最強《Overwhelming》①
居合の構えの如く腰に置いたロッドを斜に構えた体で隠し、ジワリと前足を擦りながら間合いを測るマナト。
(なるべく教科書通りだけでやりたかったが、こんなところで躓いてちゃアイツには届かねえ)
アイツというのは入学式で彼をブチのめした神堂クレトのことである。その冷く端正な顔がマナトの脳裏に浮かぶ。
(鑑流……小太刀の章……)
誰にも聞こえぬほどの小さな声でマナトが呟く――ヒロとの距離は3メートル弱。
「なんだぁ? その構え、その距離で居合でもやろうってのか?」とヒロ。
するとマナトの眼がギラリとヒロを刺した。
(――錐……弧月ッ!)
ユラリと動き始めたと見えた次の瞬間、マナトは勢いよく地面を蹴って地を這うようにして跳んだ。
「速っ――!」
想像以上の瞬発力に焦ったヒロであったが、マナトの構えが居合のそれに酷似していた為その攻撃は逆袈裟か横薙ぎ――そのいずれかであろうと判断した。そして予想される軌道に向けてロッドを下ろそうとした。しかし――。
「!?」
マナトはヒロの寸前で身体を起こすと同時に、逆手に持ったロッドの柄でヒロの脇腹を突いた。
「なグっ?!」
打突の衝撃に怯むヒロの横腹を、マナトはロッドの横に当てた左手でそのまま流れるように圧し斬る。全体重を乗せた攻撃に転げるヒロ――その瞬間に彼の胴体が赤く光った。
「いっぽぉーん!」
リコの宣言が屋外演習場の空に響く。倒れ込んで呆然とするヒロと、それを見下ろし肩で息をするマナト。
「勝者、鑑くん! ――と言いたいところですがぁ」
「え……?」と、マナトがリコを見る。
「今の攻撃、たしかに『ロッドによるプロテクターへの攻撃』ではありましたけどぉ、柄での攻撃には反発機能が働いてませーん。なので最後の決定打の前の攻撃は反則でーす」
「はあああっ?」
そんな馬鹿なと言いたげな表情で声を上げるマナトに、リコが人差し指を立てる。
「本来なら再勝負! というところなんでしょうけど、二人とも疲れ切っちゃってるみたいなんでぇ……この試合は引き分けー、ということにしまぁす」
(マジか……)と唖然としているマナトの肩を、起き上がったヒロが叩いた。
「だってよ? まあでもルール的にはってだけだ。俺は素直に負けを認めるよ、鑑。お前普段やる気ねえくせに強えじゃん」
そう言って汗を拭いながら笑顔を見せるヒロに、マナトも仕方ないといった風に微笑んだ。
「その言葉はそのまま返すぜ、飛鳥。やる気がねえのにってトコも含めてな?」
「そりゃありがとーよ。……ってか最後のありゃなんだよ? 見たことねえ技だったぜ」
「あー、あれはまあ、ちょっとな――」
そんな様子で語り合う二人の様子を、ホノカは怪訝な顔で見つめていた。
(さっきのあの技――あれは神堂流の錐弧月……? なんでアイツが神堂家の剣術を、しかも完璧にやってのけるなんて)
そんな彼女の疑念はさて置いて、退場する二人に惜しみない拍手をするリコ。
「じゃあ次は、白峰くんと風見くんですねー?」
リコに言われる前から風見トウヤは入念に準備運動をしていた。マナトの技術に驚いたのは彼も同様であったが、それよりも自分の試合に集中しなければと気持ちを高める。しかし一方のユウはと云えば落ち着いた様子で、体育座りのままそれまでの二試合を観戦していた。そして彼の中では再び疑問が持ち上がっていた。
(うーん。これはどうすればいいんだろう……?)
リコに呼ばれても呆然と座ったままのユウに、トウヤが声を掛ける。
「おい白峰。どうした、ぼーっとして。大丈夫か?」
「あ。――うん、ごめん。大丈夫」
そう言って徐に立ち上がるユウ。手に持つロッドは使い慣れた愛剣の長さには足りないが、重さや重心はそう使いづらい物でもなさそうだと感じた。そして皆がマナトらの健闘を労っている合間に、ユウは集団の隅から少し離れる。その彼の姿をアヤメだけがなんとなく目で追っていた。
ユウは離れたところで一人深呼吸をすると目を瞑り、ごく自然に――彼としてはかなりゆったりとしたスピードで一度だけスッと素振りをした。だがそれを見ていたアヤメは吃驚した。
「――!!」
彼女が言葉すら出せずに硬直したのは、ユウの一振りが恐ろしいまでに研ぎ澄まされた、無駄の無い太刀筋であったからである。彼女にはユウがロッドを振った瞬間だけ、世界から音が消えたような錯覚がした。そして同時に、ユウの剣が彼女の知る『己を鍛え、試合に勝つために磨かれた剣』ではなく、ただ純粋に『相手を斬る為の剣』であることを直感した。
(なに……あの太刀筋――寒気がするほど綺麗な……でも恐ろしく冷たい――)
彼女の感覚に間違いはなかった。それは凶暴なモンスターひしめく剣と魔法の世界にいたユウが、『殺らなければ殺られる』のが当たり前という死地において身に付けた、文字通り必殺の技である。
アヤメは、隣に座りまだマナトへと不信な眼を向けているホノカに呼び掛けた。
「あ――あの、朱宮さん……」
「なによ? え……どうしたの? 不動さん、顔色悪いよ?」
去年の剣道大会でアヤメに敗れたホノカは次には念願の再戦であると静かに闘志を燃やしていたが、その宿敵の様子に驚いて心配そうに尋ねた。
「私は大丈夫よ……。それより朱宮さん、白峰君の試合、よく見ておいたほうがいいと思う」
「え? う、うん。そりゃ風見は去年の大会で全国5位だし、白峰も一応剣術やってたって言うから期待はしてるけど……」
アヤメの真意が解らずにホノカは小首を傾げた。その前ではトウヤとユウが歩み出て、リコを挟む形で対峙する。
「じゃあ準備はいいですね?」と、左右の二人を確認するリコ。
「はいっ! よろしくな白峰!」
準備万端と意気込むトウヤに対し、何やら考え込む様子のユウ。トウヤが怪訝な顔をする。
「――おい、白峰?」
「…………あ、はい。宜しくお願いします」
先程からのユウの懸念は、云うまでもなく己とクラスメートとのレベルの違いにあった。
ここまでの試合――ルール上引き分けとは云え実質的には勝者であるマナトを基準に考えても、彼らの剣技はユウからすれば『貴族の子供が嗜むお稽古事』と大差無かった。彼の師であるレグノイであったならば、正直言って《《児戯》》だと切り捨てられるレベルである。ユウが彼ら全員の実力を見た訳ではないし、マナトが実力を隠しているのも判る。そしてクラスで最も剣に優れているという噂のアヤメが、仮にマナトよりも数段強かったとしても――。
(アーマンティルなら騎士団の中隊長クラス……かな。それだったら多分――)
ユウが目隠しをして徒手のままアヤメと闘っても、万に一つも負けることはないであろう。それはアルテントロピー云々ではなく、ただ純粋に彼自身が身に付けた強さ故である。そして今から闘う対戦相手の風見トウヤはそのアヤメにすら及ばないのである。
詰まるところユウは、『どうやって手を抜こうか』ということを考えていた。





