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界変のアルテントロピー  作者: 芳蓮蔵
第二章 吸血変
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月下《He grieved it》③

 周囲を見渡すと墓地には他に人はいなかった。斜陽に伸びる墓石の影が刻々と薄らいでいく。さして広くもない敷地であるが、ここだけが森の中に切り開かれたような格好で、今しがた農夫が逃げていった獣道のような道以外は、鬱蒼と生い茂る森に囲まれていた。


「――さて」


 リアムは溜め息交じりの鼻息で気持ちを切り替えると、ジャケットの内ポケットからマッチ箱大の黒い箱――OLS用元素デバイスの点眼器を取り出した。箱の縁のレンズを右眼に向けると、極細の青い光線がリアムの瞳に照射された。


 彼は他の規制官らと違い、『結合式』と呼ばれる半永久的に機能するデバイスを使用していない。それは自身の能力(ビーム)によって瞳のデバイスまでも破壊してしまう為であり、故に彼は一般に普及している『点眼式』を用いているのである。とは云えリアムには超人感覚(スーパーセンス)という優れた五感能力があったので、彼がデバイスを必要とする理由は、専らOLSによる通信や亜世界のデータ取得の為でしかなかった。


 リアムがこめかみに指を当てると、彼の右の碧眼がさらに青い光を湛えてOLSが起動する。隣のマナはじっとその様子を窺って待つ。


 リアムはAEOD(アイオード)のデータにアクセスして、視界一杯に立体模型(ジオラマ)の様な地図を表示させた。山脈と森林に囲まれた広大な盆地――それがこのエイベルデン地方であった。


 西には海、北は荒れた寒冷地。東には平野が広がり、その先にこの国の首都セベンダル。南は隣国との国境である。


 このエイベルデン地方で最も栄えた町は、地名と同じ『エイベルデンの町』。人口はおよそ3000人。主要産業は農耕と牧畜。移動手段は専ら徒歩か、遠ければ馬か驢馬である。科学文明と呼べるようなものは、最近首都セベンダルで蒸気機関を用いた機械が試験的に運用され始めた程度で、この地にまでは普及していない。要するに《《まだまだ》》なのである。


 リアムとマナがいる墓地は盆地東端の山脈の麓。失踪者(アーシャ)の手がかりがありそうな、エイベルデンの町までは遠くない――というよりリアムがその気になれば、この惑星を一周するのに1分とかからないのだが、アルテントロピーを規制する立場である上、過度な能力の使用は控えねばならなかった。


「どうシますか? リアム」とマナ。


「そうだね、とりあえず迷子になったアーシャという女の子の情報を得ようか。聴き込み調査だ。私たちの世界では2日前だが、こちらの世界では2週間以上経過している。それなりに目撃者もいるだろう」


 そう言ってリアムは地図を消去した。するとそこで、マナが振り返って後ろに視線を向ける――墓地に繋がっている森の奥、大樹の陰である。彼女はそちらを見つめながら言う。


「アレに訊いテみまスか?」


「ん――? アレ?」とリアムがそちらを見やると、そこにはボロボロになったドレスを着た、骨の様な老婆が浮いていた(・・・・・)


「…………」


 気が付けば黄昏は殆ど宵闇へと移りつつあり、その暗がりは、老婆の窪んだ眼窩で妖しく光る瞳を際立たせていた。言わずもがな、それはこのダークネストークスを特徴付ける存在――闇の住人であった。


「………………」


「……幽霊――というやつかな」


 寒々しく薄暗い墓地の中で、暫く両者の無言の対峙が続いた後、その浮遊する老婆はドロドロとした黒いオーラの様なものを発しながら、リアムらの方へと近付いてきた。


「すまない、そこのご婦人。少し尋ねたいことがあるのだが」


 平然と、そして丁寧な物腰でやんわりと訊くリアム。しかしその彼に対する老婆の返答は、思わず耳を塞ぎたくなる恐ろしい絶叫であった。


「キィィィャアァァァァッ!」


 身の毛もよだつその叫びとともに、立ち並ぶ墓石がガタガタと揺れ、振動に耐えられぬいくつかの石には細い亀裂が走る。そして老婆の周囲を漂うオーラがいくつもの怨念に満ちた人の顔へと形を変え、リアムとマナに向かって飛来してきた――苦しみの形相をした顔達は二人の魂を喰らうかの如く、口をバクリバクリと開閉しながら、彼らの身体をすり抜けていく。


「? ――なンでしょうか? コレ」とマナ。


「多分攻撃をしているつもりなんじゃないかな。どうにも友好的な関係を築くつもりはないようだ」


「そうデすか。――解りまシた」


 リアムの言葉で老婆(あいて)が敵であると判断したマナは、即座に右の掌から光の触手――殊能『ヘイムダルの頭』を発現する。それがしなる鞭の如く舞って空中にいる老婆の首を縛り上げた。


「ガぅッ」と咽る老婆。


 そしてマナはそのまま目の前まで相手を引き摺り下ろすと、か細い足でしっかりと踏み付けて、左の掌に劫火の塊――殊能『スルトの火』を発生させた。


「こレ、燃えまスか?」と、さながら廃棄物の分別を尋ねる主婦のようなマナに、リアムは思わず頭を抱えた。


「マナ、焼却(それ)はやり過ぎだ。武器をしまいなさい」


「? ――はい、ごめンなサい」


 素直に殊能の触手と炎を消し去り、頭を下げるマナ。


「いいかいマナ。この世界の住人が我々に敵対してきても、我々が彼らに敵対する理由は無いんだ。勿論捜査の妨害ともなれば話は別だがね」


 リアムはそう諭してから、申し訳無さそうに縮こまる彼女の肩を優しく叩いた。


 状況を理解出来ずとも、とりあえず消滅を免れたと知った老婆は、窪んだ眼で二人の様子を窺っていた。


 リアムは建前的に襟を正す素振りを見せてから、再びその老婆へと向き直り声を掛けた。


「突然手荒な真似をしてすまなかった、ご婦人。私はリアム、そして彼女はマナという。我々はとある少女を捜している」


 すると。


「……お主たち、人間ではないのかえ……?」


 老婆は身を起こして()れた声で会話に応じた。


「我々は一応人間ではあるが、恐らく君の云う意味ではそうとは言えないだろう。私はスーパーヒーロー、そして彼女は――」


「決戦兵器……」とマナ。


「だそうだ。――我々は君たちとは比べ物にならない力を持っているが、敵ではない。まずそれは理解しておいて欲しい」


「…………」


 老婆は二人を無言で見つめた後、暫し考えてから口を開いた。


「アタシはこの森で最も古く、最も力ある魔女。若かりし頃には『宵紫(よいし)の魔女イザベラ』と呼ばれておった。……儂の庭である墓地に異質な気配を纏うお主らが唐突に現れたので、どこぞの吸血鬼にでも召喚された敵かと思ったが――」


 そして恭しく頭を垂れる。


「どうやら違うようじゃな。……強き者、リアムとマナよ。無礼を詫びよう。儂は数百年に渡りこの森に棲んでおるが、お主らのような存在には初めて出会った。そしてその恐るべき力は……、異質ではあるが敵意によるものではなさそうじゃな。この森――いやこの世界では力こそが正しさの証。何なりと問うがよい……」


 そう言って魔女イザベラは、言葉通り素直に彼らの質問に応じたのであった。


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