超人《Super Hero》⑦
彼らの食事は極めて質素に見えるが、実際には調理の段階で非常に吸収効率の良い栄養物質がバランス良く付与されており、尚且つ本人が現在求める味付けまで考慮されているのである。その為源世界での食事というのは何を食べても美味しいし、健康的に最良の状態を維持出来るよう作られている。つまり料理のレパートリーというのはあくまで見た目や食感を楽しむだけのものなのであった。
そしてまた人類の食材に関しては、無論科学的に作られた人工肉や合成野菜なども存在はしているが、インテレイドが唱える「動植物は動植物を捕食するというのが、最も自然的で合理的である」という結論に従って、極力「自分の食べ物は自分で確保する」というのが源世界の常識であった。
これは地球倫理主義或いは自然サイクル主義とも呼ばれ、主に経済活動において生産性の主軸が人間からインテレイドへと移行した源世界では、所謂経済資本よりも知的生命体としての資質が重要であると考えられているのである。この考え方に対して「人類の築き上げてきた文明を冒涜するものである」と反発する旧世代の人間もいるにはいたが、その彼らの主張自体が、そもそも人類の叡智の結晶であるインテレイドの見解と矛盾していたし、結局のところ彼らの本心は単なる利己主義であるというのは明らかで、その主張に正当性を見出す者はいなかった。
一通りの食事を終えたリアムが、満足そうに寝転がるウィリーの毛づくろいをしてやっていると、彼の頭の中に声が響いた――OLSで通信をしてきた声は女性。
[おはようございます、一等官リアム]
[おはよう、サリィ]
女性はFD3Y3という型式のインテレイド。WIRAのみで採用されているルーシーとの親和性が高いモデルである。サリィというのは、その彼女達に付けられた非公式な愛称である。
[お休みのところ恐縮ですが、ルナインダス政府から観測課を通して転移要請がありました]
[転移要請? また物見遊山の護衛かな? それなら室長から断りを入れて欲しいところだが]
亜世界の存在は公にはなっているものの、実際にそれがどんな世界であるかということは知らされておらず、また当然転移することも一般には許可されていない。というよりも転移装置自体がWIRAにしか存在しない為、基本的に規制官以外は転移出来ないのである。
しかしWIRA以外の人間でも、大国の政府上層部など一部の人間にはFRAD等の有事に備えてその概要を知らされていたし、そういった人間の中には、調査や視察といった名目で亜世界へ観光気分で行こうとする者が少なくない。その為そういった場合には必ず、二等以上の規制官が2名以上案内人として同行することが義務付けられている――リアムが物見遊山と言うのはそれについてであった。しかしサリィの返答は彼の予想とは違っていた。
[いえ、今回は統制室も認めた正式な任務です。内容は失踪した指向転移者の捜索と保護――]
[なるほど、迷子捜しか。ナビゲーターは何を?]
[ルナインダスから出向していた月支部の准規制官が1名同行していたそうですが、現地での戦闘中に見失ったと]
[准規制官? 三等官ですらないとは……月の我儘には困ったものだね]
准規制官というのは、規制官を志望しているものの当人のPA――つまりアルテントロピーの強さの数値が、第三等規制官の規定値に満たない者のことである。
リアムは台詞通りの表情で溜め息を吐いてから、腰を重たそうに上げた。
[任務は了解した。――転移室の準備をしておいてもらえるかな?]
[承知しました]
リアムが視界の隅の、円の中に椅子が描かれたアイコンに焦点を合わせる。すると彼のすぐ横に生えていた木が一旦色を失い、数秒で2メートル程の半透明の球体に変形した――これは源世界での主な交通手段、移動球体である。
「行ってくるよ、ウィリー。また今度」
頭を撫でられたウィリーは寂しそうに鳴く。
リアムは球体に腰から身を投げると、半透明の表面を通り抜けて中心に座る様な形で落ち着いた。彼が座ると球体の外側は白へと変わり、傍目からは中の様子が視認出来なくなった。
「WIRAへ」と、リアムが声で指示を出すと、移動球体はフワリとシャボン玉のように浮き上がる。そして間もなく斜め上空へと一直線に飛んでいった――。
***
亜音速とは思えぬ静かさで飛行するムーヴィア。その中からはまるで外装が存在しないかの如く、全方位において外の景色が丸見えで、リアムの眼下では森林や湖など豊かな山々が水平に過ぎ去っていった。
彼の目の前には栗毛を七三分けにした男――局長のジョルジュの姿が上半身だけで現れて、その口を開いた。
[急ですまないな]と、まずは一言。
[いえ。詳細をお願いします]
[失踪者の登録名はアーシャ・春・ハイダリ。12歳の少女――ルナインダス政府高官であるハイダリ氏の娘だ。源世界標準時で2日前に行方をくらました]
[――娘? ハイダリ氏本人ではなく?]
[月面支部の転移室から、妻と娘の三人で転移していたらしい。調査視察という建前でな]
リアムの視界にデータが転送され、三人の精巧なフィギュアが彼の視界に映し出された。両親に挟まれて笑うキッズモデルの様な褐色の少美人が、失踪したアーシャ・春・ハイダリである。
[まるで家族旅行ですね。――失踪した世界は?]
[現場はMDー8『宵闇と黄昏の世界』。微量のアルテントロピー保持者は何人か確認されているが、いずれも許容範囲内の人間だ。ディソーダーの検挙実績も無い。闇に巣食う人外の者がいるだけの平和な世界だ]
[――何故失踪を?]
[詳細は不明だ。下手な言い訳をしてルーシーに責任を言及されるのを恐れているのだろう。だが同行した准規制官からは『誘拐等の可能性は低い』と]
[どういうことでしょう?]
[失踪した娘は、もともと亜世界に対する憧れが強かったらしい。今回の家族旅行も、観光地は彼女の要望によるものだったそうだ]
[つまり、《《帰りたくなくて逃げた》》?]
[――その可能性は否定できない。実際、彼女の失踪時に悲鳴や争った形跡は一切無かったとのことだ。但し何故か、彼女の次元接続が向こう側から解除されている為、サルベージが不可能な状態だ]
[なるほど……そうなると捜索は難しそうだ]
[だから君を担当にした。君の超人感覚は探索にも有効だろう。現地のアイオードと連携して捜索してくれたまえ]
[了解しました]
[それとひとつ――]
[? 何か?]
[今回の任務には研修として1名、准規制官を同行させることにした。本部に来たら紹介しよう]
[(――准規制官、ということはユウ君ではないのか)……了解しました]
リアムが承知すると、ムーヴィアの中に再びサリィの心地良い声で『間もなくWIRA本部に到着します』とアナウンスが流れた。





