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竜の里の皇女と冷酷王子  作者: 井ノ上雪恵
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人体実験

 寝台に縫い付けられた身体は、せっかく巻いていた包帯を全て外しており、痛々しい傷が見えている。今日できたばかりの膝の痣も既に青紫色に腫れ上がっていた。

 仰向けに寝ている為、自分の身体の様子はわからないが、動こうとする度手首や足首を制する枷が地味に当たって痛い。そのお陰か、視界に入る心踊るような見たことない器具や材料も、今は不安を掻き立てる要素にしかならなかった。

 遡ること三十分前。


 シンラとの訓練が終わり、かなり警戒心を緩めていた時だ。ハルカが私の側までやって来ると、突然真っ青に腫れた痣を、指で強く押してきた。

「いっ!!な、何するんですか!?」

「痛いのか?」

「当たり前ですよ!?」

 真顔で尋ねるところを見ると、どうやら真剣らしい。

 いやいやいや、はたから見ても痛々しい程なのに、何故痛くないと思えるのか。こちらが疑問に思うくらいだ。

 だが、そんな私の心の内など到底知り得ないハルカは、曲げていた膝を伸ばすとニヤッと笑った。その微笑みに背筋が凍る。

 ここまで悪意を感じる笑みは初めてだ。

「あ、あの…」

「おい。今からお前、俺の実験に付き合え」

「…はい?」

 突拍子もない発言に私は首を傾げるが、そんな私とは対照的に、何か知っていることでもあるのか、シンラ達は思いきり顔を顰める。

 一体何なのだろう。

「おいハルカ。使()()()()()()()()()()のも禁止のはずだろ?何考えてんだ」

 何気なく言われたシンラのセリフに、思わず思考回路が一時停止する。

 …え?…え、まさか、実験って…。

「ハルカ君さぁ、()()()()もほどほどにって、父上から言われてるでしょ?」

 人体実験。書物でしか見たことない現実に、一周回って本当にそんなものがあるのかと素直に受け入れた。

 人体実験と言えば、生きたまま切断されたり、怪しい薬を入れられたりするというのが本の中での一般だ。

 実際の人体実験がどのようなものかは知らないが、ハルカなら普通にやりかねないだろう。

 …ていうか、あれ?やりかねないってことは…それを今から私が…。


 はぁあああああ!!!!?


 心の中で絶叫する。いや、本当は声に出して叫びたい。

 急な命の危険と信じられない状況に、頭の中が真っ白になる。そんな私を放ったらかして、ハルカは苛ついたように口を開いた。

「…別に人体実験するなんて一言も言ってないだろ」

「「「それくらい直ぐにわかるんだよ!」」」

 三人の声が重なる。あのラサキでさえ口を出してきた。

 なんと美しき兄弟愛かな。

 出来ればその愛は、もっと違う状況で感じたかった。

「…()()()危ない実験じゃない…多分…」

「「「絶対嘘だろ(でしょ)」」」


 というやりとりの後、額に青筋を立てたハルカに低い声で「付いて来い」と言われて連れてこられたのが、この実験室というわけだ。

 その実験室はハルカの部屋のすぐ隣にある幅の狭い階段を降りきったところにあり、なんとハルカ専用らしい。この艦にはお義父様と科学者達が日々研究、実験を行っている『ラボ』と、王子達それぞれに一室ずつ与えられた実験室があるらしく、基本的に実験室には持ち主以外入室禁止だそうだ。つまりは、ハルカの実験室に入れるのはハルカのみで、許可がなければシンラ達だけでなく、お義父様さえ入ってはいけないということだ。

 そんな特別な部屋に入れた理由が『モルモットになる』為だなんて、我ながら泣けてくる。

 それでも、この部屋に入ってすぐ目に入る様々なチューブの取り付けられた器具や、壁に設置された棚にぎっしりと並べられた瓶などを見ていると、心がワクワクしてくる。当然、竜の里にはなかったものだ。

 部屋の奥にある大きな布を掛けられた巨大な物体も、その物体の前に置かれてあるよく分からない機械も、全部が全部興味をそそられる。

 これから実験を受けることを完全に忘れて目をキラキラさせていると、あからさまにハルカから「大丈夫か?こいつ」とでも言いたげな眼差しで見つめられた。

「…何で嬉しそうなんだ?」

「そ、それは、こんな機械とか初めて見たんで、好奇心がそそられるというか…」

 私が答えると、大して興味がないのか「ふーん」と返事をしたハルカは、様々な図や文字、数式の書かれた紙が散乱している机へと向かった。机の上にある紙を一枚取ると、しばらく見つめて棚の瓶に手をつける。

「お前の怪我の位置は?」

 こちらに振り向くことなく尋ねてきたハルカは、手元で瓶の中に入っている液体同士を混ぜては振り混ぜては振りと繰り返していた。

 何をしているのか気になるが、とりあえずは質問に答えようと口を開く。

「えっと…側頭部と両腕、両足、右手、右膝くらいです。後は小さな傷が身体中…」

「脆いな、()()は」

 ボソッと呟くと、ハルカはようやく私の方へと振り向いた。

 …人間って、あなたも人間でしょ?

 不思議に思ったが、敢えてツッコむことはしなかった。

「じゃあ、傷が見えるように包帯を取って、袖を捲れ。終わったら、そこの寝台に仰向けにして寝ろ」

「は、はい」

 指示通りに身体中の包帯を取り、ブラウスの長袖を二の腕まで折って、部屋の隅に置かれた掛け布団のない寝台へと寝そべる。


 そうして今のこの状況というわけだ。

 いきなり何もなかった寝台から枷が現れ、動きを封じられた時は驚いたが、抵抗するだけ無駄だった。むしろ下手に暴れて、最悪暴力をって大人しくさせられるよりも断然良心的だ。

 唯一動かせる首を横に向けて、机の前に立ち、色々と薬品を混ぜているハルカを見つめる。

 一体何を作っているのか知らないが、その背中から真剣さが伝わってきた。その様は正に『科学者の金の卵』だ。

 王族自ら実験をするのも、この国が「科学の国」だからだろう。

「…こんなもんだろ」

 ふいにハルカの手が止まった。

 ハルカの右手には透明な液体が入った試験管が握られている。

 何だろうと思う間もなく、直ぐにハルカは完成したらしい液体を注射器の中に入れていった。

 もしかしなくとも、私に打つつもりだろう。

「…それは?」

 声を掛けると、ハルカはニヤリと効果音が聞こえてきそうな程、綺麗に口角を上げた。

「さあな」

「えっ…っ!」

 それだけ言うと、ハルカは躊躇なく私の右腕に注射器の針を刺した。

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