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界変のアルテントロピー  作者: 芳蓮蔵
第一章 異能変
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花火《Effort and Growth》①

 ――源世界/世界情報統制局『WIRA』/技術開発室――


 外の光が遮断され、天井も壁も発光していないその部屋はかなり暗い。そして暗闇の中には所狭しと大小様々な機械の試作品が無造作に散らかっている。元素デバイス製のそれらは、製作者が『必要ない』と判断すれば即座に波打ち際の砂細工よろしく、床へと融けて消える代物である。しかしそれらが形を維持したまま放置されているのは、この部屋の主にとってその乱雑さこそ快適であるからであった。


「ふんふふーん」


 部屋の中に小さく響く少女の楽しげな鼻唄――。少女は隅の床に寝転がって、決まりの無いメロディーを気ままに口ずさみながら両手を宙に彷徨わせていた。


 彼女の名前はアマラ・()・ヒミカ。黒いダイバースーツの様な服。ラフなショートヘアは赤色で、肌は生まれつきの褐色である。子供っぽい愛嬌と幼さはあるが、素材としてはかなりの美人顔である。見た目的に彼女を表すなら少女という表現がしっくりくるが、その実年齢は20を超えている。彼女は規制官(ルーラー)であると同時にIPFの研究やそれに付随した機器の開発も行う、WIRA(ウィラ)きっての技術屋であった。


 アマラはOLSによって視界に投影されたホログラフィを弄り、機械を仮想製作している途中であった。アマラがボールを包み込むような形に開いた両手を左右に離していくと、彼女の視ている機械の映像が拡大する。


 そうした中でナノメートルサイズの部品を嵌め込んだり、パーツをグニャグニャと折り曲げたりしながら手際良く製作していく様は、子供の粘土遊びのようであった。彼女には余程作業(それ)が楽しいと見え、時折無意識に口元を弛ませては、ちらちらと白い八重歯を覗かせていた。


 平たい楕円形の機械を組み終えると、先程とは逆の手つきで機械(それ)を手の平サイズに縮小した。それは一見すると滑らかな黒曜石の厚めの円盤。


「いよぉっし!」


 アマラは勢い良く跳び起きると、その仮想機械(ホログラフィ)を鷲掴みにし、無残なインテリアと化した試作品(ガラクタ)の山を乗り越えて部屋の中央へ――。そこには丸い台座があり、その上に一辺50センチ四方の緑色の塊が浮いていた。さながら巨大な四角いゼリーか、枠を失った水槽といったところである。


 その水槽もどきに彼女が仮想機械(ホログラフィ)を投げ入れると、ゼリー状の液体の中にポツポツと光の粒子が現れ始める。やがてその粒子が集合して個体となり、数秒と経たぬうちに、今しがた投げ入れた機械が実体化された。


「にししし」と、綺麗な歯並びで笑うアマラ。


 彼女は水槽に手を突っ込んでそれを取り出す。とそこへ――部屋の壁にグニャリと穴が開き、黒いフォーマルスーツの女が入ってきた。アマラはそれに気が付くとニヤリと笑って声を掛ける。


「いよーぅ、クロエ。元気してるかあ?」


「久しぶりだな、アマラ」


 入室してきたのは亜世界グレイターヘイムから一時的に帰還したクロエであった。


「まーた、前のとこ行ってたんだって? もう解決したん?」


「いやまだだ。なかなか尻尾を出さなくてな。そこで少しお前に訊きたいことが――」


「あー! それよりほら、これ見てくれよ!」


 クロエの言葉を遮って、アマラは手にしている機械を披露した。


「じゃじゃーん! 出来立てホヤホヤの新型アンプだ! どうよ?」


「……IPF増幅装置(アンプリファ)か。随分小さいな」


 クロエは試作品自慢(こういう時)のアマラが相手(ひと)の話を全く聴かないと知っていたので、仕方なく相手をすることにした。彼女はアマラからその小さな機械を受け取って眺め回す。表面はのっぺりとしていて、スイッチなどの類は見当たらなかった。


「――OLS起動?」と、クロエ。


「携帯型だからな。何でも起動する(いける)よ。いい色だろー? ルーラーブラックにしたんだ」


「ふむ。黒か……」


 自慢気なアマラにクロエが素っ気無く返す。


「いや純黒(ブラック)じゃなくて、規制官黒色(ルーラーブラック)だけどな?」


 ――規制官(クロエら)のスーツや装備は、アルテントロピーで創出する際に個人のイメージ差が少ない色として黒を基準とされている。しかし『完全なる黒』というのは想像不可能であり、必ず極微かではあるが純黒よりも明るめになるのである。そして細部にも拘るアマラはその色を『規制官黒色(ルーラーブラック)』と命名した――のであったが、実際には黒とほとんど見分けがつかないため、そう呼んでいるのは彼女だけであった。


「だからブラックだろ?」と、クロエ。


「いやルーラーブラックだよ」と、アマラ。


「……ブラックな」


「ルーラーブラック!」


「………………」


 ――沈黙するクロエと、それを睨むアマラ。


「…………ブラッ「ルーラーブラックだっつってんだろ」」


 拘りを理解してもらえないアマラが鼻を鳴らしてクロエから装置を取り上げた。


「――それは使えるのか?」


「試作品だからテストしてからな? だが『性能的に』って意味で整合性の演算とエントロピー縮退効率を見るなら、コイツはアイオードが積んでる現行品(アンプ)の4割増しだ。勿論展開範囲じゃアイオード(あいつら)には劣るけどな?」


「なるほど、しかし4割とは大したものだ」と、感心するクロエ。


「だろー? 観測ユニットの予測演算法まで見直してさ? アプリオリ波動観測値にコールマン・ベッケンシュタイン臨界値を加味して、転換情報子をルートqビット処理に変えたんだよ。デコヒーレンス時に情報粘度に対してアルテントロピーのロスが少ないからプリゴジンフィールド自体の展開は低いPAでも――」


「ところでアマラ」


 クロエはどうやら|話が暴走し始めた《アマラのスイッチが入った》ようだと感じて、素早く本題に切り替えた。


「あん?」


「アルテントロピーの発生について訊きたいんだが」


「なんだよクロエ、お前が今更そんな話かよ?」


 折角の説明を妨げられて、不貞腐れたアマラは口を尖らせる。


「アルテントロピーってのは、クオリアニューロンを通り抜けた想像の力だよ。んなことは規制官なら常識だろ?」


「それは理解してるが――例えば、Cランク以上のディソーダーに相当するアルテントロピーを、亜世界の人工物で発生させることはできるか?」


「そりゃ無理だ」


 アマラは即答して、鼻で笑った。


「ってか理解できてねーよ、クロエ。クオリアニューロンってのはさ? 想像力を持つ知性体特有の情報構造体なんだよ。情報構造体(そういうの)は源世界でしか生まれねえ。云うなりゃクオリアニューロンってのはアルテントロピーっていう川の源泉さ。そんで源世界(こっち)がその川の本流なら、亜世界(あっち)は支流だよ」


「――だよな」


「亜世界は世界として情報が構築されてるから、法則や振る舞いは物理次元とそっくりだけどさ? 実際に物理次元に存在するワケじゃねえんだから、人工物つってもそれは情報構造体には成り得ねーわけよ。解る?」


「ああ」と、クロエは深く頷いた。


「そもそも人工発生(そんなこと)できるなら規制官(うちら)なんて必要ねえし、全部インテレイド任せになってるよ」


「ふむ……」


 クロエは理解はできるがどこか得心がいかぬといった顔であった。


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