ウィスタル国の秘密
「…アオイ様達のことについて?」
私が聞き返すと、アオイは静かに「そう」と頷いた。
「君は僕達のこと、どこまで知ってる?」
そう言って私を見つめるアオイの視線は何となく居心地が悪い。
どこまでと言われても、生憎竜の里は他国と交友関係がない。皇女といえど、外国の情報なんて一握り程度しか知らなかった。
「どこまでって言われても、国土を持たない『科学の国』の王子としか…」
「僕らの噂、聞いたことないの?」
「噂…あ!人体改造とか複製人間とか!」
思い当たるのはそれくらいだ。しかし、噂はあくまで噂。
根も葉もない噂を一つや二つ知っていたところで、ウィスタル国やアオイ達のことを知っているとはならないだろう。
にも関わらず、アオイは「そう、それ」と私に人差し指を向けると、言葉を続けた。
「国民は皆複製人間で、僕達王族は人体を改造されているって噂。君はどう思う?噂を信じてる?」
信じているかと聞かれれば答えは否だ。少なくとも国民が全員複製人間であるだなんて、とてもじゃないが信じられない。
技術があることは知っているが、だからといってそれを使うかどうかはまた別問題だ。
「…信じては、いません」
歯切れの悪い言い方で答えると、アオイは少し意外そうに「へぇ」と漏らした。
「実際にハルカ君やシンラ君と手合わせして?君の中の普通の人間の基準、ちょっとおかしくない?」
人をバカにしたような口調に私はムッとする。
確かにハルカ達の強さは異常だと思うが、それがイコール人体改造に繋がっていると考えるのは安直だろう。別に人体改造をしていなくても、常人ならざる力を持った人間はいくらでもいる。
「確かにハルカ様達はちょっとおかしいくらい強いけど、それとこれとは…」
「本当だよ」
「え?」
私の言葉を遮ってアオイが口を開く。
「その噂、本当の話なんだよ」
アオイの言葉が重く心に響く。真剣なアオイの眼差しに、目を逸らすことが出来ない。
…本当の話…それってつまり…。
「僕らは改造人間なんだよ。ハルカ君達は生まれる前から。僕は生まれてすぐに改造された。国民は…まあ、複製人間というよりは、人造人間の方が近いかな?オリジナルはいるけど、かなり改造しちゃってるから、身体も機械染みてるし」
「な、何のために!そんなこと…」
「勝つため」
「!」
「戦争に勝つためだよ」
何の躊躇いもなくアオイは答えた。その答えに、私は何も言えずに俯く。
…戦争に勝つためだけに身体を改造?人間を『造る』?
正気の沙汰ではない。
「僕達の身体は特殊な皮膚で覆われている。銃どころか大砲さえ、僕らの身体に傷一つ負わせることは出来ない。君はハルカ君相手にナイフを使うことを酷く躊躇ったみたいだけど、別に思いきり刺そうとしたって、刺さるどころかナイフの方が折れてたと思うよ?」
そう言って、アオイは自嘲するかのように笑った。
一応あの時、もしナイフが当たったとしても致命傷にならないように急所は避けていた。しかし、本当に当たっていたとしても何の問題もなかったようだ。
「炎や雷なんかも効かないしね。竜の里でも、竜達の炎、全く効かなかったでしょ?」
そう言われて、里でのことを思い出す。確かにハルカ達は何度か竜の炎の中に突っ込んでいたが、着ている服も髪の毛も、何一つとして燃えるどころか焦げ跡一つ残らなかった。
今思えば、あの時ハルカ達が普通でないことに気付いても良かったはずだ。
…というか、何で気付かなかったんだろう。
我ながら、自分で自分に呆れる。まあ、気付けたとして何が変わる訳でもないが。
「僕らは既に人としての身体を捨てている。ハルカ君達に至っては『心』もね」
「!こ、ころ…?」
思わず聞き返すと、アオイは少しだけ目を伏せた。
「そう。ハルカ君達は自分も含めて人を思いやり、人を愛する『心』がない。生まれ付き、喜怒哀楽の『哀』が欠けてるんだよ」
「え…」
言葉が出てこなかった。
心がないとはどういうことなのか。どうしてそうなったのか。本当に心がないのか。聞きたいことはいくらでも出てくるのに、何一つとして声にならない。
