学園《Boys and Girls》④
言うまでもなくユウは正式な入学試験など受けてはいないが、編入に近い形で半ば強引に入学となっていた。かなりの特別措置ではあったが、彼の戸籍や経歴は事前にWIRAが用意したもので、その設定は絶対である。またそのイレギュラーを有効化するに当たっては、ユウの姉であり保護者という設定のクロエの口利きが大きかった。
[――なんでクロエさんの推薦があると入れちゃうんですか? 入試も受けてないのに]
という質問を、ユウは小太りの学園長がする手短な挨拶の最中に、OLSの通信で問い掛けた。それに答えたのは亜世界で規制官のサポートも行うAEODである。
[ルーラー=クロエは、過去にもこの亜世界で別の事件を担当しています。その際に殊能者として多大な功績を上げられましたので、この世界の軍部や殊能に関わる機関ではかなりの発言力を有しています]
[へー、以前にもこの世界に。っていうか、クロエさんは今どこにいるのかな? 潜入捜査だし、どこかに隠れてたりする……?]
喋り終えた学園長が軽く咳払いをしてから、更に自慢気に語りだす。
「えー、先程も申し上げました通り、本校は昨年も選抜対抗試合で全国優勝を果たすなど、我が国を代表する名門校であります。そしてこの度その栄誉が認められ、君たち生徒諸君が目指すべき軍の最高峰であり、極めて優れた殊能者のみが入隊を許される、超戦略級殊能者部隊『ウイングズ』より、特別臨時顧問をお招きすることとなりました!」
学園長は誇らしげにそう言って壇上に真っ白な軍服を着た美しい女性を招き上げた――そこに現れた女性の姿に、ユウが「ク――っ?!」と思わず彼女の名を口に出しかけてからすぐに噤んだ。
そこにいたのは正しくクロエであった。彼女の予想外の登場に仰天するユウであったが、しかし彼とは違った理由で、壇上に上がったクロエの姿を見た生徒達がどよめいた。
「うっわー……すげぇ美人……」などと声が上がる。
神の采配とでも云うべき均整のとれた完璧な横顔。夜露に溶け出した黒曜石のような髪と艶めく白磁の如き肌が演じる、コントラストの女神。体型の目立ち難い分厚い軍服を着ていても尚容易に見て取れる、女性として理想的なスタイル。その容姿だけでなく一挙手一投足まで――所作の全てに至るまでが流麗で、言葉にならぬ讃美の溜め息がそこかしこから洩れた。
「なんて美しい女性なんでしょう! まるで女神様のよう……。あれでウイングズだなんて信じられないわ――。ねえ、神堂君?」
最前列に座っていた4年の杠葉コノエも思わず見惚れて、隣に座る神堂クレトに小声で同意を求めた。クレトは「ああ」と短く返事はしたもののの、その視線はクロエの胸に付けられた徽章にあった。そして彼以外の何人かも徽章に気付いているようであった。
「ねえ、あれってまさか――」
「おい、見ろよ」
「あれフェニックス勲章だぜ?」
「すげぇな……ホントにあるんだ……」
ざわめきが伝播し始めると、隅に立つ教師の一人が咳払いで注意した。ユウにも彼らの声は聴こえたが何のことか解らず、再びOLSでAEODに尋ねる。
[フェニックス勲章って何?]
[フェニックス勲章とは、大きな功績を上げた軍人に対して授与される、この国の最高名誉勲章です]
[へえ。クロエさんってそんなに凄いんだ……]
[勲章には、二等勲章であるレイヴン勲章とスワロー勲章があり、その上に一等勲章のファルコン勲章があります。通常これが最高位です。しかし戦争の勝利を決定付けたり、国家の危機を退けるなど、その時代において無二と考えられる超一級の武勲者にのみ、特例として与えられる勲章があります。それがフェニックス勲章です。歴史上この勲章を授与されたのは3名ですが、存命し尚且つ現役である軍人はルーラー=クロエのみです]
[じゃあ今この世界に、クロエさんより上の軍人はいないってこと?]
[軍功に限って申し上げれば、その通りです]
[それは――(やっぱり凄いな……)]
ユウが初めてクロエと会ってから3ヶ月が経つ。その間、規制官としての彼女の強さは肌で感じていたが、こうして話を聞くとユウは改めてその優秀さに舌を巻いた。
壇上の中央に凛として立つクロエ――。
「本日より暫くの間、この学園で臨時顧問を務めさせて頂く、白峰クロエです。宜しく」
白峰という名前はこの亜世界に合わせた偽名である。無論姉弟という設定になっているユウも、同じく『白峰ユウ』という名前になっている。
クロエは素っ気無く挨拶を済ませるとすぐに下がり、再び学園長の長話が始まった。
「えー、白峰顧問は、記憶に新しい先の大戦において――」
自分の手柄のようにクロエの武勇伝を語る学園長の話は、それから30分近く続き、全校生徒のみならず教職員達までをも辟易させた。
***
第一校の生徒達が勉学に励む教室棟と呼ばれる建物は、2階までが円筒デザインの白い建物。3階から上の構造が特徴的で、中央に聳える柱の両横から、先端が半円形の長い廊下がプロペラの羽の様に生えている。羽が螺旋階段の如く順々に6階まで配置されていて、日照時間に合わせてゆっくりと回転し、滞りなく万遍に程好い日光を教室へと摂り込むのである。
――1年Aクラスの教室。教壇を中心に四半円の扇形で摺り鉢状に段々となっている、些か特殊な作りの部屋である。これは教室が半円形のプロペラの端にあり、その端が左右2つの部屋に分かれているからであった。
新入生126名の内、ユウが入ることになったこのAクラスに編成されたのは僅か8名――その中には、今朝がた一騒動を巻き起こした朱宮ホノカと鑑マナトの名もあった。
時間の大半が学園長の長話で占められた入学式が終わると、放送で各自教室にとの指示があった為、ユウはOLSのナビゲーションに従って1-Aの教室へとやって来た。
OLSの案内に間違いのあろうはずもないが、ユウは教室の室名札とナビの表示を照合する。
「1年Aクラス……合ってるよね(――ここが僕のクラスか……緊張するなあ)」
ユウは自身が剣と魔法の世界に転移する前、中学に入学早々クラスに馴染めずイジメに遭い、不登校になってしまった過去を思い出していた。
(大丈夫――だよな。今の僕なら)
不安が無いということはない。ましてや規制官として初の亜世界任務である。とは云え、彼が勇者として歩んだ災厄竜討伐の旅を思えば、今更そんな緊張や不安が彼の歩みを阻むことはなかった。





