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竜の里の皇女と冷酷王子  作者: 井ノ上雪恵
6/20

竜と王子

「遅い」

「…すみません」

 ハルカに言われた通り、クローゼットの中に入っていた比較的動き易い服に着替えて、ニアと一緒に檻の前に行くと、開口一番文句を言われた。

 まあ確かに汗が気持ち悪くてシャワーを浴びたが…。

 …まだ五分も経ってないんだけど…。

 それよりも気になるのは、檻の前にいるのがハルカだけという点だ。

「あの、他の方達は?」

「さあな。そんなことより、お前のその足に付けているナイフは何だ?」

 腕組みをして壁に寄り掛かっているハルカは、私の左足を指差した。

 今の私は桃色のリボンが付いた白のブラウスに黒色のハイウエストショートパンツ、ウエスタン風ショートブーツという格好だ。そこに別段違和感はないだろうが、やはり目立っているのは、左足太腿に巻かれた包帯の上に付けたレッグホルスター。

 昨日は丈の長いワンピースを着ていて気付かれなかっただけで、基本竜徒族の皇女は必ずナイフを持っている。

「ああ、これは竜がもし暴走した時、すぐに鎮められる用のナイフです」

「?そんなナイフで竜を抑えられるのか?」

「はい。まあ、ナイフでというよりは、私の血で抑えるんですけど」

「血?」

 不思議そうに首を傾げるハルカのキョトンとした表情に、内心クスッと笑う。

 何というか、次期国王となるに相応しい程凛々しくクールな態度を取る割には、変なところ子供っぽい人だ。

「皇女の血には竜の気を落ち着ける効果があるので」

 そう言うと、ハルカは「ふぅん」と興味なさ気に横を向いた。

 …自分から聞いた癖に。

 まあ一々この人の対応に苛立っていてはこの先やっていけない。

 まだシンラ達は来ていないが、早速竜の世話を始めていこう。

「ではハルカ様。もうお世話を始めましょう。どうせまずは竜選びからですし」

 そう言って、元々渡されていた檻の鍵を開けると、私は中に入った。

「どのが良いですか?」

「別に。強ければ何でも良い」

 私が聞けば、素っ気なく返されてしまう。

「それより、お前が言っていた注意点というのは?」

「ああ…ここにいる竜達は皆私の友達なので、この達の前で、絶対に私に手出ししないでください」

「ァア!?」

 私が告げると、ハルカは眉根を寄せて脅すような声を上げる。

 そんな声に屈せず、私は更に続けた。

「私に手を出せば、竜は二度と心を開いてくれなくなるからです。後、竜達は人の感情に敏感なので、竜と一緒にいる時殺気を出すのも禁止です」

「…チッ!」

 納得していないように見えるが、結局ハルカはそれ以上何も言ってこなかった。

 …時々ガラ悪いよな、この人。

 声に出せば確実に怒られるであろうことを考えながら、そんな私の頭の中など知らないハルカは忌々しそうに檻の中に入ってくる。

 すると、竜達の様子が急変した。

 私に心配するような視線を向けてくれていた竜達は、目を吊り上げ、唸り声を出しながらハルカを睨んでいる。

 紛れもないこれは敵意だ。

 当のハルカは敵意に気付いていないのか、どこ吹く風。涼し気な表情で、檻の中央に立っている。

 …これは誰でもいいなんて余裕のあること言えないなぁ。

「おい、さっさと選べ」

「…」

 …人の気も知らないで。

 小さく溜め息を吐くと、こうなれば仕方がないと腹を括った。

「じゃあ手を貸してください」

「ん」

 珍しく素直に右手を差し出すハルカに少しだけ感動を覚えながら、私はハルカの右腕を掴んで引っ張り、一匹の竜の頭に近づけた。

 途端に、竜はを剥き出しにし、これ以上近づくなという威嚇をしてくる。

 私は無理に近づけようとせず、次の竜へと同じように手を持っていくが結果は同じ。構わず、次へ次へと手を持っていった。

「…何をしているんだ、お前は」

 ずっと自分の腕を勝手に動かされてそろそろ苛立ってきたのだろう。かなりトーンの低い声で言われた。

「いや、竜達が貴方のことをすごく怒っているので、少しでも敵意が少ないを探しているんです」

「?何故怒る?」

「…え…」

 当たり前のように尋ねられた言葉に、私は口を開けたまま固まってしまう。

 …本気で言ってるの?

