月下《He grieved it》⑧
「おのれ――」
吸血鬼が身体を蝙蝠に変えようする――が、その行動を読んでいたレイナルドは、鎌で吸血鬼の腰を真横に両断した。
「うぎゃァァ!」
吸血鬼の身体からバケツを倒した様な大量の血と、悍ましい叫喚が零れ出す。心臓を杭で打たれるか、頭を銀の武器で切断されない限り吸血鬼が滅ぶことはないが、力の源である血を失えば、その能力の弱体化は顕著であった。
「……貴様の主は……ガウロスという、吸血鬼は……何処にいる?」とレイナルド。
その左眼が吸血鬼と同じく赤い輝きを放ち、彼は上半身だけになった吸血鬼の胸を踏みにじる。
「ガっ――貴様如きに……」
吸血鬼の表情から見て取れる意志は固い。
「……では、真祖は……何処だ……?」
「私が……ぐふっ! 知るものか……」
夥しい血を吐く吸血鬼が嘯いてる様子は無かった。
「…………ならば……いい……」
レイナルドは銃を腰に収めると、そっと足を退けた。吸血鬼の顔に一瞬の安堵。
「貴様などガウロ――」
それがその吸血鬼の最期の言葉である。
――宙に舞う首。
吸血鬼の身体が燃え尽きるのをレイナルドが見届けると、ロマが路地の陰から現れた。そして彼に鎌用の革袋を渡そうとしたところで、彼女の手が止まった。
「…………どうした……? ロマ……」
無言のロマの視線の先に彼女の答えがあった。レイナルドがそちらを見据えると、真っ黒なカラスを肩に乗せた白髪の少女の姿。一瞬彼は、それが先程の吸血鬼の叫び声に釣られた不用心な野次馬かと思ったが、それにしては少女の歩みは毅然とし過ぎていた。
見慣れぬ仕立ての黒い服を来た少女――言うまでもなくマナであったが、彼女は倒れている女性に怪我が無いことを見て取ってから、周囲に既に目的の吸血鬼がいないことを悟り、少し落胆する素振りを見せた。そしてレイナルドに目をやり話し掛ける。
「殺シてしまったンでスか?」
「………………」
「ボク、吸血鬼と話シたかったノに――」
「………………」
沈黙のレイナルドは鎌を仕舞わない。「誰だ?」という問いも発しない。代わりに鎌を握る手に力が込められ、赤い左眼が一層妖しく光る。
「……ロマ、下がっていろ……」
「レイ、あの人――」
「……ああ……(こいつが、真祖か)」
レイナルドの前方に無防備に立ちはだかる少女――そこから発せられる気配は、彼が知るどの吸血鬼とも違って澱みなく澄んでいたが、まるで底が感じられない。透明な水が無限に溜め込まれて生まれた闇のようである。
普通の怪物とは明らかに異質で強大。使い魔の如く肩に留まるカラスですら、今しがた彼が屠った吸血鬼とは比較にならぬ強さを秘めているのが、彼のハンターとしての経験から判った。
(真祖……これは想像以上の化物だな……)
というのがレイナルドの抱いた率直な感想である。
しかしマナはそんなことなど気にせず、ごく自然に彼の方へと歩み寄り、リアムから教わった握手をしようと手を差し出す――とすかさずレイナルドは銃を引き抜いて、彼女の顔面目掛けて引き金を引いた。ズガン!という発砲音が霧と闇を裂いて、大量の銀礫がマナの澄んだ顔に注がれる――が。
「――?」
イザベラは音に驚いてマナの肩から飛び立ったが、当の彼女は瞬きひとつせず、その白い肌には傷ひとつ無い。レイナルドは驚愕を隠せぬまま飛び退く。
「大丈夫かい?! マナ!」とイザベラ。
しかしマナは「ナにこレ?」と小首を傾げるだけである。
「アンタ何ともないのかいっ?」
「何が? 今の行動はどンな意味がありまスか?」
「あれは銃だよ! 銀の弾が込められた、とんでもなく危険な代物だ」
そう告げるイザベラに、マナは更に不思議そうな顔を見せた。
「銃、でスか? ……アレは違うと思いマす。銃といウのは――」
するとマナの細い右腕が唐突に形を変え、ガチャガチャと音を立てながら鈍色の機械へと換装されていく。
「なんだいそれは?!」とイザベラ。
――2メートルの長大な電磁投射砲。かつてXM1が使用していた物を小ぶりにカスタマイズされた物である。
「コレが銃デす」
見たこともない形、そして見たこともない力に、目を丸くするレイナルドとイザベラ。果たして巨大なそれが銃であるならば、その威力は想像に難くない。
(何なんだ、あれは……真祖にはあんな力があるのか)
しかし唯一人ロマの反応は違っていた。寧ろ最初にスーツ姿のマナを見た時から彼女は勘付いていたのである。しかしそれを口に出したところでレイナルドが理解できようはずもなく、彼女はそれを口には出さなかった。
(あの力、やっぱりあれは――あの人は……『規制官』だわ)
であれば当然、レイナルドが目的とする吸血鬼などではない。しかし考えようによっては真祖以上に厄介な存在であった。
「レイ……逃げて」と洩らすロマ。
「……? 何故だ……?」
「あの人は真祖じゃない――でも敵に回せばもっと恐ろしい。多分勝てる相手じゃないわ」
そう進言するロマであったが、レイナルドはその言葉に従う様子はなかった。鎌を両手で握り締め、両肩から真っ赤な血で染まった腕を生やす。
「……やってみなければ……分からん……」
言葉とともに飛び出すレイナルド。その両肩の『血の腕』が伸び、マナの身体をガッシリと抑え込む。そして腕を縮める勢いで接近し、振り被った鎌を一直線に頭へ振り下ろす。しかしマナの顔面から飛び出た光の刃が、カーンと甲高い金属音でそれを弾いた。
「……?!」
マナの刃は湾曲しながら延長して、やがて出てきた長い柄を彼女はしっかりと掴む――それは光の鎌であった。
「ボクと似テいまスね」
マナはそう言いながら左手の鎌を、距離を取ったレイナルドに向けて軽く一振り。すると細かな真空波が発生して、彼の全身に細かな裂傷を刻んだ。
「…………」
レイナルドは痛みに動じることもなく鎌を構えるが、そこかしこからダラダラと血が垂れ落ちる。
「捜査ノ妨害――? する人は、攻撃シてモいいってリアムが言っテまシた」
マナはレールガンの銃口をレイナルドへと向ける。すると二股に伸びた銃身の間にバチバチと青白い放電が満ちていく。
(あれは――)
絶対に『マズい』と感じたロマが、レイナルドに近寄って彼の服の裾を強く引いた。
「? ……下がっていろ……ロマ」
しかしロマは首を横に強く振った。
「ダメ。これ以上あの人と戦ったら殺されるわ、確実に。……だから逃げましょう、レイ……あの人は吸血鬼とは無関係よ」
その頑なな眼差しが彼を押し止める。
「…………解った」
するとレイナルドはロマを抱きかかえると、背中から血塗られた蝙蝠の翼を生やし、バネ仕掛けの如き勢いで大きく広げる。そして飛び立つ間際に。
「……名を聞いておこう」と一言。
「ボク? ボクは、マナ・珠・パンドラ。ウィラの准規制官でス」
(WIRA! やっぱり――)とロマ。
巨大な翼をバザンと羽ばたかせ舞い上がるレイナルド。
「……俺はバンパイアハンター……レイナルド・コリンズだ。……マナ、貴様の顔は……憶えたぞ……」
そう言って彼は月光を背負い、霧の中へと消えていった。





