謎の部屋
「……」
意気揚々とハルカの部屋を出発したのは良いものの、一つの部屋の前で私は立ち尽くす。
廊下はここで行き止まりとなっているわけだが、残念なことにこの部屋は薬室ではなかった。それどころか、周りに部屋に繋がる扉は一つもなく、あるのは下へと続く長い階段だけだ。
「…どうしよう…道に迷った…」
ニアと私しかいないしんみりとした廊下で一人ぼやいてみても、それを助けてくれる人は当然誰も現れない。
とにかく前は行き止まりなのだから、引き返すか階段を降りるかしか選択肢はないだろう。
…うーん…でもおかしいな…ちゃんと言われた通りに進んだ筈なんだけど…。
首を傾げるが、何処で何を間違ったのかなんてわかる筈もない。そもそも、私はまだこの城内の全ての道を把握どころか行ったことさえないのだ。案内だってまともに受けていないのだから、迷うのも仕方ないことだろう。
まあだからといって、状況が変わるわけではないが…。
「うーん…とりあえず、念の為に階段降りてみよっか。もしかしたら、階段の下に薬室あるかもしれないし。行こう、ニア」
「キュー!」
ニアに声をかけると、まずは私が階段へと足を踏み出す。しっかりと耐久があることを確かめてから、ニアに「付いてきて」と合図を送った。
階段が丈夫であるかどうかの確認は、竜にとってはとても大事なことだ。
竜はどの種族の個体もとても重いので、老朽した階段だと、竜が足を乗せた瞬間崩れる可能性がある。
ニアは飛べる種なので、階段が崩れて一緒に落ちることはないだろうが、少なくともウィスタルの城の一部を破壊するのは後が怖い。
「…それにしても真っ暗だなぁ」
壁を伝って慎重に一段一段下りながら、私は呟いた。
今は朝の筈だが、窓もなく日光が遮断された階段は、真夜中の洞窟なみに暗い。正直階段も何も見えていないので、足を踏み外せば一巻の終わりだ。
「ニア、足元気をつけ……あ」
言ってる側から、足を踏み外した。
上半身が前方へと傾き、何かを掴もうとバタバタ動かしている手が空を切る。
…やばい、落ちる!
そう認識した途端、次の瞬間に来るであろう痛みに反射的に目を瞑った。
「っ〜!……?あれ?」
いくら待っても来ない痛みにそっと目を開ける。だが周りが真っ暗なお陰で、視覚からは何が起こっているのか読み取れない。
ただ、後ろから服を引っ張られている感覚が全てを物語っていた。
…まさか…。
「…ニア?」
「ンー!!」
ニアから返事が返ってくる。どうやらニアが私の服を引っ張って、落ちないように支えてくれているらしい。
「ニア、このまま一番下まで降りてくれる?」
こうなったら何処に段があるかもわからない階段に降ろしてもらうよりも、飛んで降りた方が安全だ。ニアも私の考えがわかったらしく、ゆっくりと下降を始めた。
「…よっと!ありがとう!ニア」
「キュー!!」
ようやく廊下へと降り立ち、ニアに礼を告げる。
それにしても、予想していたことだが、やはりここも真っ暗だ。それでも段々と暗闇に目が慣れてきたのか、ぼんやりと周りの様子が見えてくる。
そこは一本道の廊下となっており、数メートル先に一つだけ扉があった。
恐る恐る道を進み、扉をそぉっと開ける。
中の部屋には、一つの寝台とその隣に一つのチェストだけがあった。しばらく人が通った気配はない。
「何だろう?この部屋」
一つ言えるのは、確実に薬室ではないということだ。
…うーん…ふりだしに戻った。薬室じゃないみたいだし戻らないと…。
さあどうやって薬室を探そうかと、悩みながら部屋に背を向けたところで、私はひやりとした気配を感じ取った。
「?」
『まあ、迷子になってしまったのね』
「はい、ちょっと薬室を探してて……え」
突然語りかけてきた声に、バッと後ろに振り返る。
そして、後ろにいたモノにピシリと固まった。
「……」
『まあ!あなた私が見えるのね!』
少しだけ白く光っているその女性は、鮮やかな緑色の髪を右手で押さえて、ニコリと微笑んだ。
そう、宙に浮いて…。
「うわあああああああああ!!!!」
リフィネスト・シエル。十五歳。生まれて初めて幽霊に会いました。