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言葉足らず

 千歌ちゃんが言ってくれた言葉が、私の胸の中に入り込んでくる。

 今の状態を変えたいと思ってるのはホント。塾に通ってた時だってほとんど話した事は無かったの。それが、最近は客と店員としてでもまた会えた事と、接客の会話だけで少し満足しちゃっていたの。それが嫌だったからなんとかしようとして、昨日失敗しちゃったんだけどね。

 だけど……このままじゃダメだよね。


「そうだね。……うん。頑張ってみる」

『頑張れ! 上手くいったら後で聖美がここの今月の新商品全部奢ってくれるって』

「え、きーちゃんほんとっ!?」

『うんいいよぉ〜♪ 千歌には来週からきよのママで経営してるメイド喫茶でバイトしてもらうから〜、そのお金で買おうねぇ〜?』

『えっ!? なにそれ聞いてないんだけど!?』

『今決めて今言ったからね〜。いくらきよの家がお金持ちでも〜? お金を得る為には労働という対価が必要なんだよ〜? だからそんな事を言う千歌に拒否権は……ないよ?』

『ちょ、聖美!? ゴメンって! さっきのは冗談だからね? だから声低くしないで? ね?』

『もうママにメッセージ送っておいたからね〜』

『わぁぁぁん! それ絶対断れないじゃんかぁぁぁ!』


 イヤホンマイクの向こうからは、ブラック聖美ちゃんに怒られてる千歌ちゃんの嘆きが聞こえてきた。あ〜あ。でもメイド喫茶かぁ……。服、可愛いんだろうなぁ。千歌ちゃん似合いそうなんだけどな。


「ちーちゃん、なんでそんなに嫌なの? 楽しそうじゃない?」

『だ、だって……』

「だって?」

『あんなヒラヒラした可愛い服……恥ずかしいじゃんか……。胸元とか足とかジロジロ見られるし……』

「かわいっ!」

『かわいっ! (ピロンッ)』

『なっ!? 聖美!?』


 私と聖美ちゃんの声と何かの音が重なる。あと、千歌の驚くような声。

 まったく、見た目はギャルっぽいのに純情で可愛いんだからっ! だからこそ、千歌ちゃんは制服のスカートも短いしブラウスのボタンも開けてるのはどうなの? とは聞けない。


『みこちゃん、今送った画像見てみて〜?』

「うん? うん」

『や、やめっ! 見るなぁっ!』


 聖美ちゃんから突然そう言われてバックからスマホを出すと、私達のグループメッセの画面に一枚の画像が貼られていた。その画像は──


「え〜なにこれ超可愛いんですけど〜!」


 顔を赤くしてモジモジ照れてる千歌ちゃんの写真だった。


『ひゃわぇひゃ!?』

『ねえ〜? 可愛いよねぇ〜?』

「うんうんっ!」

『消して……お願いだから消して……』


 そういえば、この二人と知り合った頃から千歌ちゃんって聖美ちゃんには頭が上がらないよね。昔何かあったのかな? 今度機会があったら聞いみよっと。


『バイト頑張ったらねぇ〜……ってみこちゃん! 見て見て〜。彼、お店から出てきたみたいだよぉ〜』

「へっ!? あ、え、ほ、ホントだ……」


 目線だけエムエヌに向けると、店から出てくる彼の姿が見えた。なんだか元気なさげ? ってやばっ!


 彼が顔をあげてこっちを向きそうになったから、私は急いで体の向きを変えて彼に背中を向ける。


『ホントだ……じゃなくて、ほら海琴なにしてんの! 行かなきゃ!』


 すっかりいつも通りに戻った千歌ちゃんの声が耳に響く。

 う〜わかってるけどぉ〜!


『……ちゃんと見てみるとちょっと可愛い顔立ちかも〜? きよ、ちょっと声かけちゃおうかなぁ〜?』


 っ!?


「ダメっ!!!」


 そんなの絶対ダメ。聖美ちゃんは私なんかより小さくて可愛いんだもん。だから絶対ダメ!


『聖美……あんた少しやり方ってものが……はぁ、今更かぁ』

『ふふふのふぅ〜ん♪』


 二人が何か話してるけどそれどころじゃない。

 彼を取られるなんて絶対に嫌! そんなことになるくらいなら恥ずかしさなんてっ!


 私は耳に付けていたイヤホンマイクを外してポケットに入れると、彼に向かって少し早足で進んでいく。

 あと数メートル。あと数十歩。あと……もう手を伸ばせば届きそうな距離。


「あ、あのっ……!」


 私は自分の両手をギュッと握って声を出した。

 振り向く彼は、少し驚いたような顔をしている。

 ゴメンね。いきなり声かけちゃって。


「え? あれ?」


 あ、気付いたかな?

 ちょっと待ってね。今、頑張って伝えるから。


 ──って、え、何言えばいいの!?

 まずは昨日言った変なことの弁解と、いつも買ってくれてありがとうって事とか?

 付き合ってくださいって言うのはまだ早いよね。まずは連絡先とか交換できたらいいな。

 っていきなりそんな事言って大丈夫!? 引かれたりしない!?

 あ、塾で一緒だった事を言えば話もきっと盛り上がるかな? あ、ダメダメ。今の私は女子大生の歳上設定だった! どうしようどうしよう!? これでもし、彼も私の事が好きで強引に手でも引っ張ってくれたらどこにでもついて行くのに! ってそれはさすがに都合良すぎよね……。


「あ、あの? そこのエムドエヌドの澤盛さん……ですよね?」


 あ、名前覚えててくれたっ! 嬉しい!

 ……じゃなくって! 何か、何か言わなきゃ!

 えっとえっと……あーもう! 纏まらないよぉっ!


「えっと……俺を誰かと間違えたんですかね?」


 あぁっ! 違うのにっ! とりあえず何か一言だけでも言わなきゃ!


「あ、えと……わ、私を連れ去ってくださいっ!」

「へ?」


 ……あれ? 私、今、なんて言ったの?



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