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界変のアルテントロピー  作者: 芳蓮蔵
第二章 吸血変
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真祖《Love is blind》①

 人狼とは所謂『狼男』のことである。人里では人間の姿形を取りながら、己の意思によって狼へと姿を変えられる種族。彼らはその本性が獣であるが故に人間を喰らうこともあるが、吸血鬼と違って極端に偏った嗜好を持っている訳ではなく、木の実や野菜や魚、豚や牛や羊などの家畜も食べる為、人間達から見れば吸血鬼と比べるほどの脅威ではない。しかし一旦牙を剥けば、その凶暴性と戦闘能力は吸血鬼にも劣らぬほど高く、並の人間ではたとえ銃を持っていたとしても抗う余地など無い。


 マナやイザベラと別行動を取ることにしたリアムは、最初に転移した魔女の森の墓地から東へ――。小高い山を易々と飛び越えて、そんな彼ら人狼達の棲む、荒れた岩に囲まれた谷へと降り立った。時刻は丁度、弱気な太陽が中天に差し掛かった頃である。


「早速お出ましか」と谷底のリアム。


 彼の足下をチロチロと流れる細い川は、切り立った段々の岩壁に挟まれており、その崖の上から顔を覗かせる数匹の狼が、空から舞い降りた黒服の闖入者を訝しげに観察していた。

 リアムはその獣達に向かって谷底から声を掛けた。


「私はリアム・義・ヨルゲンセンという!」


 よく通る低い声が、灰色の岩々に反響して谷にこだまする。


「君たちに訊きたいことがある!」


 すると崖の上から一際巨大な金毛の狼がノソリと現れ、太い牙を備えた口から唸るような人語を発した。


「何者だ? 吸血鬼ではないな?」


(ふむ、会話は成立するようだな……)とリアム。


 とりあえずイザベラの時のように突然襲ってくる心配は無さそうだ、と安心して言葉を返す。


「私は人間だ! 人を捜している!」


「馬鹿なことを――。空を飛ぶ人間などいるものか! 正体を現すがいい!」


 金色の狼にそう言われ困ったように溜め息を吐くリアム。無論正体も何も、彼にとっては超人(これ)が《《素》》なのである。


「やれやれ、どうしたものかな……」


 リアムは仕方無しにそのままフワリと浮いて、狼の許へとスーッと上昇していく――どよめき牙を剥き出す狼達を、宥めるように手で制す。


「警戒しないでくれ、私に敵意は無い。訳あって少し特別な能力を持っているが、人間であるのは間違いない」


 金色の狼に目線の高さを合わせると、そのまま空中で静止してリアムは言った。


「君が人狼の長、ザガかな?」


 すると金色の巨大な狼は赤い瞳でリアムを睨みつける。


「いかにも。俺の名はザガ。この地で暮らす人狼の長よ。――お前はリアムといったな? お前の体からは人間の臭いがしない。かと言って吸血鬼や他の怪物のような血の臭いもしない……。故に我は再び問おう、お前は何者か?」


「……今言った通り、私は紛れも無く人間だよ。だがそれが信じられないというならば、仮に『神に近い存在』だと思ってもらっても構わない」


 そんなリアムの大言壮語――少なくともザガらにとってはそのようにしか聴こえぬ台詞に、彼らは揃って失笑の声を上げた。


「ハッハッハ! これは大きく出たな。聴いたか同胞たちよ、この男は神だそうだ」


 しかしリアムは至って真面目な顔であった。ザガは苦笑しながらもその裏の感じられぬ眼差しを暫し見つめて、やがて周りの嗤いを一声吠えて止ませた。


「(この男……嘘を吐いているようには見えんな)――面白い。ならばその神の力とやらを見せてもらおう。ここにいる者全てがその力を認めれば、お前の話を聴いてやらんでもない」


「それは有り難い。助かるよ」とリアム。


「――で、何をすれば認めてもらえる?」


「フン、神と言うからには並大抵のことでは認められんぞ。天地を揺るがすほどの所業でなくてはな。そしてもし俺を欺くような下らぬまやかしを弄じるようあれば、俺の牙はお前の喉を食い千切るぞ」


