竜の世話
「…では今から竜のお世話の仕方を教えます」
あれから私は、言われた通り首に絆創膏を貼ってから檻の前へと行った。檻へ行くと、大方の説明は先にハルカがしてくれていたようで、非常に不機嫌そうなシンラ達は、それでも黙って竜選びに付き合ってくれた。
私は使用人達が用意してくれた水の張ったバケツの一つにニアを入らせると、柔らかい方のタオルを水で濡らした。
「まずは竜にバケツに入ってもらって、柔らかい方のタオルを水で濡らします。ちょっとだけ絞って、竜の身体を優しく拭いてあげてください。こんな風に」
言いながらタオルを絞り、ニアの足に濡れタオルを滑らせる。
「翼は濡らさないように気をつけてください。飛び辛くなっちゃうので。翼以外拭き終われば、濡れていない硬めのタオルで水気を拭き取ってください。そこまでお願いします」
翼を避けながら素早く身体全体を拭き終えると、硬い方のタオルに持ち替える。そして、全身の水気を取って見せると、ハルカ達に行動を促した。
「「「「…」」」」
「グルルルル…」
「ああー!!力強すぎです!シンラ様!もっと力を緩めてください!」
「ァア!?充分緩めてんだよ!!」
「なあ、足どうやって拭くんだ?」
「ああ、それは一本ずつ片手で足をゆっくり持ち上げてからです。持ち上げるときは竜に合図してから」
「キュー!」
「おい、やめろ!」
「ああ!ニコ!舐めちゃダメ!ハルカ様も拳を下ろしてください!!」
「はぁ…」
ようやく竜の水浴びを終えると、私は大きな溜め息を吐いた。
この王子様方はまともに世話をすることもできないのか。
二十体居る竜の内十六体の世話をしながら、ハルカ達の様子を見るのは正直ものすごく疲れた。これが明日から毎日続くと思うと目眩がする。
唯一、何の手間もかからなかったアオイのことを拝みたいくらいだ。
「…じゃあ最後にご飯をあげます。ちょっとずつ与えないといけないので、手で直接あげてください」
白身魚の魚肉が、頼んだ通りバケツに約二キロ入っているのを確認すると、ゴム手袋を着けて魚肉を掴み、ニアの口元に持っていった。ニアは大口を開けてそれを食べると、一瞬で飲み込み、またすぐに口を開ける。
昨日夕食をあげていないので、大層空腹だったようだ。
「昨日ご飯をあげていないので、かなりのペースで食べると思うんですけど、できるだけゆっくりあげてください」
「「「「…」」」」
「はい!これが朝のお世話です。水浴びは朝だけなので、昼と夕方は餌やりだけです。昼は十一時半。夕方は五時です。その時間になったら、檻の前に来てください」
「「「「…」」」」
初めての竜の世話はとても疲れたようで、四人ともぐったりとしている。かく言う私も、竜の世話に加えてハルカ達の世話まで焼いていたので、身体的にも精神的にも疲労が溜まった。
ハルカ達が黙って檻から出て行くのに付いていき、明日はもう少し楽になって欲しいなと願う。
「…おい」
「?はい」
檻から少し離れたタイミングで、シンラの低い声が私に向けられた。こちらに振り返っているシンラの顔には青筋が浮かんでおり、その口角は歪に上げられている。
「もう殴って良いんだよな?」
「え…ッ痛〜ウワッ!!」
目の前から姿が消えたシンラは、その一瞬の内に私の背後に回り、回し蹴りを繰り出した。身体が勝手に反応し、咄嗟に右腕で首をカバーするが、重い蹴りに耐え切れず壁に激突してしまう。
「カハッ!ッ〜!!」
空気の塊を吐き出し、酷く痛む腕を押さえる。元々骨折しているのだ。更に打撃を与えられ、右腕が上手く動かせない。
「さっきはよくも偉そうにしてくれたな。たっぷり礼をしてやるよ」
指をボキボキと鳴らして、私に近付いてくるシンラ。
竜の世話に入る前に、終わった後殴られるだろうと思っていたが、これは殴られるだけでは済まないかもしれない。
「待て、シンラ」
そこで割って入ってきたのはハルカだ。
「おい!ハルカ、邪魔だ!お前だけ先にストレス発散しておいて、俺達は無しとかふざけんな!!」
「お前は気絶するまでやるだろ。今日から真面目に戦闘訓練をすると父上に言ったんだ。始める前に使い物にならない状態では困る」
…。
あっさりと言われた事実に、腕の痛みも忘れてその場に固まる。
…昨日の命懸けの訓練は真面目じゃなかったんだ…。
掴んでいた右腕を摩る。この腕が痛む理由も包帯を全身に巻いている理由も、全て昨日の戦闘訓練のお陰だ。
昨日のことを簡単に無かったことにされ、言いようのない怒りが湧き起こってくる。
が、怒るだけ無駄だろう。
…というか、ストレス発散って何のことだろ…あ!
とそこで、ある事に気付き、首元の絆創膏に手を添える。
ハルカは部屋でのことをシンラ達に説明していない。ということは、本当に絆創膏を見ただけで、部屋で何が起こっていたか勘違いしてくれたらしい。
…ハルカの言う通りだ…。
「真面目に訓練って、今日は誰が面倒見るの?毎回全員で見るわけじゃないでしょ?」
苛々しているシンラを放って、アオイがハルカに話しかける。
「ああ。今回は俺だな。とりあえず」
「はぁあ?お前が他人に何か教えるなんてことできるわけねぇだろ」
「ハルカ君、教えるの下手だもんね」
「壊滅的にな」
「うるさいぞ!お前ら!」
口々に言われてハルカが肩を震わせる。
…あのハルカがいじられてる…。
滅多に見られることはないであろう光景に、開いた口が閉まらない。
…教えるの下手なんだ。
意外な情報だ。
「とにかく!朝食後は全員訓練場に集合!良いな!?」
「「「了解」」」