海琴 ~海琴は大学一年生(嘘)~
そして放課後、千歌ちゃんの家に来た(連れてこられた)私は、やけに楽しそうな二人に服を着替えさせられてメイクもされた。ときどき、千歌ちゃんにボソッと「くぅっ! 聖美といい海琴といい何よこの胸。姉ちゃんの服でもギリギリじゃないの……。それに何? この柔らかさは。マシュマロなの!? 憎たらしいっ!」って言われながら思いっきり掴まれて痛かった……。マシュマロじゃないもん……。おっぱいだもん。
「うん、いい感じ。海琴、アンタは今から久鳴山大学一年、澤盛海琴よ!」
「あは、あはは……」
なんか複雑なんですけど……。
今の私の格好は、上から下まで大きめのボタンで止められた、デニム生地の膝丈ワンピース。その上に少し透け感のある白のストールを羽織ってる。顔には軽く化粧もしたし、髪はハーフトップにして花柄のバレッタで留めてる。うん。確かに女子大生っぽいかも?
でも、これでいつもの悪ノリも終わりだよね。この前は千歌ちゃんを清楚な感じにイメチェンさせて盛り上がったんだっけ。今日のはその延長みたいなものかな。
私はそう思いながら着替えるためにボタンを外して服の裾に手をかけ、そのまま脱ごうとした時、その手は千歌ちゃんと聖美ちゃんに掴まれた。
「ちょっ!? この位置で手を止められるとブラとかパンツ丸見えなんだけど!?」
「別に女同士なんだからいいじゃない。それよりも……さっ! 今すぐ海琴のバイト先の近くに行くわよ! もうすぐでその人が来る時間なんでしょ?」
「えっ、ホントに行くの!?」
「何言ってんの。ここまでやったんだから当たり前でしょーが」
「きよは頑張りましたっ!」
そりゃ頑張ったかもしれないけどっ!
「「れっつご〜!」」
仲良しだなぁ! もうっ!
◇◇◇
はい、連れてこられました。私のバイト先のエムドエヌド。通称エムエヌ──から少し離れたビルの影に。
「さぁ、海琴の想い人は今日は来るのか」
「来るとい〜ね〜」
「ちょっと待って……心臓ドキドキしてヤバい。ねぇ帰ろ? ホント帰りたいよぉ〜! 昨日来たから今日は来ないってぇ~! ね? かえ……あ、いた……」
私が二人に両脇から掴まれながらも、帰ろうとしていたその時、めずらしく店内で食べてる彼の姿が見えた。
「え、どれどれ!?」
「あっ! もしかしてあの人〜?」
「うん……」
そっかぁ。今日も来てたんだ。今日もバイトだったらなぁ……。こんな遠くから見るだけじゃなくて、すぐ近くで話せるのに。
「海琴〜?」
「みこちゃ〜ん?」
今日は何食べてるのかな? やっぱりいつものかな? 誰も見てない時、あなたが頼んだポテトの量をちょびっと増やしてるのも、きっと気が付いてないよね?
「聖美、見てみ? これが恋する乙女の顔よ」
「う〜ん、きよ達の声も届かないなんてよっぽどなんだねぇ〜。とりあえず後で何かに使えるかもしれないから写真撮っておくねぇ〜」
「あんたねぇ……」
ん? 二人とも何話してるの?
「なになに?」
「「なんでもない」」
「ん〜?」
「それよりもほら海琴、がんばってよっと! えいっ!」
「え〜い!」
「へ? ひゃっ!?」
二人は掛け声と一緒に私をビルの影から押し出してくる。いきなりだったから、私は踏ん張ることも出来なくて外に出ちゃった。
「え、ちょっ! 何!?」
「頑張るのよ、海琴。私達は陰ながら応援してるから」
「イヤホンマイク付けてる〜? 何かあったらそれで呼んでね〜」
二人そう言いながらスススッと消えていってしまう。忍者かっ!
『あ〜テステス。聞こえてますかどうぞ〜』
二人の姿が見えなくなって少しすると、耳に付けたBluetoothのイヤホンマイクからは千歌ちゃんの声。
「はいはい。聞こえてますよ〜だ」
『何拗ねてるのよ』
「だって……」
『みこちゃんこっちだよぉ〜。向かいのビルの二階見てぇ〜』
私が聖美ちゃんに言われた通りに視線を向けると、そこにはコーヒーショップの窓際の席に座りながら、私に向かって手を振ってる二人の姿が見えた。
「あ〜! いいなぁ〜。私も飲みた〜い!」
『だ〜めだって。美琴は早く愛しの彼に会いに行きなよ』
「さすがにこの格好で自分のバイト先には行けないってば!」
『あれぇ〜? 愛しの、は否定しないんだねぇ〜』
「え、あ、あぅ……」
『じゃあ出てくるのを待つしかない感じ?』
「そうなんだけど……って待つの!?」
『何を今更……。ホントに嫌だったらさ、いくらアタシ達が海琴を置いていったからだとしても、そこに一人で残ってないでしょ? 海琴も今の状態をなんとか変えたいって思ってるんじゃないの?』
「う……」
千歌ちゃんの私の中を見透かした様な言葉に何も言えなくなっちゃった……。