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その⑭

「ああーうぜえ…」


 オレはお隣の扉の前に立ち、ぼやいていた。


「大体…、なんで親父の息子のオレまでもが周りに恨まれなきゃいけないんだよ」

「人間てものはそういうもんだぜ、詐欺師の息子」

「あんた、なんで警察になったの?」


 インターフォンを押すと、軋むような電子音が扉の奥で聞こえた。

 むすっとしているオレを見て、天野さんが言った。


「ってか、お父さんが死んだのに、随分と冷静ね」

「まあ、死んで当然の奴だからなあ」


 確かに、死んだことにはびっくりだったが、内心では喜んでいる自分がいた。

 幼い頃から、親父の酒癖や乱暴には飽き飽きしていた。母さんが貯めた給料だって、すぐに酒代に変わったし、酒を呑めば暴れる。餓鬼のオレを畳に押し付けて、何度も殴られた。


 オレが中学に上がるころには、母さんは愛想をつかせて出ていってしまった。


「でも、オレの部屋を血まみれにするのは困ったもんだ」


 雑巾で拭いたら綺麗になるかな?


 ガチャと鍵を開ける音がして、扉が開いた。


 脱水した後の洗濯物のように、皺だらけの顔をした爺さんがオレたちを迎えた。


「はいはい、誰ですか?」

「あ、お隣の克己ですけど…」


 老人はオレの顔を見るやいなや、垂れ下がっていた瞼をカッと上に吊り上げて、入れ歯がとびそうな勢いで叫んだ。


「貴様ッ! 詐欺師の息子!」

「はい、詐欺師の息子ですよー」

「この疫病神が! このアパートから出ていけえッ!」


 老人は玄関の杖立てから杖を抜くと、オレに向かって振り下ろした。

 回覧板を配りにいくといつもこうなので、オレは慣れた手つきでそれを新剣白刃取りをする。


「この餓鬼! さっきは良くもワシの畑の蜜柑を盗み食いしおったな!」

「爺さん、あの蜜柑まだ酸っぱかったぜ」

「熟れずに食うからじゃ!」


 爺さんの顔を見て、天野さんが何かを気が付いたように言った。


「あれ、このおじいさん、さっき草刈り鎌振り上げてた」

「そうそう、お隣さんなんだよ。名前は、本並幸三さん」

「ワシの名を呼ぶな! 汚らわしい!」


 幸三の爺さんは、唾をまき散らしながらそう叫ぶと、老体に鞭を打って、オレを押し飛ばした。


 オレはふらつき、硬いコンクリートの上に腰を打ち付けた。


 すかさず幸三の爺さんがオレの上に馬乗りになり、杖でオレをめったうちにした。


「この疫病神! この疫病神! この疫病神!」

「ああもう! 話が進まねえな!」


 さすがにオレが突き飛ばしたら、爺さんは死にかねないので、腕で頭を護った。。

 数十回殴られたところで、ようやく石丸巡査が幸三の爺さんを止めた。


「幸三さん、もうそのくらいにしといてください」

「この餓鬼が! ワシの怒りはこの程度じゃ済まんぞ!」

「お気持ちはわかりますけど、とりあえず話を聞いてください」


 さすが大人、さすが警察と言うべきか、石丸巡査はオレから幸三の爺さんを引きはがした。



 まあ、止めるならもっと早くに止めてほしかったけど!



「大丈夫?」


 傍で見ていた天野さんが、殴られて腫れあがるオレの顔を覗き込んだ。


「あんたのお父さん、本当に多方面から怒りを買ってるのね」

「あの爺さんは別格だよ」


 オレは石丸巡査に羽交い絞めにされている幸三さんを見た。


「あの爺さん、神様に対する信仰心が厚いからな。バニバニ様の話が上がった時は、本当に喜んで、結構な金を父さんに渡したんだ。自分も年金暮らしで余裕が無いのにな」

「なんだと! この餓鬼! 貴様もいつかはこうなるんだ!」


「それで、奥さんがいて、急病を患ってな。父さんに金を渡していたせいで、いい治療が受けられずに、死んじまったんだ」


「ああ、それは…」


 天野さんは察して、苦い顔をした。


「恨まれて当然ね」

「そうなんだけど…、オレは別に関係無いけどなあ…」


 実際、あれが話題になったころ、オレは家出をして俊介の家に通いっぱなしだったから、親父の荒稼ぎで得た金の恩恵は皆無だった。


 オレの父さんのせいで大切なものを失ったのは、この人くらいなものだ。他は、確かに金をだまし取られたものの、ほとんどが手元に戻っている。


 オレは羽交い絞めにされている幸三じいさんい聞いた。


「それで、爺さん」

「なんだ疫病神!」

「さっき、オレの部屋で、親父が死んだんだ」

「死んだ?」


 暴れていた爺さんの動きがピタッと止まった。


「死んだって、あいつがか?」

「おう、嬉しいだろ?」

「嘘つけ! そんなわけないだろう!」

「なんなら、死体を見てみるか?」


 オレは爺さんを引きつれて、再び部屋に戻った。


 最初は「ワシを騙そうたってそうはいかん!」と怒鳴っていた爺さんだったが、壁にもたれかかり、混濁した瞳で虚無を見つめる親父の死体を見た途端、「なんてことだ…!」と絶句した。


