その⑫
オレの理解力が皆無なのか、それとも、天野さんがおかしいのか。
オレが見た時、天野さんは正真正銘死んでいた。のか? じゃあ、今、オレの目の前にいる天野さんはなんだ? 「生き返った」だなんて表現しているけど、ゾンビみたいなものなのか?
「あんた、何者?」
「その話は、ややこしくなるから控えるわ」
「既にややこしんだけど」
「私は死んでいた! でも生き返った! これにてお話終了! 本題に戻るわよ!」
本題とはつまり、誰がオレの親父を殺したのか? ということだった。
強引に話を戻した天野さんは、犯人の行先について推理をした。
「簡単なことよ、克己、あんたは部屋の扉の前でずっと待機していたんでしょ?」
「ん? ああ、そうだよ、あんたが貸してくれた錫杖を持ったまま」
「つまり、あんたのお父さんを殺して、そこに駆け付けた私も殺した犯人の逃げ場所は、二つあるってことね」
「二つ?」
「おい旅人! それって、玄関から逃げるか、ベランダから逃げるか。ってことか?」
石丸巡査が頭の悪いことを言った。
天野さんは敬語を交えてやんわりと否定した。
「違いますよ。入り口の扉には克己がいて、ずっと見張っていたんだから、まず扉から外にでることは不可能です」
「じゃあ、ベランダから逃げたのは?」
「それは正解です。そしてもう一つが、『まだこの部屋に留まっている』という手ですね」
「え…」
青ざめていた顔がさらに青くなる石丸巡査。歯をカチカチと鳴らしながら天野さんに聞いた。
「もしかして、まだ、この近くに、殺人鬼が…?」
「可能性の話をしました。押入れとか、お風呂とか、一通りは調べて、人間がいないことは確認済みですが…、もしかしたら、意外なところに隠れているかも」
「ええ、いやだよお、もう『ベランダから逃げた』ってことにしようぜ」
こいつ、本当に警察官なのか?
強引に犯人の行動を決定する石丸巡査に、天野さんは厳しい現実を突きつけた。
「そうですね。私も、克己も、『ベランダから逃げた』という説を推奨したいんですけど…、それだと少し問題があるんです」
「問題?」
「はい」
オレと天野さんは顔を見合わせると、フローリングに足を踏み入れた。
親父の血だまりを踏まないように気を付けながら、慎重に移動すると、窓を開けて狭いベランダに立った。
ベランダは、親父の専用スペースのようなものになっていて、足元の灰皿には大量の煙草の灰が捨ててあった。
「下、見てくださいよ」
「ああん?」
石丸巡査は、怪訝な顔をしながら、ベランダの手すりか身を乗り出して真下を見た。
オレはさっき天野さんと一緒に見たので、何があるかはわかっていた。
「なんだよ、田んぼがあるだけじゃねえか」
「田んぼですよ? しかも、春になって水を入れ始めてぬかるんでいる田んぼですよ?」
「それが、どうしたんだよ…」
ここまで説明しても察しの悪い石丸巡査。
オレはじれったくなり、乱暴に言った。
「だからよ! ここは二階だぜ? ベランダから逃げるにしても、真下は田んぼなんだ! 降り立った時に、絶対に足跡が残るはずだろう! そのくらいわかれよ、この無能警察!」
「ああ?」
石丸巡査は、どすの効いた声でオレを睨みつけた。
それから、もう一度ベランダから身を乗り出して下を見る。
「確かに…、足跡は無いな…」
「だろう?」
そこが、オレと天野さんで悩んでいる点だった。
「玄関はオレが見張っていたから、誰も出ていないことは確かなんだよ。室内だって、一通り探して人間がいないことは確認済み。じゃあ、消去法で、逃げ道はベランダになるんだけど、それでも、真下の田んぼには足跡一つ残っていないんだ」
「ほうほう、じゃあ、結局犯人が何処に逃げたかわからないってことだな?」
「まあ、そういうこと」
補足
石丸巡査は、私の別作品にも登場します。性格は違うので、パラレルワールドの石丸巡査だと思います。




