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その⑮

 爺さんはいったん置いておいて、オレは俊介と赤本さんに、経緯を一から百まで、一言一句違わず説明した。さすが若者。と言うべきか、それとも、俊介の説明がへたくそ過ぎたのか、赤本さんはオレの説明で全てを理解してくれた。


「はいはい、なるほど、つまり、扉の前には克己君が立っていたから、君のお父さんを殺した犯人は外に逃げた可能性が高いってことね」


「だけど、田んぼには飛び降りた形跡が無かったから、普通に考えれば、一号室の赤本さんか、三号室の幸三さんのベランダに移ったってことを考えたのね」


 すると、黙って聞いていた幸三さんがわざとらしく鼻を鳴らした。


「犯人はその女に決まっているだろう! まだ若いんだからな! ベランダくらい難なく飛び移れるだろうが!」


「あら、幸三さん、この前はうちの部屋の前の電球を取り換えてくれてありがとうございました! あの時の幸三さんの身のこなし、ほんと軽やかで素敵でしたよ?」


「このアマ! 言うな!」


 赤本さんがやってきてから、殺人現場はさらに混沌を極めた。

 当然のことだが、赤本さんも、幸三の爺さんも「私はやっていない」「ワシはやっていない」と否定した。


 このままではらちが明かないので、オレと天野さんは話題を変えた。


「じゃあ、犯人は別にいて、ベランダの手すりを伝ってアパートの端まで移動して、足跡が残らないような場所から飛び降りたってことは無いかしら?」


 天野さんが言うと、幸三の爺さんも、赤本さんも首を横に振って否定した。


「そんなわけあるか! ワシは自分の部屋にずっといたんだぞ? さすがにベランダの手すりを歩いている奴がいたら気づくわ!」


「私も、幸三さんと同じね。今日は仕事が休みだったから、部屋でごろごろしていたんだけど、そんな変な人間いたら即刻警察に通報して、石丸巡査に来てもらっているわよ」


 となると、犯人はやっぱり、赤本さんか、幸三の爺さんのどちらかか…。

 すると、今まで空気だった石丸巡査が気休めとばかりに口を開いた。


「じゃあ、赤本さん、幸三さん、何か不審な音は聞きませんでしたか? 例えば、犯人と克己の親父さんがもみ合っている音とか…」

「争っている音ねぇ…」


 少し気まずそうな顔をする赤本さん。目をじとっとさせて、オレに確認を取るように見てきた。


「それが、本当に静かだったのよ」 


 静か?


 赤本さんの言葉に、幸三の爺さんも賛同した。


「そうだな、いつもなら、お前の親父は酒飲んで暴れて、皿割ったり、壁殴ったりでうるさかったが…」

「今日は凄く静かだったの」


 二人が言おうとしていることを理解して、オレは頷いた。


「まあ、確かに、いつもは酒飲むと手が付けられなくなってたからな。昨日も、酒飲んだ親父と喧嘩して、ぼこぼこに殴られたわけだし…」


 すると、赤本さんは「そうだよ!」と思い出したように言って、目の下の隈を指さした。


「きのう、すっごく喧嘩してたでしょ? おかげで眠れなかったのよ。女の子は睡眠が大事だって言うのに!」

「すみません」


 だったらそのそばかすもどうにかなりませんか? という言葉を呑み込んで、オレはさらに続けて聞いた。


「じゃあ、何か、他に気が付いたことは無かったか?」

「うーん…」


 腕を組んで考える赤本さん。すると、幸三の爺さんが何かを思い出して言った。


「一度、叫ぶのは聞いたな」

「叫んだ?」

「あ! 私も!」


 赤本さんも首を縦に振った。


「ほとんどの時間静かだったんだけど…、一度だけ…、すっごく大きな声量で、『何やっとんじゃあああっ!』って叫んだのよ」


 一度だけ、叫んだ?


 まあ、叫ぶこと自体は珍しくないことだ。特に、酒を飲んでいるときは、毎日のように言葉にならないことを声高々に叫んでいる。昨日、オレと喧嘩したときも「殺してまうぞワレ!」とか、「黙れやワレ!」とか「うるさいワレ!」とか叫んでオレを殴ってきたからな。ワレワレワレワレのバーゲンセールだよ。


 赤本さんはへへっと笑った。


「まあ、いつものことだから、全然気になかったけど!」


 すると、隣で聞いていた天野さんが、オレの学ランの袖を引っ張った。


「あんた、結構、他の人に迷惑掛けているのね」

「まあ、そうだな」


質問コーナー

Q「克己はモテますか?」


A「黙っていればモテます。口を開けば女子は逃げます」

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