 いつもオレや親父に対して、「シネ」だの「消えろ」だの言っている爺さんだったが、やはり、いざ本当に死ぬと、顔を引きつらせて困惑していた。


 オレは少し勝ち誇ったように言った。


「本当だろ?」

「あ、ああ、本当に死んでおる…」

「それで質問だ。爺さん、あんた、オレの親父を殺したか?」

「なんだと?」


 唐突な犯人呼ばわりに、爺さんの顔が一瞬で真っ赤になった。


「貴様! ワシを犯人呼ばわりするのか!」


 爺さんは振り向きざまに、オレの頬を殴った。


「なんて餓鬼だ!」

「そういうわけじゃないんだよ」


 いてえ、口切ったな…。


「もー、仲良くしなさいよ」


 オレと爺さんを会話させても、一向に話が進まないと理解した天野さんが、爺さんの前に立ち塞がるようにして立った。


「いいですか? おじいさん。この部屋に先に入ったのは私なんです。そこで、克己のお父さんが死んでいるのを発見しました。その後、振り返った瞬間に、まだ部屋に身を潜めていた犯人に襲撃されたんですよ」

「おう! お前誰だ!」

「天野です! 旅人です!」


 既視感のある、簡潔的な自己紹介を終えた天野さんは、幸三の爺さんに続けて説明した。


「扉の前には、克己が立っていたので、玄関から犯人が出ていくことは無いんです」

「そうか! それで、なんでワシが犯人にされるんだ?」


 別に犯人にしたわけじゃない。


「ベランダから下を見てもらえればわかると思いますが…、このアパートのベランダ側には田んぼがあるんですよ。ベランダから外に逃げたとすれば、その田んぼに二階の高さから飛び降りた時の足跡が残るはずなんです。だけど、田んぼにはその足跡が無かったんです!」

「そうか! それで、何でワシが犯人にされるんだ?」

「話きいてんのか! このクソ爺!」


 察しの悪い幸三爺さんに、敬語で話していた天野さんも怒った。


「消去法で考えれば、『隣のベランダに移った』って考えるのが普通なんですよ!」

「ベランダから隣の部屋に移っただとお?」


 ただでさえ皺だらけの顔に、されに皺が刻み込まれた。


「こんな年寄りに、そんなことができるわけないだろう!」

「って言ってるけど」


 天野さんは疲れたような顔をしてオレの方を振り向いた。

 オレは腕組みをする、むすっとして言った。


「爺さん、嘘はダメだぜ。あんた、体力的にまだまだ余裕だろう?」


 実際、オレたちは先ほど、草刈り鎌を持った爺さんに追いかけられている。そして、オレを押し倒して杖でめったうちにできるほど力があるんだ。無理な話じゃない。


「手すりに足を掛けて、あのプラスチックの板を掴みながら横に移動すれば、無理な話じゃないだろ」


「このクソガキが! そんな回りくどいことするくらいなら、玄関に立っているお前事殺してから外に出るわ!」

「怖いこと言うなよお…」

「それに、隣の部屋に移ったというのなら、一号室の女だって怪しいだろう! あの女は呼んだのか!」 


 そうだ。オレと親父の部屋は、二階の二号室。つまり、三号室の幸三の爺さんの部屋と、一号室の部屋の住人に挟まれているのだ。


「ああ、隣の部屋は、俊介に任せた」

「ああ、お前の悪ガキ仲間か」


 丁度そのタイミングで、部屋の扉が開いて、俊介が隣の住人を連れて戻ってきた。


「克己! 一号室の赤本さん連れてきたぜ!」


 俊介が連れてきたのは、オレの部屋の扉を向いて左側。つまり、一号室に住んでいる赤本和美という女性を連れてきた。


 高校時代のものと思われるジャージで身を包み、長く伸ばした髪の毛を頭の後ろで括っている。目はぱっちりとして、鼻も高過ぎず低すぎない整った顔立ちだが、化粧はしておらず、若干そばかすが目立つ。年齢は、二十代だろうか? すれ違ったら挨拶をする程度の仲なので、あまりよくわからない。 


 俊介に連れられて部屋に入ってきた赤本さんは、顔を真っ青にして言った。


「克己君! お父さんと一緒にいるのが耐えられなくて、殺しちゃったのって本当? それで、今から死体処理をするのって本当?」


「俊介てめえ! ちゃんと説明しやがれ!」



質問コーナー

Q「天野さんの身長を教えてください」


A「多分、克己よりは高いと思います。体重は…、四十キロ後半ですかね? そのほうが夢がありますね」

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