうする?」と、オレに挑戦的な視線を送る。


「ここに残るか、私と来るか…」


「オレは…」


















第一章·····完結

 一九九〇年 四月十日

 四国のとある村にて、当時十四歳だった男子中学生が、男性一名を刃物で殺害し、その息子である同級生をアパートの二階から落として殺害しようとした事件が発生。

 事件後、男子中学生は署に出頭。重体だった被害者の男子中学生は、その日の内に、病院内から失踪した。






































 三十年が経った今でも、、発見されていない。

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