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界変のアルテントロピー  作者: 芳蓮蔵
第二章 吸血変
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真祖《Love is blind》⑤

 石造りの冷たい居館――。真っ赤なカーペットが敷き詰められた、吹き抜けのエントランスホール。入り口から向かって正面の壁に掛けられた巨大な肖像画には、縦に巻いた灰色の髪、釣り上がった眼と薄い唇の壮年の男性。


 そのモデルはリアムがOLSで確認したガウロス伯の姿と一致していた。


『ようこそ、我が屋敷へ』と響く男性の声。それはどこからともなくリアムの許に届き、所在を明らかにすることはなかった。しかしリアムは自身の透視能力でもって建物の中全体を見渡し、壁の向こう側にある広々とした客間らしき部屋に人影を確認した。


「失礼、入ってもいいかな?」と、その場で尋ねるリアム。


『構うことはない』――再び響く声。


 その応えに「ありがとう」と返して、リアムは真っ直ぐ館の主の居る部屋を目指した。


 部屋に入ってみると、そこは外の朽ちかけた外観とは裏腹に、豪奢な家具や調度品が嫌味無く配置されていて、いかにも歴史ある貴族然とした装いの赤と黒を基調とした広間であった。


「ようこそ」


 部屋の奥の黒檀の椅子に腰掛けていた男性――ガウロスが、悠然と座ったままに声を掛ける。彼は上等なあつらえの黒い刺繍胴衣(ダブレット)長袴(ホーズ)という恰好。


「使い魔からは、東の空から飛んできた、と聴いている。……ヴェイラッド卿の使いの吸血鬼かとも思ったが、違うようだな?」


「ああ、私は吸血鬼ではない。名前はリアム、一応人間ということで理解してくれ。宜しく、ガウロス卿」


 リアムが軽い挨拶を済ませると、部屋の扉の向こうから濁声で「間もなく宵の入りで御座います」と声が掛けられた。


 するとガウロスは「うむ」と立ち上がり、自分の背後で閉ざされていた重厚なカーテンを開いた。――縦に長い細窓を塞ぐ様に巨大な月が顔を出す。


「最近我が下僕を滅ぼして回る鎌の男(ハンター)がいてな。雑用を働く者がいなくなってしまった」


 月光が射す豪奢な広間に玉座の如くポツンと置かれた黒檀の椅子。そこに再び腰を下ろすガウロス。


「まったく、困ったものだ」


 広間の中心に立つリアムにそう言いながら、彼は自嘲気味に笑ってみせた。その瞳は爛々と赤く輝いている。


「まずは受け入れてくれたことに感謝するよ、ガウロス・ギュール伯爵。……私はリアム・義・ヨルゲンセンという」


 胸に手を当てて、感謝の意を表するリアム。


「リアム……? 変わった名だな?」


「この国の生まれではないのでね」


「ふむ、まあいい。聞けば宵紫の魔女を従えたとか。滅ぼすだけならば私にも可能だが、従えるとなると難しい。どんな手管を弄したものか知らぬが、大したものだと言ってやろう。……正直こちらとしては、滅ぼしてもらった方が良かったのだがね」


 ガウロスの言葉は彼の皮膚と同じように異様な冷たさで響き、それが冗談でもなさそうだと感じたリアムはありのままを伝える。


「……私は別段、誰か特定の存在に敵対している訳ではないよ。ただこの世界では、私はどうにも誤解を生みやすいらしい。彼女――イザベラはそれを理解してくれたに過ぎないよ」


 するとガウロスは品定めをするように目つきを細める。


「なるほど……。だが誰とも敵ではないと言うならば、貴様は我ら吸血鬼の味方でもない――そう言いたいのかね?」


「いや、そういう意味ではない。むしろ味方という言い方をするならば、私はこの世界の全ての者の味方だ」


「それは中立を貫く、という意味か?」


「そう捉えてもらっても構わない。……私はただ人を探しにこの世界へやってきたんだ。そして卿には頼みごとを」


 リアムは両手を広げて、敵意が無いことを示した。


「ふむ、頼みか。……我ら吸血鬼は人間と違い須らく崇高な魂を持っている。恩義には恩義を以て応える。厄介な魔女を追い払ってくれた貴様には、それなりの礼はするつもりだ。その頼みとやらを聞くのも(やぶさ)かではない。言ってみたまえ」


「ありがとう。実はその捜し人の情報を君の主であるカル・ミリアという女性に――」


 すると「貴様――」と、ガウロスは声を若干大にして遮った。


「人間如きが我が血の主上の名を口に出すな」


 彼は突き刺すような殺気を放ち、冷酷な眼でリアムを睨む。


「ああ、それは済まなかった。何しろ吸血鬼(君ら)の礼儀というものを知らなくてね。無礼があれば詫びよう。――それで、頼みというのはその血の主上という方に、是非とも取り次ぎをしてもらえないだろうか、という話だ」


 人狼の長ザガには『一人でいくしかない』と言われたリアムであったが、彼は、どうにも自分は初対面の相手を怒らせやすいようだ、という精度の高い残念な自己分析結果を鑑みており、それによって直接カル・ミリアの許へ単身乗り込むことに躊躇いがあったのである。


 ガウロスはリアムの頼みの内容を聞いて暫し考える。


(空を飛び、宵紫の魔女を従える人間などいようはずもない。そのような者、400年以上生きる我ですらついぞ見たことも聞いたこともない。これは主上への献上品として使えるか……。――拝謁を賜りたいというのが願いであれば、その後はどうなろうが知ったことではないしな)


「ふむ」と、腕を組んで頷いたガウロス。


「……よかろう。我が血の主上への御目通りを聞き入れよう。だがそれ以上の要望には応えられぬぞ」


「充分だ、ありがとう」と、微笑むリアム。


「だがその前に、貴様の力を見ておきたい。我が力に抗うことすら叶わぬようであれば、主上への御目通りなどまかりならんのでな――」



 ***



 そうして月の下、城の中庭へと出た二人は、対峙するように向き合った。


「――では、我の創りし血製魔獣『血騎士(けっきし)』を相手にしてもらおうか。並みのハンターなど容易く葬ることができる強さだ。……殺しはせぬが、腕の一本ぐらいは覚悟しておいたほうが良いだろう」


 ガウロスは嘲笑気味にそう言って右手を前に出す――すると彼の手から滝の様に血が溢れ出て、リアムの前に大量の血溜まりが出来た。その血が徐に立ち上り人の形を成すと、それは2メートルもある真紅の鎧騎士へと変貌した。


 騎士の右手には、人間では到底持ち上がらぬほどの極大の剣。左手にはその巨躯を覆うほどの大楯。そして漂う血液の臭気。禍々しいその威容に相対すれば、常人なら戦意を維持する事すら難しいであろう。


「なるほど。こういうのはやり易くていい」


 しかしリアムは爽やかな笑顔で騎士を迎えた。


「フン……(その余裕、いつまで保てるかな?)」


 この血騎士は、ガウロスが対ハンター用の切り札として考案したもので、彼の自信作であった。銃の弾丸すら弾く全身の鎧は、レイナルドの黒銀の鎌にすら匹敵する硬度で、例え手練れのバンパイアハンターであったとしても相手ではない。


「ゆけ、血騎士よ。その男の腕を屠ってしまえ」


 主の命により――騎士は中に人が入っているかのような滑らかさで動き出した。そして石畳がひび割れそうな重量で一歩を踏み出すと、その巨大な剣を振り上げた。


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