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竜の里の皇女と冷酷王子  作者: 井ノ上雪恵
9/20

真面目な戦闘訓練1

「…」

「…」

 今まで食べたことがない程豪華な朝食を食べ終わると、私達は全員揃って訓練場へと向かった。

 昨日シンラに完膚なきまでに負かされた嫌な場所だが、今向かい合っているのはシンラではなくハルカだ。他の兄弟達は観戦客のように、少し離れたところで私達を見守っている。

「おい。素手とナイフ、どっちが闘い易い?」

 ハルカが腕を組んだまま尋ねたが、私はその質問に答えることができなかった。

 …闘っていたこと前提…。

 さも当然のごとく闘いの経験があるようにハルカは言うが、別に私は身体能力が高いだけで、闘い慣れているわけではない。竜を操る訓練をしたり、たまに来る余所者を軽く追い払ったりしていただけだ。

 ナイフの使い方どころか、体術も全くの初心者なのだ。

「えっと…どっちも闘ったことがないので、わかりません」

「は?」

 ハルカの目が見開かれる。

 その様子に私の方が驚いてしまった。

 皇女の身分は、差異はあれど他国の姫と同じくらいだ。むしろ、戦闘経験のある姫の方が珍しいだろう。

「…はぁ…じゃあ、ナイフ有りの戦術を教える。ナイフを出せ」

「は、はい!」

 言われた通り、レッグホルスターからナイフを取り出す。それを確認して、ハルカは更に続けた。

「俺は反撃しないし防御もしない。ただ避け続けるだけだ。()()()で掛かって、俺に攻撃を当ててみろ」

「!…殺す気…」

 ハルカの言葉に表情を引き締める。

 人は当たり所次第では、刃物によって簡単に死んでしまう。

 つまり、下手をすれば自分の手でハルカを殺してしまうかもしれないということだ。

 …。

 ナイフを持っている手が微かに震える。

 もし、本当に殺してしまったら…?

「…言っておくが、当てるどころか掠ることすら無いと思えよ」

「!」

 その言葉にハッとする。

 私とハルカには圧倒的な差がある。力、速さ、戦術。これら全てにおいて劣っている私が、ハルカに一撃喰らわせることができれば、それはほとんど奇跡だ。

 ふっと心が軽くなった。

 …そうだ。やれるだけやってみよう。

 皮肉なことに、自分の強さがハルカの足下にも及ばないことは、身に染みてわかっていた。

 それならば思いきりやって、少しでもハルカに追いついてやりたい。サンドバッグくらいにはなれだとか、掠ることすら無いだとか、そんなこと言わせないように。

 ナイフを握り直すと、真っ直ぐハルカを見据えた。

「…いつでも掛かってこい」

「っ!」

 挑発に乗って、ハルカ目掛けて走り出す。

 ハルカの眉間にナイフを突き出すが、ハルカはその場から一歩も動かず、首を横に倒してそれを躱した。追いかけるようにナイフの持ち方を瞬時に変え、ハルカの首に向かって刃を振るう。

 ようやくその場から動いたハルカは、身体を後ろに倒し、そのまま後方回転を続けて私から距離を取った。

 …ほ、本当に反撃も防御もしてこない。

 ただ攻撃を躱しているだけ。

 しかし、一方的に攻められているにも関わらず、相手の表情は余裕そのものだ。

「ッ!」

 地面を蹴って、もう一度ナイフを突き出す…がハルカの毛先に掠ることもなく空を切る。立て続けにナイフを右へ、左へ、斜めへと振っていくが、振り回しているだけだ。一撃もハルカに入らず、体力だけをいたずらに削っていく。

「…チッ!一回止まれ」

「!」

 全く当たらない攻撃にだんだん動きが雑になってくると、ハルカが舌打ちを零して手を前に出した。それに合わせて、私も動きを止める。

 心なしかハルカから怒りのオーラを感じるのは、恐らく気のせいではないだろう。

「殺す気でこいと言ったよな?」

「ッ!…」

 ハルカに言われて口を噤む。

 見抜かれていたのだ。殺す気(ほんき)でないことに。

 俯いてしまった私に、ハルカは溜め息を吐いた。

「まず全くナイフの使い方が成っていない。攻撃もワンパターン過ぎだ。ナイフを持っているからと言って、ナイフだけで攻撃しなければいけないわけじゃない。もっと頭を使え」

「は、はい…」

 厳しい意見に肩を落とす。

「おい!」

「はっ!お呼びでしょうか、ハルカ様!」

 私には用がないと言わんばかりに、ハルカが私達の隣で手合わせなどをしていた兵士達に向かって声を上げる。すると、兵士の一人がハルカに身体を向けた。

「俺の相手をしろ。お前は武器なしで」

「はっ!」

「おい、ナイフ貸せ」

「は、はい!」

 話に置いてけぼりになりながらも、ハルカに慌ててナイフを貸す。ハルカはしばらくナイフを握ったり離したりと感覚を確かめ、納得したのかナイフをしっかりと持ち、私と目を合わせた。

「今からナイフを使った手合わせを見せてやるから、使い方を目で見て覚えろ」

「え」

 真剣な表情で当たり前のように告げられたセリフに目が点になる。 

「いやいや、僕らじゃあるまいし、そんなので覚えられるわけないでしょ」

「大体『見て覚えろ』は教えるに入らねぇだろ」

 私の心を代弁してくれているかのように、アオイとシンラがツッコむ。嘲笑うような二人に対して、ハルカはピクリと眉を動かした。

「…お前ら…この後ある俺との手合わせが()()で!今やるべき訓練をサボるのは別に良いが!そこで見ているつもりなら黙ってろ!!」

 額に青筋を立て、背後にドス黒いオーラを出すハルカに、シンラとアオイは肩を竦める。

「はあ…待たせた。始めるぞ」

「はっ!」

 ハルカが溜め息を吐きながらナイフを構えると、兵士も敬礼をした後、臨戦態勢をとった。

 合図なしに、先に飛び出したのは兵士だ。

 真っ直ぐハルカに向かって突進していくと、ハルカの顔面に拳を突き出す…が、拳が当たる前にハルカはその場から既に消えていた。

 兵士が拳を突き出すタイミングに合わせて前方に飛び、一回転して兵の背後に回ったハルカはそのままナイフを振るう。兵はすぐに振り返って刃が当たる前にその場にしゃがみ、足払いをかけようと足を伸ばした。

 ハルカはもう一度前に飛んでそれを避けると、今度は兵の後ろから首に回し蹴りを喰らわす。吹き飛んだ兵を追うように、思いきり地面を蹴ったハルカは、まだ体勢の整わない兵を押し倒し、その首元にナイフの切っ先を突き付けた。

「…もう良いぞ。自分の訓練に戻れ」

「はっ!お手合わせ頂き、ありがとうございます!!」

 兵の上から退くと、ハルカはナイフをこちらに投げた。私は足下の地面に刺さったそれを無言で引き抜く。

 今の一通りの流れを黙って見ていた私の頭の中は、意外にもクリアだった。

「覚えたな?じゃあ、続きを始めるぞ」

「…」

 ナイフを握る感触を確かめて、気を引き締める。

「はい!」

 別にあのほんの数分の手合わせでナイフの使い方を理解したわけではない。それでもわかったことが一つある。


 …やられっぱなしで終われないもんね!

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