アオイの提案
「逃が…す?」
「そう。逃がす!」
アオイの真剣な新緑の瞳が私を貫く。冗談で言っているわけではなかった。
「竜達と一緒にこの艦から逃げな?心配しなくていいよ。ハルカ君達が追いかけないように僕が何とかするから」
「…」
どう答えていいかわからず、私はただ俯いた。
…『逃げる』…。
ウィスタル国にいても、私に良いことは何もない。
今は、竜達が兵器として使われないように戦闘訓練を受けているが、本当は、できることならそんなことしたくない。
この国にいて、いつ殺されるかも判ったものじゃない。
…でも…私が逃げたら、この人はどうなるの?
アオイのやろうとしていることは、間違いなくハルカ達への裏切り行為だ。
もし、私を逃したことがハルカ達にバレたら、アオイは一体どうなるのだろう。最悪、殺されるかもしれないのだ。
しかし、だからといって、ウィスタル国に残ることを決めた場合、むしろ余計にアオイに迷惑をかけてしまう可能性だってある。どちらかと言うと、後者の方が確率は高い。
どうすることが正解なのかわからず、私は頭をグルグルと混乱させた。
それを知ってか知らずか、アオイは眉根を下げて、私に微笑みかける。
…あ、ハルカとそっくり…。
「いきなり言われても困るよね?今日、君、色々と身体に疲れが溜まってると思うし…明日の朝、午前の戦闘訓練が終わった後、君と竜達を逃がすから。それまでに逃げる覚悟を決めておいて」
「あ、でも…」
私がくだらないことを考えている間に、どんどん話が進んでいく。
本当にこのままでは、アオイを置いて逃げることになってしまう。
「…あ、アオイ様は!大丈夫なんですか!?そんなことして!もしバレたら…」
私の言葉に、アオイは一瞬キョトンとした表情を見せると、すぐに笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。今は自分の心配だけした方が良いんじゃない?バレても平気。その分、僕が頑張れば良いだけだから」
握り拳を作って、ニカッと白い歯を見せてくれるアオイ。
「…」
「じゃあ、おやすみ。明日、檻の前に迎えに行くから」
「!おやすみ、なさい…」
伝えることは伝えたと、アオイは部屋から出て行った。扉の閉まる音が小さく響き、また静かな夜が戻ってくる。
結局、大したことは何も言えなかった。
まあ、自分の本心もきちんと把握できていないのだから、何も言えなくて当然だが。
「…私はどうしたいんだろ…」
答えの返ってこない呟きは、夜の空へと溶けて消えてしまった。
「…はぁ…」
上半身を起こして、ベッドの上で朝日を浴びながら、大きな溜息を溢す。
今日も今日とて気持ちの良い朝がやって来たが、正直身体の疲れが取れていないのでかなり怠い。
その上、昨日聞かされた話は、完全に私の頭には難し過ぎるものだった。
頭も身体も状況に付いて来れていない。
…それでも納得するしかないんだもんなぁ…。
実際にハルカ達が常人離れしていることは確認済み。
身体の疲れは、昨日の人体実験が原因だろう。
「ま、いっか!それよりも…」
勝手に自己完結させた私は、首だけを右に向ける。
「キュ?」
キョトンと首を傾げているのは、私のただ一人の、いやただ一体の親友、ニアだ。
…可笑しいな。昨日、部屋に居なかった筈なんだけどな…。
…。
「…ニア、また勝手に抜け出して来たね?」
「キュー!」
…いや、そんな元気に肯定されても…。
昨日檻に戻した時、ハルカがわざわざもう一度鎖を繋いでいた筈だが、また壊してしまったようだ。
…これはまた怒られるな…。
怒られついでに、鎖で繋ぐこと自体廃止してくれないかなと思う。
「キュー!キュー!」
「うわっ!ッテテ!」
頭の中で悶々としていると、ニアが私の寝間着を口で引っ張ってきた。堪らずバランスを崩してベッドから転がり落ちる。
ぶつけた頭を片手でさすりながら起き上がると、私は「もう、何?」とニアを見つめた。
ニアはキラキラと目を輝かせてバルコニーをしっぽで指す。
どうやら外を飛びたいらしい。
ちらりと時計に視線を遣る。
現在時刻午前4時45分。
竜のお世話までかなり時間があるので、まあ大丈夫だろう。我ながら無駄に早起きしたものだ。
「わかったわかった。ちょっと待ってね、今着替えるから」
「キュー!」