決闘《Disaster》⑤
[情報を解析中――情報体経由の偽装データを検出]とAEOD。
青く光るクロエの視界に、大量の記号の羅列が表示された。
「なるほど、手の込んだ偽装だ。しかしリアルタイムでこれだけの変換をやってのけるということは、どうやら人間ではなさそうだな。恐らくはAI人間か。――お前の目的は何だ?」
メベドワはクスリと笑ってフードを上げると、一瞬にして美麗な少年の顔へと変わり、満足そうな表情で言った。
「流石はクロエ。洞察も質問も適確だね?」
「グレイターヘイムではまんまと一杯食わされたからな」と、自嘲気味に笑うクロエ。
「XM1が暴走した日、会場にいた要シゲル――あれはお前だろう?」
「……気付いたんだね。それだけで推測できるとは大したものだよ。でもそこまで知恵が回る君なら、僕の目的も解りそうなものだけど?」
メベドワは頭を指でトントンと叩いてみせた。
「ある程度はな。情報粘度を高めたプロタゴニストを殺して、FRADを誘発させるつもりか」
するとそれを聞いたリアムが「フラッドだと?!」とクロエの顔を見た。
「ああ、恐らくな。だがそれはあくまでも手段――こいつの真の目的は別にあるのだろう。でなければ手が込み過ぎている」
クロエが断言すると、メベドは一瞬黙ってから独り言のように呟いた。
「……やはり最初に辿り着くのは、君かもしれないな――」
そこでリアムはハッと閃いたように口を開いた。
「ならば彼らを止めなくては! クロエ――!」
OLSの位置情報では、マナはまだ到底辿り着く様子はない。しかし暴走気味のミリアと復讐に燃えるレイナルドの戦闘は加速する一方である。今すぐ彼らを止めなければと焦り飛び立とうとするリアムを、しかしクロエが言葉で抑えた。
「心配するな。我々の目的はメベドの確保と言っただろう? ――あちらは他の奴に任せておけ」
***
戦場を城から森の上空へと移したレイナルドとミリアは、互いに手傷を負わせてはいたが、致命的なダメージを与えるまでには至らず、いたずらに破壊の範囲を拡げていた。
ミリアが体内から射出する血晶の槍をレイナルドが躱すと、槍は遥か後方に着弾し、その衝撃波で森の一部が吹き飛んで数十メートルの陥没地を作る。対してレイナルドが黒銀の鎌を横に薙ぐと、刃と成った扇状の血が放たれ――ミリアの頭上に外れた刃が、遠方の山に命中して雪崩を引き起こした。
戦闘に没頭する二人の意識は、次第に研ぎ澄まされ、彼らの攻撃は無意識にアルテントロピーを伴った強力なものに変化していた。
「――しっつこいんだよ、このクソ虫がッ!」
ミリアは身体中から山嵐の如く結晶の槍を出し、それを操って空中で飴細工の如く束ねて縒り合わせると、更に硬く鋭利に圧縮された、長さ100メートルはあろうかという捻れた槍を作り出した。
レイナルドは血の腕を太い管の様に変えてそれを鎌に接続する。刃を血液によって更に2枚増やし、巨大な3本の鉤爪の様になった鎌は、ホースから血液を注がれみるみる内に大きくなっていく。
どちらもこれ以上力の源である血を消費すれば、戦闘能力が低下して勝機を失うという事を理解していた。そしてレイナルドは、自身に湧き上がる謎の力がそう長くは続かないということも自覚していた。故にこれから放つ一撃は、正に全身全霊を賭すべき切り札であった。
「さっさと消し飛べ、虫ケラがぁぁぁーッ!」
ミリアが槍投げの要領で大きく仰け反る――。
「……滅びろ……カル・ミリア!」
レイナルドが鎌を担いで振りかぶる――。
気合とともに二人が空を切り裂いて同時に突撃し、その両者の攻撃が火花を散らさんとする寸前――空に光が瞬いた。
***
上空を渦巻く寒気の中で、急降下する光の粒は人間の骨格から内蔵、そして筋肉や皮膚を成していく。その輝く粒子の集合体は、雲を突き抜けた時には既に、白銀の髪に黒いスーツ姿の少年へと変わっていた。
彼は眼下で激突せんとする二人の吸血鬼を認めると、全身に虹色の光を纏い腰の剣に手を掛け、凄まじい速さで両者の間を擦り抜けた。それでも二人の勢いは止まらず、ミリアは槍を突き出し、レイナルドは鎌を振り下ろそうとした。だが彼らの武器は相手に達する前に、擦り抜けた少年が放った光速の斬撃によって、粉々に解体されていたのであった。
「ッ!?」
バラバラに散らばる刃――。ミリアは咄嗟に空いた手でレイナルドを殴り、レイナルドはそれを食らいつつも蹴りを放つ。相打ちとなって落下した二人は互いに地面に叩き付けられて、激しい砂煙を上げた。巻き上げられた土砂が小雨の様に降る。
「…………」
落下した二人の間には、少年が鮮やかに着地していた。彼は大きく息を吐いて、白銀に輝く剣をベルトに付けた鞘に納めると、こめかみに指を当てた。
[間に合いました、クロエさん]
[――よくやった、ユウ]とクロエ。
剣と同じ煌めく白銀の髪を掻き上げる少年は、第二等規制官、ユウ・天・アルゲンテアである。
ミリアが起き上がり、そのユウを睨みつける。
「なんなのよ……この餓鬼――」
そう言いつつもユウの姿を見て舌打ちをする。
(こんな子供が規制官だっていうの……?)
一方でミリア以上にダメージが蓄積していたレイナルドは、まだ上体を起こすのでやっとであった。
「……っ(脚が……折れたか……)」
怪我を見て取って、ユウは数百メートル離れたレイナルドの元へ即座に走り寄る。その余りの速さに、ミリアはそれを瞬間移動と錯覚したほどであった。
「大丈夫ですか――? ええっと……レイナルド・コリンズさん?」
「……くっ……」
ユウが手を差し出すと、彼を敵と判断したレイナルドが、刃の半壊した鎌を振るう――ユウの手元が一瞬消えて、剣が再び鞘に納まる音がした。
するとレイナルドの鎌は、彼が握っている柄の一部を残して全てが細切れになった。
「――!」
「すみません、手荒な真似はしたくないんです」とユウ。
言わずもがな、解体はユウの剣によるものである。圧倒的な剣技を前に観念せざるを得ないレイナルドは、差し出されたユウの手を取った。
「脚が折れてますね? 肩を貸します」
「……大丈夫だ……」
レイナルドは体内で血を硬化させて代用の骨とし、痛みに耐えながらも自力で立ち上がる。
「……何者だ……? 少年……」
「僕はユウ。世界情報統制局――WIRAの規制官です。と云っても解らないと思いますけど、少なくとも敵ではありません」
「……いや……そうか……」
ロマの話していた強大で無慈悲な規制官のイメージとは、この少年は大分かけ離れているなと感じながらも、レイナルドはユウの真っ直ぐな翡翠色の瞳を見返した。
ユウは遠くのミリアにも、声を張り上げて呼び掛ける。
「カル・ミリアさん! 僕は敵ではありません! 戦闘を中止して、話を聴いてください!」
ミリアが4枚の翼を折り畳み、鋭く伸びた爪も短く縮める。ユウはそれを停戦承認の意思と見做してレイナルドに言った。
「――貴方も。まずは話し合いが必要です」
レイナルドは決闘に水を差されたことに対しては釈然としない様子であったが、仕方なく話し合いを受け入れた。