「…それって…」
唯一出た言葉がこれだ。
どうやら自分で思っているよりも、信じられない事実に戸惑っているらしい。
当たり前だ。人間は『心』があってこその人間なのだから。それはどんな生き物も同じだ。
『心』がないということは、生き物ではなく、ただのロボットだということになる。
「ハルカ君達は生まれる前、遺伝子を弄られて身体を改造されるのと同時に戦闘に必要のない『情』を全部奪われたんだよ」
「そんな…!」
戦争のためだけにそこまでするのか。
お義父様は一体、ハルカ達のことを何だと思っているのだろう。
「まあ、僕だけは奪われずに済んだけどね」
「え!何で!?」
食い気味に尋ねると、アオイは口元に弧を描いた。自然過ぎるその笑みは、逆に違和感を感じ、何処となく無理をしているように見える。
「生まれる前の改造手術って、どうやってすると思う?」
「え…」
「母体に手を加えるんだよ。お腹の中にいるハルカ君達を改造することは、子を宿している母上に大きな負担を与えることになった」
そこで一旦区切ると、アオイは「当然だよね」と鼻で笑った。
「だから僕ができたとき、これ以上手術をすれば母上の身体が保たないってことで、僕は生まれた後に改造されたんだよ。生まれてから感情操作することは難しいから、僕には『心』が残ってるわけ」
「…」
淡々と告げられた真実は「はい、そうですか」と簡単に頷けるものではなかった。
ただでさえ、無関係の人達を「戦争だから」「任務だから」という理由で殺していること自体、私にとっては信じられないのに、その上ハルカ達は『心』がないだなんて。しかも、それだけならまだ、当たり前のように人を殺せるハルカ達の正気も理解出来るが、アオイは『心』がありながら人を殺している。
「…悲しくないんですか?人を殺して、国を滅ぼして…苦しくないんですか?」
思ったよりも泣き出しそうな情けない声が出てしまった。
それでも、これだけは聞いておきたかった。
アオイが何を思って、何を感じて今の状況を生きているのか知らないが、けれども悲しいと思える『情』があるなら、この国の状態を憂いでほしい。
人を傷つけ殺すことを、当然だなんて思ってほしくない。
「…苦しいよ」
「!」
「苦しいに決まってる。本当は僕だって、誰も殺したくないし闘いたくだってない。でも、逃げるわけにはいかないから…この国で、生きるしかないから」
悲痛な声色と泣き出しそうな表情に胸が締め付けられる。
私だったら、きっと耐えられなかっただろう。
何年も一人で壊れそうになる心に蓋をして、人を殺して、自分を傷つけて…にも関わらず必死で笑顔を見せている。今も、泣きそうな顔をしながら、それでも笑顔を浮かべていた。
強い人だと思った。
強くて優しい人だ。
涙が溢れてきそうになって、慌てて目に力を入れる。アオイが泣いていないのに、私が泣いてはダメだ。
「…ごめんね」
「え?」
アオイは突然心苦しそうに謝った。
「里のことと竜達のこと。それから、君自身にしてしまったこと。謝って済む話じゃないし、許してもらいたいだなんて思ってもない」
「そ、それは!アオイ様がやりたくてやったことじゃ!」
里を攻撃してきたのはアオイも含めた王子達だが、命令をしたのはお義父様だ。竜達は怒ってはいるが、今のところストレスを感じていないようだし、人殺しの道具には私がさせない。私自身にされたことは色々あるが、全てハルカとシンラがやったことで、アオイがしたことではなかった。
アオイが謝る必要なんて何処にもない。
けれど、アオイは首を横に振った。
「ううん。フィリベンジャ家の一人として、僕は君に償わなくちゃいけない」
「つ、償うって…」
「僕が責任を持って、君をこの国から逃してあげる!」
読んで頂きありがとうございました!!
そして、
更新が遅れてしまい、
誠に申し訳ございませんでした!!!!!
亀更新ですが、どうか楽しんで頂けると幸いです。これからもよろしくお願いします!!




