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界変のアルテントロピー  作者: 芳蓮蔵
第一章 異能変
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学園《Boys and Girls》②

 突如現れた生徒会長のコノエに、ホノカは戸惑いながらも剣を引く。彼女が剣を一振りすると、焔の刀身は熱風とともに火の粉を撒き散らし消滅した。


 コノエはその様子を見て取り、彼女に言った。


「貴女の殊能(それ)業焔の滅剣(レーヴァテイン)ですね? なら貴女は朱宮家の――」


 と、その途中で。


「何をしている」


 校門の方から徐に歩いてきた男が、凛とした声を彼女らに投げ掛けた。彼の登場で、その場に集まっていた野次馬(ギャラリー)がざわめき立つ。


「神堂先輩だ……」と、誰かの囁く声。


 彼は清潔感のあるベリーショートの黒髪に黒い瞳。中性的で美しいとも云える顔立ちとは裏腹な、戦国武将の如き威風堂々とした貫禄が、マナトとは対照的とも云える印象を与えていた。


 彼の名前は神堂(しんどう)クレト。高等科4年、19歳。この学園ネストにおいて不動の首席殊能者(ナンバー1)であった。


 歩み出たクレトは、戸惑う様子のホノカと情けない体勢のマナトを見て再び一言。


「何をしている……?」


 彼の台詞は先程と同じであったが、二度目の声の響きは一変して恐ろしく冷淡であった為に、その場に居る者達のざわめきは一瞬で静まり返った。


「神堂君、おはようございます」と、コノエだけは笑顔を彼に返しお辞儀をした。


「おはよう、コノエ」


 一方ホノカは慌てて剣の柄を腰に付け直すと、困惑した表情でしどろもどろになりながらクレトに声を掛ける。


「お、お義兄(にい)様……! あの、これは――」


 言葉に詰まりつつ哀願するような瞳――ホノカとクレトは従兄弟であった。


「ホノカ、こんなところで何のつもりだ」


「いえ、あの、その――申し訳ありません……」


 ホノカの母はクレトの父の妹で、朱宮家と神堂家は長年続くこの国の名家である。故にホノカとクレトは幼少期から親交があった。幼い頃からその才能をいかんなく発揮し天才と謳われていたクレトに憧れ、ホノカはこの学園ネストに入ったのである。そして彼女はクレトのことを尊敬と親しみを込めて『お義兄様』と呼んでいるのである。


「そんなゴミクズ相手に業焔の滅剣(レーヴァテイン)を使うな。朱宮の火が穢れる」と、クレト。


 彼のその辛辣な台詞に、ホノカに追い詰められつつも今まではどこか余裕のあったマナトの表情が、一気に褪めたように変わる。


「……ああ?」


 マナトの声色に棘が生える。しかしそれを気にも止めないクレト。


「今年の新入生代表の挨拶はお前だ、ホノカ。くだらんことに時間を遣っていないで、早く行け」


「――は、はい!」


 ホノカはクレトとコノエに姿勢良く一礼して、下を向いて沈黙しているマナトには一瞥もくれることなく、そそくさと駆け去っていった。


 すると集まっていた野次馬(生徒達)も、学園首席(神堂クレト)生徒会長(杠葉コノエ)のから余計な飛び火を貰わないうちにと、バラバラと解散を始めた。


「行くぞ、コノエ」とクレト――。


 その背後で立ち上がって、衣服(ブレザー)についた砂を払いながらマナトが声を掛ける。


「おい! ちょっと待てよ……オカマ野郎」


 別段クレトにそんな嗜好は無かったが、マナトは非の打ち所の無いクレトを中傷できそうな点を、クレトが女顔という部分にしか見つけられず、そんな言葉を絞り出した。


「待てよ――」と再度マナト。


 無論クレトは、それが自分への言葉とは思いもせずに歩みを進める。或いは気付いていても無視していた。


「待てっつってんだよ、神堂クレトぉ!」


 流石に名指しではクレトも足を止めない訳にはいかず、彼はゆっくりと振り返る。


 そして新入生が学園首席(神堂クレト)を呼び捨てにするという、この学園内では有り得べからざる事態に、半分ほど残っていた他の生徒達は慄然とした表情を浮かべた。


「おい、誰がゴミだ……? 訂正しろよ」とマナト。


 するとクレトは冷ややかな眼で彼を睨む。


「――事実を訂正するつもりは無いな。貴様はゴミだ」


「てめェ……!!」


 マナトが奥歯を噛み締め、拳を握り締める。その今にも噛みつかんとする狂犬のような眼を見て、コノエが眼鏡を上げながら言う。


「やめておいたほうがいいわよ、1年生」


「あ? 部外者はすっこんでろよ。これは俺とこのオカマ野郎の問題だ」


「なっ――(なんて不躾な……)」


 マナトとクレトの距離は5メートル程。どんな殊能であれ、発動してから攻撃や防御に移すまでには僅かな時間がかかるはずだ、マナトはそう判断した。


 彼は低い姿勢でクレトの懐に飛び込むと、下から斜めに縦拳を突き上げる――だがそれは虚しく宙を切った。


「!?」


 武道の体捌きやスウェーやスリッピングといった回避技術ではない。クレトは身体ごと、マナトの眼前から消え去ったのである。そして真横から研ぎ澄まされた中段の足刀蹴り――鈍い音とともにマナトは吹き飛ぶように転がった。


(くそッ……こいつ……)


 マナトは痛みに堪えながら起き上がり、右手を前に翳した。攻撃が当たらないのなら、相手の攻撃を反射すればいいという判断である。


 しかしその戦術も虚しく、またも次の瞬間にはクレトの姿が目の前から消え、今度は背後からマナトの側頭部に強烈な上段回し蹴りが飛んだ。


 ――それであっという間に片は付いた。


「う……ぐっ……」と呻くだけのマナト。


 クレトは倒れ込んで起き上がれない彼の前に立ち、嫌悪の表情で見下しながら言った。


「『アイギスの盾(貴様ごとき)』が『ウルズの刻(この俺)』に勝てるとでも思ったのか――? そんなことも理解できない愚か者だから、俺は貴様をゴミだと言ったのだ」


 クレトの殊能――『ウルズの(とき)』は、半径20メートル以内の現象を静止させる能力である。見方を変えれば周囲の時間を止める能力とも云えた。それにより彼は瞬時にクレトの攻撃を躱し、背後へと周り込んだのであった。


「くっそ……が……」


 マナトはなんとかうずくまる程度に身体を持ち上げたが、その彼の胸元をクレトが掴んで無理やり引き起こした。そしてフラフラと立つマナトの顔面を、殊能を使うこともなく全力で殴った――力なく転がり倒れ込むマナト。


 クレトはただの喧嘩相手にしては過ぎる憎悪の眼差しで、動かないマナトを見る。


「二度と神堂家に関わるな……《《出来損ない》》め――」


 そう言って立ち去るクレトの後ろ姿が、マナトが気を失う前にぼんやりと見た最後の光景であった。


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