「…え、いや…え?何故って、貴方達が竜の里を滅したからですよ?」

「?それで竜が怒るのか?」

「…」

 全くわからないといった表情で顔を顰めるハルカに、今度こそ絶句する。

 何故そんなこともわからないのだろう。

 人なら誰しもわかることではないのか。

 頭の中に疑問符が散乱するが、ただ言えることは、ハルカが本気で竜達が怒っている理由を理解していないということだ。

「…故郷を滅ぼされたら普通怒りませんか?」

「竜の考えていることなんてわからん」

 …『竜の』…竜と人間を全く別の存在として見てるんだ…。

 当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。確かに竜と人間は別の生き物だ。

 …そっか。何も知らないんだ、竜のこと。だったら…。

 私は口元に笑みを浮かべ、ハルカの腕から手を握り直す。

「一緒ですよ。人も竜も。故郷を滅ぼされたら怒るし、何か褒められたら喜びます。人間と同じ感情をあの達はちゃんと持ってます」

「…」

 気難しい顔で私の手を振り解くと、ハルカは「いいからさっさとしろ」と投げやりに言った。

 それに頷き、もう一度ハルカの腕を引っ張る。

 …と言っても、皆この人のこと敵としか見てないしなぁ。

 竜は自分が認めた相手にしか触らせない。認めてくれるかどうかは運任せなのだが、竜の里を滅したハルカのことは初めから敵として認識しているようだ。正に取りつく島もないとはこのこと。

 …無理もないか…ん?

 ほとんどの竜を試し、残るは最後の一匹というところで、その竜が他の竜と態度が違うことに気付いた。

 …この…。

 その竜はニアと同じ恐竜種で、白銀の身体と翼、そしてエメラルドグリーンの瞳をした竜だった。

 ハルカの手を目の前に持ってきても威嚇しないどころか、顔を擦り寄せている。

 私はホッと胸を撫で下ろし、ハルカの目を見る。

「こので良いですか?」

「別に良い…お前が連れている竜に似ているな」

 口を開けながら、ハルカは檻の前で座って待っているニアに視線を向けた。

「まあ、はい。このの名前はニコ。ニアの双子のお兄ちゃんなので」

 私が紹介すると、興味なさ気に「ふぅん」とだけ漏らした。

「…名前なんてあるんだな」

「はい?」

 小さく呟かれた言葉に思わず、ハルカの方へと振り向く。

「えっと…」

「!おい!やめろ!」

「!?」

 むしろ何故ないと思っていたのか気になって声を掛けようとすると、ハルカが突然怒ったような声を出した。何だと思ってハルカの目線の先を辿ると、ニコがハルカの掌を舐めていた。

 余程ハルカのことが気に入ったみたいだ。

 慌てて手を引っ込めたハルカは、ワナワナと肩を震わせる。

 …あ、まずい。

「こ、此処で暴力は…!」

「いい度胸だ!よっぽどこの俺に殺されてぇみたいだな!?テメェは!」

 …え…?

 焦ってハルカの振り上げられた拳を抑えようとするが、ハルカの急変した口調に目が点になる。

「…?おい。何固まってんだ、テメェ…は…」

「…」

 時が止まったかのように固まった私とハルカ。その時間は永遠のようにも感じられた。

 先に動いたのはハルカだ。

「うわぁあ!!」

 私の腕を思いきり引っ張ると、そのまま急いで檻を出る。

「あ!テメッ、ハルカ!こんな時間に父上からの命令って一体…!?」

「うわぁああ!!ち、ちょっ!危なっ!止まってええええ!!」

 ようやく起きてきたらしいシンラは大層不機嫌にハルカに話しかけるが、ハルカは何の反応も返さずにシンラの横を凄まじいスピードで通り過ぎた。腕を掴まれている私は、竜並の速さで走られているお陰で地面に足が着かないままだ。

 シンラの後ろにいた、寝惚け眼のラサキやアオイと一瞬目が合うが、目が見開かれただけで誰も助けてくれない。

 …こ、これ…何処に連れてかれるのおおお!!!


 とある部屋まで最高速度で辿り着くと、無理矢理中に入れられ、鍵までしっかりとかけられた。

 部屋を見てわかったが、此処はハルカの自室だ。

 ベッドの上に放り投げられた私は、未だ無言のままでいるハルカを恐る恐る見つめる。

 ハルカはズンズンとベッドまで近寄って来ると、そのまま私の上に乗り、片手で私の両手を拘束した。

 ベッドの軋む音がより恐怖心を煽る。

「あ、あの…?」

「…うな…」

「え?」

「さっき見たことは誰にも言うな!」

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