その⑪
貧乏なオレの家だったが、幸い電話は止められていなかった。
その固定電話を使って通報してから、ニ十分後、親父の死体があるオレの部屋に、若い巡査が駆け付けた。
「どうも、通報を受けてきた、黒河警察署のものでーす」
などと間延びした声で言いながら、部屋に入ってくる若い巡査。
待ち構えていたオレを見るなり、苦虫を嚙み潰したような顔をして後ずさった。
「ゲゲゲ! お前、詐欺師の息子じゃん! うわあ、いやだなあ、関わり合いたくないなあ」
「なんでそうはっきりと言うんですか?」
「そりゃそうだろ、ただでさえ人員が少ないのに、お前の親父のせいで、オレ二十四時間労働だったんだからな!」
正義の心で悪と向き合うはずの若い巡査は、以前、親父の詐欺が発覚したときの多忙を恨めしそうに語った。
「オレの名前は、黒河署の『石丸真人』な」
「一人ですか?」
「当たり前だろ? こんな村で事件が起きるなんて誰が予想するんだよ」
石丸巡査は、「くそ、せっかくのんびり将棋差してたのに…」と文句を言いながら、靴を玄関んで脱ぎ、部屋の中に踏み入れてきた。
オレは天野さんと一緒に巡査を案内した。
「台所を突っ切って、フローリングを見てください。左側に死体がありますから」
「おうおう、どれどれ?」
キッチンから、フローリングを覗き込む石丸巡査。親父の死体を見つけたのか、肩がびくっと跳ねた。次の瞬間には踵を返して走り出し、トイレに飛び込んだ。
「うええええええええ!」よ、巡査の嗚咽する音が聞こえる。
「やっぱ無理か」
「まあ、普通死体には慣れないわよ」
一通り吐き終わったのか、巡査は顔を真っ青にしてトイレから出てきた。
「お前ら! 何があったか説明しろ!」
「はいはい」
オレと天野さんは、この部屋で起こったことを巡査に説明した。
「まず、私が、この部屋の扉の前に立った時、ほのかに血の香りがすることに気が付いたんです」
「うんうん、そうなのね。ってか、お前誰だよ! 知らねえ顔だな!」
「天野です。旅人です」
天野さんは「そんなことはどうでもよくて」と言って話を続けた。
「私は、克己を部屋の前に待機させて、部屋に侵入しました」
「なんでだ?」
「だってそうでしょう。血の臭いがするんですから、殺人鬼だの自殺だのの予想は簡単に立てられるじゃない。まさか、十四行くか行かない男の子に、そんなもの見せられないでしょ?」
「天野さんも、大した年齢じゃないと思うんだけど?」
「失礼な! 五百歳だっつーの!」
「何言ってんの?」
ギャグなら笑えないぞ?
「とにかく、私は一人でこの部屋に入りました。そして、部屋の奥に奥にと進んで行きました。そこで、克己のお父さんの死体を発見したんですよ!」
「それで、あんたはどうしたんだ?」
「犯人らしき者に襲われました」
「え、そうなの?」
黙って聞いていたオレは、思わず身を乗り出して天野さんに聞いた。
天野さんは「もちろん」と頷く。
「と言っても、顔は見ていないわ。お父さんの死体を発見して茫然としていたら、背後に誰かが立ってね、振り返った瞬間、ナイフみたいなもので喉を切られたの」
そして、後はオレが見たまんまか。
「それで、天野さんは親父の傍らに倒れていたってことか」
「そういうこと」
喉を切られた。と言いながらも、天野さんの喉元には傷の一つとして見当たらなかった。唯一、彼女の身に纏っている着物が、血で赤く染まっているだけだ。
オレは腑に落ちないまま、天野さんに聞いた。
「犯人は何処に逃げたか、とか、わからないのか?」
「当然でしょ? だって、あの時はまだ死んでいたんだから」
「死んでいた?」
「うん、死んでいた」
「じゃあ、今は?」
「生き返った」
「ごめん、何言っているのかわからない」
質問コーナー
Q「克己の父親はどんな人でしたか?」
A「最低の野郎です。これ以外にありません」