源世界《Reality》⑦
無言のクロエに見守られながら、静けさの中でユウは慎重に狙いを定めて射撃――だが弾丸は甲高い音とともに弾かれた。
「…………」
まるで当然の結果だと言わんばかりに、ユウは振り向いてクロエに眼で問う。するとクロエがそれに応えた。
「今お前は、銃を撃ったと思うか?」
クロエの不可解な問い掛けに、ユウは怪訝な表情。
「――そのつもりですけど」
「いや、お前はただ引き金を引いただけだ。そして銃の構造上、火薬が爆発した反動で弾丸が飛び、それが的にぶつかった――そういう現象が起こったに過ぎない」
その指摘の意味を、ユウは深く考えてみた。
(現象が起こっただけ……?)
二度の銃声で、鳥や動物達は逃げるか気配を消したようで、もともと静かであった森は一層静けさを増していた。好奇心から残った小動物は、草木の陰から見慣れぬの闖入者達を恐る恐る窺ってる様子であった。
「私は破壊しろと言った。そしてそのままでは破壊できないとも言ったはずだ」
己の手に在るハンドガンをじっと見つめるユウに、クロエは「何が足りない?」と問う。
(アルテントロピー……壊す……現象……つまり……)
そして暫しの沈黙の後、彼は答えを導き出した。
「――目的意識、みたいなものでしょうか?」
その答えに「まあ正解だ」とクロエ。
「情報の改変には明確なイメージが必要だ。目的と意志が伴わなければアルテントロピーは引き出せない。つまりアルテントロピーは、想像している現象を情報次元へ反映させる為の力とも云える。そのイメージが他人から見れば嘘のようなものでも、本人にとって『疑いようの無い、できて当たり前のこと』であれば必ず実現する。つまり必要なのは『無意識の意志』ということだ」
(無意識の意志……)
「――例えばユウ」
難しそうに話を聴いていたユウが、突如声を掛けられてハッと姿勢を正す。
「お前は食事をする時、何かを連想することがあるか?」
「え――? はい。単純に美味しいとか不味いとか、栄養が有りそうだなとか……同じものを食べたことがあればそれと比較したり……レシピなんかも想像したりすることがあります」
「そうか。ではそれらを全て何も考えずに、ただ純粋に《《食べることだけ》》を行えるか?」
「何も考えないで――それは難しいです。というより不可能だと思います。つまり『意識的な行動に伴う思考だけを取り除く』……ってことですよね?」
「そういうことだ。だが不可能ではない。私や他の規制官たちは、実際にそれをやっているわけだからな」
クロエは「見ていろ」と再度言うと、先程ユウが撃ち仕損じた鉄板に向かって、片手でハンドガンを構えた。そして大して狙いを定める様子もなく、さりげなく1発――銃口から発生した凄まじい突風と衝撃が周囲の土や石を吹き飛ばし、木々を大きくザワつかせた。鉄板からは鈍く染み渡るような金属音。
「凄い……」と、呆気にとられるユウ。
クロエが鉄板を呼び寄せると、その真ん中には抜き取られたように見事な穴があった。
「アルテントロピーで行うのは情報そのものの変化だ。物理法則や常識に囚われることはない。私にとって今撃った弾丸は『何よりも硬く強く、そして速い』――そういうものだ。だからこの板を貫通した」
ユウが穴の開いた鉄板に近付いて、表から裏からまじまじと見つめて感心しながら、クロエに訊いた。
「どうすればアルテントロピーを使いこなせるんでしょうか? クロエさんには当たり前でも、僕にはとても困難なことのように思えるんですが?」
クロエはそれに答えずハンドガンをホルスターにしまうと、逆にユウに対して質問を投げ掛けた。
「我々規制官は極めて戦闘能力が高い。それは何故だと思う? 何故、情報犯罪者が脅威であると思う?」
「うーん?」とユウは首を傾げてから答えた。
「アルテントロピーが強いから?」
「それもあるが、そもそも今のお前のように、普通はアルテントロピーを使いこなす事自体が難しいんだ。情報を改変するといっても、何から何まで自由にとはいかない」
ユウは再び唸り考え込んだが、答えには辿り着かない。
「ここに来る前に、お前は『剣と魔法が使えるなら負けない』と言っていたな。その根拠は何だ? 普通の人間に剣を渡し、今から魔法が使えるぞと言ったところで、その人間はそんな台詞を吐かないだろう」
「それは――」とユウが言いかけたところで、彼の脳裏に剣術の師であるレグノイの言葉が蘇る。
――『いいか、ユウ。戦いの最中に余計なことは考えるな。戦うという意志に身体を任せろ。お前が真に勇者であるなら、それができるはずだ』――
その教えで彼は閃いた。
(そうか……! 戦っている時っていうのは、クロエさんが言っていた無意識の意志を持った状態なんだ! だから改変ができる――)
ユウの表情が晴れるのを見て、クロエは彼が言葉に出す前に口を開いた。
「理解したようだな。戦闘というのは最もアルテントロピーを引き出し易い行為だ。故に規制官は強い。というよりも、《《強いから規制官》》なんだ。もしお前にとって剣と魔法、そして勇者としての強さが『嘘ではない、当たり前の現実』であるなら、お前はあの板を破壊できるはずだ」
「僕にとって当たり前の――(強さ……)」
剣と魔法の世界の戦場で積み重ねた過酷で濃密な経験は、既に彼の身体の芯にまで染み付いている。その力は疑いようののないものであった。
「はい」と頷いたユウは、鉄板を見据えた後、自分の手にあるハンドガンに目をやる。するとクロエがそこへ付け加えた。
「ユウ、世界の常識に囚われるな。銃はお前の剣だ」
ユウはハンドガンを握り締めて呟く――。
(これは……僕の剣。勇者だけが扱える、魔法の剣……)
引き金から指を離すとグリップだけをしっかりと握り直し、それを振りかぶるように上段に構えて足を引く。
(思い出せ……僕の道を……力を――)
自分にそう言い聞かせながら、ユウはそっと目を瞑った。
クロエは彼の姿を見つめつつ、こめかみに手を当ててOLSを起動した。その右眼が青く光る。
[AEOD、IPFアンプを起動しろ]
と彼女が頭の中で指示を出すと、ユウが気付かぬうちに森全体を透明の膜が包んだ。





