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竜の里の皇女と冷酷王子  作者: 井ノ上雪恵
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めんどくさい人

「キュー!」

「!しぃー。あんまり大声出すと、誰かに見つかる!もし見つかったら…」

 あれから十五分程ニアの背に乗り空中飛行を楽しんだ後、城にある、庭の一つに着地した。色々な花が咲き誇っている中、ニアは満足気にその上に寝転がる。

 リラックスしているところに水を差したくないが、此処が何処の庭かわからない以上、下手に物音を立てるのは危険だ。

 そう思って、口元に人差し指を当てるが、ニアは大して気に留めていない。

「『もし見つかったら』…何だ?」

「!!」

 背後から声がして、慌てて振り返る。

 そこには、白いシャツに黒のズボンというシンプルな出立いでたちをしたハルカが立っていた。

 もう服を着替えているところを見ると、既に起きていたようだ。そもそも寝ていないのかもしれないが。

 …此処、ハルカ様の部屋の庭だったんだ。

 ハルカが寄り掛かって立っている窓からは、部屋の中がぼんやり見える。私のベッドより一回りも大きなベッドに、上品な刺繍の施されたカーテン、ソファとそこに置かれているクッション。全てが緑で統一されていることからも、確実にハルカの部屋だろう。

「お前はこんな朝早くから、此処で何してる?」

 庭に降りてきたハルカは明らかに私を疑っていた。

「檻に入れていた筈の竜まで出して…脱走か?」

 そう言いながら、ハルカは「ハッ」と鼻で笑った。

 その笑みにこちらもイラッとくる。

 まるで私が逃げ出そうとしていたみたいな言い方だ。

「…別に、逃げ出そうとしていた訳じゃありません。檻は、この子が勝手に鎖を壊して抜け出しただけです。あんな所にずっと閉じ込めていたら、竜達のストレスが溜まるので、空を飛んでいたんです」

 信じてくれるかはわからないが、ありのままに話した。

 ハルカは無表情に、私を見つめる。嘘を吐いている訳でもないのに、その視線は居心地が悪い。

「…まあ良い。信じてやる。どうせ逃げたところで、行く宛もないからな」

 そう言って笑うと、ハルカは部屋の中へ戻り、こちらに振り返った。

「ちょうどいい。お前に話すことがあった。父上の命令で、俺達も竜を操れるようになれとのことだ。というわけで、竜の世話の仕方を教えろ」

 凛とした命令口調は正しく王子様だ。世の人達が聞けば、その声に自然と膝をつく人も居るのだろう。

 だが残念なことに、私は苛つきすら覚えど、その声に魅力を感じることはなかった。

 しかし、だからといって命令を断るつもりもない。

 それとこれとは別だ。

 昨日散々痛ぶってくれた分、しっかりと仕返しさせて貰おう。

「わかりました。…ただ、竜のお世話はとても難しいですし、まず竜はとても繊細な生き物なので、()()()を必ず守ってください」

「ハァア?」

 顔を顰めて、露骨に苛つきを見せるハルカ。

 このまま殴ってくるかと、一応身構えた…が、とりあえず殴りかかってくることはなかった。

「おい!俺に命令するな!」

 …自分はした癖に。

「…これは命令じゃなくて()()()です!」

 心の中で溜め息を吐きながら、しっかりと強い口調で言う。私の態度にハルカは小さく舌打ちをすると「うるさい、わかった」とだけ言った。

 どれだけ苛つこうとも、お義父様の命令は絶対らしい。

 つまりは、竜のお世話をしている間は、私が何をしようと向こうは何も手が出せないという状況な訳だ。そんな状況に多少なりとも気分が上がるから、私も人として最低だなと思う。

「あの…御兄弟全員でするんですよね?竜のお世話」

「ああ。父上からの命令だからな」

 念のため確認し終えると、私は「良し」と口角を上げた。

「じゃあ、今から朝のお世話をするので、皆さんを起こしてください」

 現在時刻午前六時十六分。

 私の故郷では当たり前の時間だが、普通の王族が起きるには早過ぎる時間帯であることは百も承知。

 その証拠に、ハルカは「は?」と言いたげに口を開いたまま固まっている。

 半分は仕返しも入っているが、これはあくまでお世話の一環だ。この時間に起きることができなければ、到底竜の世話などできはしない。

「…理由は?」

 我に帰ったらしいハルカが睨みを効かせながら、私に問いかける。

 そんなもの、今の私には怖くも何ともない。

「竜は先程も言ったように繊細な生き物なので、生活リズムが狂うとストレスを感じてしまうんです。だから、朝昼夕方、毎日決まった時間に世話する必要があるんです。竜の里では、朝ご飯が六時半だったので、それまでに身体を洗ってあげなくちゃいけません」

「だから今すぐあいつらを起こせと」

「はい」

 私が頷くと、ハルカは溜め息を吐いた。

 そして、腕時計の側面に付いてある突起物を押す。

「はい!お呼びでしょうか、ハルカ様」

「今すぐにシンラ達を起こして、竜の檻の前に集合させろ。これは父上からの命令だ」

「はっ!かしこまりました」

 突然部屋に入ってきた使用人に淡々と命令すると、ハルカは私に視線を向ける。

「おい。世話に必要なものを持って来させる。こいつに伝えろ」

「は、はい!」

 慌てて返事をすると、私もハルカの部屋に入った。

「えっと、硬めのタオルと柔らかめのタオルを二十枚ずつお願いします。後、大きなバケツを二十個。全部水を入れておいてください。最後に魚肉を二キロ程バケツに入れて、それを二十個用意してください」

「かしこまりました。以上で宜しいでしょうか?」

「はい。お願いします」

 頭を下げると、使用人の方も頭を下げ、部屋から出て行った。

 私と使用人の会話を黙って聞いていたハルカは、面倒臭そうに頭を掻きながらソファに腰掛けると、私に目線だけ向けて口を開いた。

「さっさと着替えて来い。捕虜の分際で俺を待たすな」

「は、はい!」

 返事をすると、急いで庭に出てニアの背に跨がる。

 草笛を取り出して、一音だけ響かせると、ニアの翼が大きく羽ばたいた。

 空の青に白銀の翼が舞う。

 空中から先程まで居たハルカの部屋を見送った私は心の中で呟いた。


 …めんどくさい人だなぁ…。

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