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竜の里の皇女と冷酷王子  作者: 井ノ上雪恵
12/20

やっぱりお兄ちゃん

 竜の餌やりの後、少し早めの昼食をとり、それからまた訓練場へと私達は向かった。

 当然、午後の訓練の為だ。

 …食べてすぐに身体を動かすって…。

 私は小さく溜め息を吐いた。

 しかもただの運動ではない。相手がシンラでは何をされるか判ったものじゃないのだ。

 気が重いまま、人工芝の上でシンラと向かい合う。

「一応訓練をしろって命令だ。だから、今からテメェには防御の訓練を受けてもらう」

「防御…?」

 何となく嫌な予感がして聞き返すと、シンラはさらに続けた。

「ああ。反撃も避けるのも禁止。俺の攻撃を全て()()()()

 …それって…要はサンドバッグになれってことでは?

 物は言いようという言葉を、これほど強く感じたことはない。

 体良く暴力を振るう理由を見つけたシンラは、悪い笑みを浮かべて指をボキボキと鳴らす。

「返事は?」

「は、はい」

 楽しそうにニヤニヤと笑いながら口を開けるシンラに、私は縮こまって応えた。

 …こういうところ、ハルカにそっくりだなぁ…。

 流石は三つ子。

 ハルカはシンラ、ラサキと卵違いの二卵性児だ。演技をしている時はとても大人びて見えるので、本当に一番の年長者だと思ってしまうが、実はシンラやラサキと同い年らしい。

 …まあ、素の時はシンラと本当にそっくりだと思うけど…。

 これから『人間サンドバッグ』になるというのに、何とも呑気な思考だ。

 自分で自分に呆れながら、シンラを真っ直ぐ見つめた。

 別に、今更決まったことにどうこう文句を言う気はない。何も無抵抗に殴られろというわけではないのだ。

 折れた腕をこれ以上酷使するのは正直気が引けるが、与えられた試練から逃げるのは竜徒族の皇女として恥。覚悟はできている。

「…それでは、始め!」

「ッ!」

 ハルカの合図に合わせて、シンラが勢いよく駆け出した。

 容赦なく顔面に突き出される拳を、私は腕で十字に受ける。少し後ろに押されるが、吹き飛ばされることはなかった。

 だが当然これで終わりではない。

 シンラはニヤリと笑うと、連続でパンチを繰り出してきた。その鋭く速い攻撃に、何とか腕に当て、急所を外すので精一杯になる。その上、攻撃を受ける度、既に折れている筈の骨がギシギシと言っている。

「ッ〜!!」

 痛みに歯を食いしばる。

 このサンドバッグタイムが無事終わる頃には、腕が死んでいることだろう。だが、そんなのは御免だ。

 ただの王子様のストレス発散で、大事な腕を失いたくない。

 …でも、どうしよう…。

 なんと言っても避けることを禁止されているのだ。かと言って、腕を失いたくないから防御もせず、急所を殴られ続けるのは論外。

 …うーん、せめてダメージを少なくできれば…あ!

「!うあぁあ!!」

 ある考えを思いついたところで油断してしまい、シンラの横蹴りで吹き飛ばされてしまう。

「いったた…」

 ぶつけた腰を摩りながら直ぐに立ち上がると、()()()にシンラを見据えた。

「?腕が痛くて構えられねぇか?こっちは遠慮なく行くぞ!」

 そう言って地面を蹴ると、シンラは同じように私の顔を狙って殴りかかってくる。

「ッ!」

 息を吸い込むと、私は突き出された拳を掌で受けた。そのまま相手の勢いに任せて攻撃を受け流し、身体を横へとずらす。ダメージは腕や身体に来ることなく、空気中へと逃がされた。強いて言うなら、拳を受けた掌が少しヒリヒリするくらいだ。

「!」

 まさか受け流されると思わなかったのか、シンラは目を大きく見開く。そして、大声で笑い出した。

「ハハハ!!なるほどなぁ?確かにちゃんと攻撃を()()()()。面白ェ」

 そう。要は攻撃に当たりさえすれば良いので、受けた後、衝撃を空気中に逃がしてしまえば良いのだ。

 シンラから怒気が完全に消えると、シンラは臨戦態勢を解いた。倣って、私も身体の緊張を解く。

「ルール変更だ。攻撃する以外何でもあり。反撃もだ。有り難く思えよ?『訓練』してやる」

「!はい!」

 私が返事すると、シンラはこちらの様子を伺うようにして走り出した。あっという間に私の後ろに回ったシンラは、回し蹴りを繰り出す。しゃがんでそれを避けると、しゃがんだまま片足を伸ばし、そのまま後ろに身体ごと振り返った。

 足払いだ。

 残念ながらシンラはジャンプし、足払いにかけられることはなかった。

 臨機応変に、ジャンプを利用して足を突き出してきたシンラの蹴りを、私は前に跳んで躱す。私の代わりにシンラの蹴りを受けた地面には、大きな割れ目ができていた。それを見て、私の背筋がゾッと凍る。

 殺害禁止の命令が出ている中、まともに当たれば死んでしまう攻撃を仕掛けてくるのは、私のことを信じてくれているからと思いたい。

 遠慮のない攻撃は更に続く。

「避けるだけじゃ意味ねぇぞ!素早さは一万歩譲ってギリギリ及第点なんだ!もっと生かして、反撃しろ!」

「は、はい!」

 攻撃の手を緩めることなく指示してくれるシンラに、内心感心する。

 よくもまあ、このスピードの中で普通に話ができるものだ。

 …というか「一万歩」って…。

 本当に能力を認めてくれているのかさえ謎な発言に、心の中で呆れる。だが、言われっぱなしも癪だ。

 妥協された一万歩くらい、軽々と飛び越えてやろう。

「ッ!」

 私は、今まで後退しながら避けていた攻撃を、前へ進みながら躱し、ガラ空きになっているシンラの腹に膝蹴りを喰らわせた。

 だがしかし。

「いっ!!いったぁ!!」

 まるで鉄の塊を蹴ったような電撃が膝から右足全体を流れ、思わず後退り、片膝を地面につける。

 …な、何でこんなに硬いの!?

 スピードもあって、かなりのダメージを自分で喰らってしまった。包帯の巻かれていない生膝は、だんだんと赤から青へと変色していく。

「…そんなところで蹲って、首を吹き飛ばされても知らねぇぞ!」

「!」

 言いながら腰を屈めて、蹴りの構えを取るシンラを視界に入れ、私は急いで立ち上がった。

「そこまで!」

「「!」」

 ハルカの声が響き、私とシンラは同時に身体から力を抜く。

 何とか五体満足のまま終わることができた。私は詰めていた息をホッと吐く。

「おい」

「はい!」

 急にシンラから声をかけられ、反射的に背筋が伸び、敬礼してしまう。

「?何で敬礼してんだよ」

「アハハ…つい?」

 首を傾げるシンラに苦笑いで応えると、まるで変な生き物を見るような目で見られた。

「…お前、身体に力が入り過ぎだ」

「え?」

「スピードがあっても、そんなに力んでたら動きが鈍る。もっと力を抜け」

「…」

 淡々と言われた言葉に、口を開いたまま固まる。

 訓練中にも思ったことだが、意外にもシンラは的確にアドバイスをしてくれる。命令もあるのだろうが、やはり二人の弟を持つ兄だ。面倒見が良いのかもしれない。

「…わかったら返事しろ!」

「は、はい!」

 そうして午後の訓練が終わった。

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