源世界《Reality》⑨
真っ白なマネキンが、まるで生きているかのような動きで遮蔽物から飛び出すと、銃声とともにその額に描かれた十字マークに弾痕。そして立て続けの弾丸が、ほとんどブレることなくその穴を通り、最初の弾を後頭部から押し出す――サラサラと崩れ去るマネキン。更に現れた2体のマネキンも、手に持つ銃を構える前に十字を撃ち抜かれその場に崩れ落ちた。
「流石ですね、クロエさん」と、ユウ。
300平方メートル程のトレーニングルーム――使用者の望み通りに形を変える元素デバイス製の部屋は、現在クロエが射撃練習場として使っている最中であった。
「お前もやってみるか?」
その場から一歩も動くことなく全ての的を精確に撃ち抜いてみせたクロエが、旧式のハンドガンのマガジンを換えながら、後ろの壁沿いに立ってそれを観ていたユウに言った。
「いえ僕は。どうにも銃が合わなくて」と、ユウ。
――彼が規制官となってから、半月ほどが経っていた。
「そうか。まあ本来ハンドガンに頼らず、イメージだけで戦えるのが理想なんだがな」
クロエはそう言いながら再装填を終えると、再び登場したマネキン達をまた難無く撃ち抜いていく。
「でもアルテントロピーの扱いはクロエさんが一番上手いって、この前リアムさんが言ってましたよ」
ターゲットを全て片付けたところで、クロエは自嘲するような笑みを浮かべた。
「他人づてのお世辞は心地良いものだが、残念ながら私はナンバーワンではないよ。私はリアムのような戦い方はできないしな。それに誰よりも改変に長けているのはべレクだ」
「べレク――?」と、ユウは聞き覚えの無い名前に首を傾げた。
「誰ですか? それ」
床が盛り上がって出来た四角柱の台座に、クロエが銃を置く。
「べレク・宇・エンリル。局長とともにこのWIRAを立ち上げた男だ。私がアルテントロピーの扱い方を教わったのも彼からだ」
銃が台座と一緒に床に溶けて無くなると、ほどなくして同じように射撃場の全てが床に呑み込まれ、部屋は物ひとつない白い空間となった。
「じゃあ、クロエさんの先生ってことですか?」
「そういうことになるな。……試験の時に私は『何でも自由に改変できるわけではない』と言ったのを憶えているか?」
「はい。戦闘はそれを容易にするから規制官は強いんだって」
「そうだ。だがベレクという男に限っては例外だ。あいつは何の制限も際限も無く、自在に情報を改変できる。そしてアルテントロピーのランクはS以上。私の知る限り、あいつを超える規制官はいないよ」
***
――トレーニングを終えたクロエとユウが転移室前の廊下を通り過ぎようとしたところで、部屋から出てきた男と鉢合わせになった。すると「早かったな」とクロエが足を止め、その男に声を掛ける。
規制官の服を着た黒髪の男はクロエに勝るとも劣らない端正な顔立ちで、しかし彼女よりも一層人形じみた無機質な表情であった。背はクロエよりも少し高く、髪は少し長い。
ユウはその男を知らなかったが、非現実的なまでに完成された造形の二人がそうして並んでいるのを見て、まるで絵画かコンピュータグラフィクスのようだと思った。
「大した任務ではなかった」
男はそう言うと、クロエの隣のユウに目を向けた。
「――新人か」
「あ……初めまして、三等規制官のユウ・天・アルゲンテアです。よろしくお願いします」
ユウが緊張した様子で頭を下げると、クロエがその肩を叩いて言った。
「こいつはアルテントロピーの扱いはまだ未熟だが、飲み込みはそんなに悪くない。それに剣技も中々の腕前だぞ、べレク」
すると男――正に先程クロエがトレーニングルームで話していた、べレク・宇・エンリルは「そうか」と一言。そして感情の無い眼でじっとユウの顔を見つめた。
その視線にたじろぐユウ。
(う……なんか怖い人だな……)
「戦い方は人それぞれだ。剣でも銃でも好きにやればいい。だが我々がやるべきことは、剣を振るうことではなくFRADを阻止することだ。アルテントロピーはそのために存在する力だ――それを忘れるな」
「は、はい――」とユウ。
べレクはそれだけ言うと早々に立ち去っていった。
(あの人がべレク・宇・エンリル……)
その後ろ姿を眺めながら、ユウは隣のクロエに小さく尋ねた。
「……あの人がクロエさんの先生なんですか?」
「ああ。WIRAで私を引き取り、育ててくれた。アルテントロピーの扱い方を教えてくれたのもあいつだ」
(育ててって……クロエさんと同い年ぐらいに見えるけど)
べレクの姿が廊下の端の壁に呑み込まれて見えなくなると、ユウは彼から感じた印象をそのまま口に出した。
「……人間――なんですよね? あの人」
「勿論だ。インテレイドだとでも思ったか?」と、苦笑するクロエ。
「あ、いえ、そういうんじゃないんですけど――」
「冷たい人間、か?」
そう訊かれてユウは首を捻る。
「うーん……? 冷たいとか温かいとか、そういうのともちょっと違う感じが……。なんかそもそも『温度そのものが無い』っていうか――」
そこまで言っておいて、ユウはハッと気が付いたようにクロエに顔を向けた。
「あ! すいません、クロエさんの大切な人なのに!」
するとクロエは「構わんよ」と笑って返す。
「私は別段、あいつに家族的な感情を持っていない。無論感謝はしているが――無機質な人間だからな。お前の言うことも解らなくはないよ。長い付き合いの私ですら、未だにあいつが何を考えているのか解らないことも多い」
「クロエさんでも……ですか――」
「だがあいつの規制官としての力は本物だ。情報犯罪に対する姿勢は、私以上に徹底している。少なくともそこに関しては、規制官として見習うべきだろう」
クロエはそう言いながら、べレクの消えた壁を見つめていた。
***
――源世界/世界情報統制局『WIRA』/拘留室――
大柄で金髪の規制官リアムが、廊下に面した壁一面がガラスになっている部屋に向かい、穏やかな口調で言った。
「君に科された刑は四ヶ月の更正措置だ。プログラムを受け、力の重要さと扱い方をしっかりと学んで欲しい」
「………………」
部屋の中には、白い拘束衣を着た灰色の髪の男が、リアムに背を向けて佇立している。
男はリアムの言葉に無言で小さく頷いてから、そのままの姿勢で尋ねた。
「あの勇者――ユウという少年はどうした?」
「彼はWIRAで規制官として働くことになったよ」
「そうか……(なるほど。新たな道を見つけたようだな、勇者よ)」
誰にも見えぬ角度で、男は嬉しそうに笑みを零した。するとリアム。
「君が犯したのは無過失の罪だ。だから君にも当然、規制官の道は残されている」
「ふむ。(この我が勇者と同じ道を歩むか……面白い)――考えておこう」
「色よい返事を期待しているよ、ガァラムギーナ――いや、今はガァラム・竜・オルキヌスか」
リアムに呼ばれたその新たな名前を自嘲気味に鼻で笑う、かつて竜であった男。
「……妙な名を付けられたものだ」
「私も最初はそう思ったよ。――ではガァラム、四ヶ月後にまた会おう」
リアムがそう言って手を横に一振りすると、ガラスであった全面が瞬く間に白で塗り潰された。