 喉を鳴らしつつそう脅しをかけるザガに、リアムは「ふむ」と首を捻る。


「天地を揺るがす……か。では――」


 と彼は遠方に聳える山の頂を指差して言った。


「あそこにある山を持ち上げてみせようか。それで信じてもらえるかね?」


 その言葉を聴いた人狼達は再び爆笑――。


「うひひひ、聴いたかおい、こいつ山を持ち上げるんだとよ!」


「人間は嘘つきだが、こんな法螺を吹くやつは初めてだぜ!」


 思い思いに揶揄する彼らであったが、しかしザガだけは一匹(ひとり)押し黙ったまま、リアムの顔をじっと見つめていた。


「(この男――)……できねばお前を咬み殺す。それは解っているんだろうな?」


「勿論。煮るなり焼くなり、君らの好きにしたらいい。だが私の言葉に偽りが無ければ、是非とも私に協力して欲しい」


「……分かった。人狼の牙と誇りに賭けて約束しよう」


 ザガのその応えに満足すると、リアムはその場から爆音を轟かせて北の山へと飛び立った。余りの速さと衝撃に人狼達は度肝を抜かれて、その姿を見送る――彼の影は一瞬にして豆粒よりも小さくなっていった。


「なんだあの速さは……風よりも速いぞ……」


 一方リアムは僅か数秒で山の手前まで来ると、OLSをもって呼び掛けた。


[――アイオード、この山が崩れ落ちないようにIPFを展開する。アンプを起動してくれ。それと暫く通信が切れる]


[承知しました]


 たちまち透明の膜が山を覆うと、それを確認したリアムは山の高さの半分辺りで瞳を閉じる。そしてカッと見開いた眼から、太陽の如く輝くビーム。


 山を容易く貫通した二条の光線はゆっくりと真横に薙ぎ払われ、幅にして2キロメートルはあるであろう山を切断した。


 そしてIPFによって瓦解を阻止された山の縁に彼が手を掛けると、まるで浮遊大陸の如くそれが持ち上がる。山林から鳥達が飛び立つ。


「な――……」と、絶句する人狼一同。


 リアムは山を抱えたまま徐に飛びながら、ザガらの上空へ途方も無く巨大な影を移動させてきた。


「これで認めてもらえるかね?」


 陽光を遮り、空から殷々と声を響かせるリアムに、しかしザガも他の狼達も暫し言葉を失ったままであった。辛うじてザガが返事を零す。


「…………あ、ああ……」


 するとリアムは「ありがとう」と微笑んでから、山を元の位置へと運び直し、そして再び突風を突き破って間もなく彼らの許へと戻ってきた。


「では、私の話を聴いてもらうとしようか」



 ***



 沢を登った先にある薄暗い洞窟の中に、いくつかの篝火が掲げられている。ここがザガの住処であった。


 大型動物の骨と思しき歪な棒で作られた椅子に、数メートルはあろうかという熊の毛皮を敷いたものが彼の玉座。ザガはその椅子に人型となって座っている。


 彼の身長はリアムよりも高く、肩までかかる乱れた髪は黄色みの強い金。相貌は正に狼をそのまま擬人化したような険しくも凛々しい目鼻立ちで、見た目には40半ばといったところである。上半身は裸で、歴戦の傭兵さながらの疵に塗れた筋肉の塊。下には毛皮であつらえられた長ズボンを穿いており、裸足であった。


 岩肌(ゆか)に座るリアムと二人きりで向かい合ったザガは、「なるほど」と一言いって唸るような溜め息を吐いた。


「そのアーシャという娘、というよりも人間自体が、ここ暫くこの山には来ていない。どれほど離れていようが、俺たちの縄張りに人間が入れば臭いで気付くからな」


「そうか……」


「すまんな、リアムよ」


「いや、こちらに来ていないということが分かっただけでも充分だ。ありがとう」


 リアムが謝辞を述べると、しかしザガは「だが――」と続けた。


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