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その⑯

「あんた、結構、他の人に迷惑掛けているのね」

「まあ、そうだな」


 確かに、親父が暴れるのはオレにも非があるのかもしれない。

 部屋の中に親父の血が充満してむさくるしくなってきたので、オレたちは一度部屋の外に非難して、田舎の新鮮な空気を吸い込んだ。


 いまだに本部からの応援が来ず、石丸巡査は苛立った様子だ。


「あーあ、いつまでかかんだよ。オレは早く巡回に戻って、将棋の続きやりたいってのに…」

「あんた、なんで警察になったんですか?」


 無能な石丸巡査は放っておいて、オレと天野さん、俊介の三人は、幸三さんと赤本さんから少し距離を取り、話をまとめることにした。


「二人の話は、一応一致しているわね」

「ああ、親父が静かだったこと。一度だけ、『何やっとんじゃ』って叫んだことはな」


 オレは俊介に話を振った。


「お前はどう思う? あの二人、どっちが怪しいと思う?」

「うーん」


 俊介は、ちらっと通路の端で待機している二人を見比べた。


「正直に言わせてもらったら、赤本さんだよなあ。幸三の爺さんは確かに元気だけど、手すりを使って移動するほどアクティブに見えねえもんな」

「まあ、赤本さんは若いから、そう言うこともできないこともないか…」


 言い淀んでいると、オレの言いたいことを察した天野さんが口を開いた。


「でも、見た感じ、赤本さんはあんたのお父さんを恨んでいない感じね」


「ああ、そうなんだよ」


 オレは天野さんを見て言った。


「赤本さんは、つい最近、隣町から引っ越して来たばっかりだから、バニバニ様の一件を口伝いでしか知らないし…、父さんに金もだまし盗られていないから、そこまで恨んではないみたいなんだ」

「そんな感じね」


 あの人が寛容な性格で助かったと思った。幸三の爺さんみたいな、人に殴りかかってくるような乱暴者に挟まれた部屋なんて耐えられない。


「だけど、わからないぜ。度重なるオレと親父の喧嘩で睡眠を妨害されて、遂に我慢できなくなったのかもしれないし…」


 と言ったところで、オレは「さすがに無いか」と自分の発言を撤回した。


 俊介もオレの親父を殺した犯人を真剣になって考えてくれた。


「動機なら幸三の爺さん。身体的に言えば、赤本さんか…」

「俊介、お前は、真上の階に住んでいるけど、何か変なものを聞いたり見たりしてないか?」

「え、オレか?」


 俊介は自分の鼻を指した後、首を横に振った。


「テトリスに夢中だったから、憶えてないな」


 まあ、そうか。音が聞こえるようなことは無いか…。

 ふと気が付くと、隣で一緒になって考えていた天野さんがいなくなっていた。


「え、天野さん?」


 忽然といなくなるものだから、オレは謎の焦りに襲われて、辺りを見渡した。

 天野さんは、錫杖を片手に、オレの部屋の薄汚れた扉を睨んでいた。


「なんだ? 天野さん、何か気になることでもあるのか?」

「いや、よくよく考えてみれば…、私、あんたの部屋にすぐに入れたのよねえ…」

「あ?」



 何言ってんだ?



 ぴんと来ていないオレに、天野さんは諭すように言った。


「つまり、鍵が開いていたってことよ」

「鍵が開いていた?」


 思い起こすと、確かにそうだった。部屋の中から血の臭いが漂っていることに気が付いた天野さんがオレに錫杖を預けて、部屋に飛び込んだ時、この薄汚く、建付けの悪くなった扉は意図も簡単に開いたのだ。


「一応行くけど、あんたのお父さんって、普段は部屋の鍵を開けている派? 閉じている派?」

「ああ、閉じている派だな」

「よね」

「バニバニ様の一件から、結構オレの部屋にいたづらする奴が多くてな」


 疫病神。と書かれた張り紙をよく貼られたりしたものだ。


「あの親父、平気そうに見えて結構小心ものだから、警備の方には神経質になっていたんだよ」


 はっとする。


 背中を、ぬるっとしたものが伝った。


「じゃあ、なんで扉が開いていたんだ?」

「それよ」


 天野さんは錫杖の金具の部分をオレに向けた。


「部屋の扉が開いていたってことは、あんたのお父さんが開けたってことよね?」

「うん」

「そこまで神経質になっていたのだと言うのなら、普通、信用しない人間は部屋に上げない…」

「ああ」

「でも、鍵は開いているってことは…」

「親父は、見知った人間を部屋に上げて、そいつに殺されたってことか…!」


 そこまで推理したところで、オレと天野さん、そして俊介は一斉に幸三の爺さんと赤本さんの方を振り返った。


 急に見られるものだから、石丸巡査と駄弁っていた二人は困惑した様子。


「なんじゃ! ワシの顔に何かついとるんか!」

「犯人はわかったかな?」


 オレは「わかりません!」と叫んでから、再び、天野さんと俊介と顔を突き合せた。


「オレの親父が、あの二人を部屋に上げるかな?」

「う、うーん」


 まず、幸三の爺さんは無いだろう。あの人は親父を恨む人間第一号だから。じゃあ、赤本さんか? と言われれば、それもちょっと違う気がする。あの人は親父とほとんど接点が無い。まあ、赤本さん顔はいいから、ちょっと色仕掛けを使ったら入れそうな気もしないけど…。


 順調に進んでいると思われていた推理だったが、ここに来てつま先からすっころんだように思えた。



「じゃあ、親父は、誰に殺されたんだ…?」



 すると、石丸巡査が、泣きそうな顔をしてこちらに歩いてきた。手には、最近発売されたばかりの携帯が握られてある。


「石丸さん、何ですか?」


「ここで、残念なお知らせです。本部からの応援ですが、途中の山道で土砂崩れがあったみたいで、到着にもう少しかかるそうです」


「ええ…」

「もうやだよー、オレ、早く帰って将棋したいのに」

「あんた、なんで警察になったんですか?」


「大体、お前の親父のせいだぞー。親父さんが村人騙すようなことしなければ、この村は大した特徴も無いまま、少子高齢化で村人が全滅するまで平和だったのに…、オレは事件の無い村で、給料をたんまりもらいながら将棋を指すつもりだったのに…」

「あんた、だから警察になったんですか?」


 正義の警察官とは何処へやら。


 とにかく、役立たずの石丸巡査以外の警察が駆け付けるまでまだ時間がある。これを吉ととるか、凶と取るか…。


「まあ、よかったでしょ」


 天野さんが錫杖をコンクリートの上で突いてそう言った。


「科学的調査にうるさいあいつらが来たら、ちょっと話がややこしくなるからね」

「話がややこしく?」


 オレは、天野さんの白い首を見た。


 オレが部屋に入った時、あの人は間違いなく死んでいた。その白い首を裂かれて。今はもう固まり始めているが、部屋の床に広がっている血液には親父のものだけじゃなくて、彼女のものも混ざっていることだろう。



 なんで傷が消えたんだ?

質問コーナー

Q「俊介の好きな食べ物は?」


A「母親のカレーライスです。村で採れる野菜をふんだんに使います」

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