悪夢
目を覚ますと、そこには知らない天井があった。
「キュー!」
「!…ニア」
何故か私の顔のすぐ横にあるニアの顔に、私は気が緩む。
とりあえず状況がわからないので、私は上半身だけ身体を起こした。
「!っ痛〜!!」
途端に走る激痛。身体中が痛みで悲鳴を上げている。
よく見ると、腕にも脚にも、そして頭にも包帯が巻かれていた。
涙目になりながら周りを見回すと、此処が自分の部屋であることに気が付く。
…ああ、そういえば戦闘訓練が終わった後倒れたんだ。
今何時だろうと壁時計を見ると、時刻は一時。辺りが暗いことから深夜であることがわかる。どうやら、八時間近く眠っていたらしい。
それにしても、どうしてニアがこの部屋にいるのだろう。
ニアを含め、竜の里から連れ出した竜達は皆、檻の中に鎖を繋げて入れられた筈だ。
「!ニア、まさか…鎖壊して、勝手に出て来たの!?」
「キュー!」
笑顔で肯定される。
流石は恐竜種の爪。鉄の鎖なんて、ニアにかかれば一発だ。
「そっか。ごめんね、今日の夕ご飯あげられなくて。明日の朝、一杯あげるから。今日は一緒に寝よ。おいで、ニア」
私が包帯でグルグル巻きにされた両腕を広げると、ニアはベッドの中に潜り込んでくる。
「おやすみ、ニア」
…あれ?
目を開けると、一面の草原と青空が視界に飛び込んできた。
…『キュー!』
…ニア?あれ?でも、ここは…。
どう見ても此処は、滅んだ筈の竜の里だった。
…何で竜の里が…夢?それとも、今までが夢、だったの?
有り得ない光景に、ニアが心配気に見つめているのを気にせず、周りを見回す。
…『いいえ、夢じゃありませんよ』
…エリシア!
突然声がして振り返ると、そこにはエリシアが笑顔で立っていた。
いつのまにか、側に居た筈のニアは消えている。
…『貴女の所為です。皇女様。貴女の所為で、皆死んだ』
…!
すると、今までにこやかだったエリシアの顔が、急に血塗れになった。
…『役に立たず』
…っ!
嫌だ。
…『出来損ない』
やめて。
…『必要のない子』
…!ごめん、なさい…ごめんなさい!お母様!ごめんなさい!
目を固く瞑って、耳を必死に押さえて、身体を縮こませて謝る。
ごめんなさい、お母様。
出来損ないで、役立たずで、必要のない子で…
…ごめんなさい。
「…はっ!」
「!キュ!?」
思いきり飛び起きると、ニアがビックリしたように飛び跳ねた。
「ハア!ハア!ハア!…」
無理に身体を起こした所為で、身体中がズキズキと痛むが、それ以上に最悪の目覚めに得も言えぬ恐怖を感じる。
視線を身体に向けると、汗で寝巻きが濡れていた。
「キュー?」
「!ニア」
ペロッと頬を舐められ、少しだけ正気に戻る。
そうだ。アレはあくまで夢だ。
私は小さく息を吐くと、ニアに笑みを向ける。
「大丈夫だよ。心配かけてごめんね。おはよう、ニア」
「キュー!」
ニアは挨拶を返すと、直ぐにベッドから飛び降りた。その様子を見ながら、私は壁時計を確認する。
時計の針は六時を指していた。
大きなカーテンで閉められているバルコニーの窓からは朝日が漏れており、里を離れて一日経ったのだと改めて知った。
「キュー!」
「?」
全身の痛みに耐えながらベッドから起き上がると、ニアがバルコニーのカーテンを引っ張り、窓を叩く。
空を飛びたいのだろう。
ずっとこんなレンガの箱に押し付けられては窒息してしまう。
「んー、見つかったら怒られるよね…多分。まあ、こんな時間帯だし、大丈夫か、な?」
半ば無理矢理納得すると、私はバルコニーの窓を開けた。
「うわぁ!すごい眺め!!」
目の前に広がっているのは、地平線から顔を出している太陽と透き通るような青空。
山に囲まれた竜の里は日照時間が短く、こんな景色は滅多に見えない。
前を見れば空、下を見れば木々や花々が踊っている庭。なんとも朝から贅沢な光景に、すっかり悪夢のことは忘れてしまった。
「キュー!」
「うん!行こっか!」
ニアに返事すると、私はニアの背に跨がった。