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竜の里の皇女と冷酷王子  作者: 井ノ上雪恵
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一難去ってまた一難

 事件が起きたのは、その日の昼だ。

 午前は竜達を思いきり青空の下で飛ばせることができ、気の重い戦闘訓練も無事終わっていたので、今日はもう平和だろうと思っていた。

 思っていたのだが…。


 ちょうど竜達を檻に戻そうとしていた時、十一時過ぎまで訓練をやっていたらしいハルカ達が、ちゃんと言われた通り檻の前まで来てくれた。それは大変ありがたいのだが、問題はその後だ。

「ネト!落ち着いて!!」

「グルルルル…!」

「ァア?何だ?ヤる気か?ヤるならヤるぞ」

 歯を剥き出しにしているネトと腕を振り上げるシンラの間に入って、必死で仲介しようと試みる。

 ハルカ達を認めていない竜の一体、『東洋竜(とうようりゅう)種』のネトが、ハルカ達が現れた途端、怒りを露わにハルカ達に襲い掛かったのだ。

 幸いにも、ハルカ達は誰も怪我をしなかったが、ネトは威嚇を止めず、それに反応したシンラも挑発的な笑みを浮かべて握り拳を作っている。

「シンラ様!ダメです!竜に手を上げたら、もう竜を操ることが出来なくなります!」

「うるせぇ!テメェに命令する権利はねぇ!!」

 当然私の言うことを聞いてくれないシンラは、今にもネトに殴りかかろうとする。

「ネトも!落ち着いて!」

 言いながら草笛を取り出し、メロディーを奏でるが、ネトにももう、私の声も笛の音も聞こえていないようだった。

 …まずい!

 シンラを止められるハルカ達は傍観しているだけで、手を貸そうとはしてくれない。シンラを止められないのであれば、ネトを止めるしか事態を収拾する術はない。

 そして、ネトを止めることができるのは私だけ。

 …こうなったら…。

 シンラがネトに手を出す前に、ネトを落ち着かせる方法は一つだけだ。

 私はレッグホルスターのナイフに手を伸ばした。

「グルルルル…グアァ!ッ!…」

 ネトがシンラに噛みつこうとしたその瞬間、私はネトの頭を右手で押さえつけ、そのまま右手にナイフを突き刺した。

「「「「!」」」」

 右手から流れた血が、ネトの顔を伝って廊下に落ちる。

「ッ…」

 しばらくナイフを突き立てたまま、右手をネトの鼻近くにやっていると、ネトはようやく落ち着いたのか、私の血をペロペロと舐めだした。その様子に胸を撫で下ろして、私はナイフを引き抜く。

 もう大丈夫だろう。

「…本当にお前の血で止まるとはな」

 今まで黙って見ていたハルカが口を開いた。

「はい。皇女(わたし)()()()にいるので」

 私は笑って応えると、大人しくなったネトを檻へと戻す。

 これで全員、檻に戻すことが出来た。

「おい」

「!し、シンラ様…」

 一難去ってまた一難。

 この世に神様が居るなら、余程その神様は人に試練を与えるのが好きらしい。

 それだけで人を威圧するような低い声を出したシンラは、ネトが大人しくなったにも関わらず、拳を固く握って私を睨んだ。

「覚悟できてるんだろうな?」

「い、いや…あの…」

 ジリジリと詰め寄ってくるシンラから、私は一歩ずつ後ずさる。

 まあ、こうなることは最初から読めていた。

 竜の管理は私の役目。これは、完全に私の監督不届きだ。

 だがしかし、だからといって()()で殴られるわけにもいかない。

 なんと言っても、此処は竜の檻の前。竜達がたくさん、私達の様子を伺っているのだ。

 こんなところで私に暴力を振るえば、確実にシンラは竜から認められなくなってしまうだろう。

「歯ァ食いしばれ」

「ま、待ってください!!もうこの際、殴るのも蹴るのも別に構わないんで!せめて場所を変えてください!此処じゃダメです!」

「テメェ、俺に命令するなって…何度言えばわかるんだァア!!」

「ッ!…」

 高く振りかざした握り拳に、私は目を瞑る。

「シンラ、止めろ!」

 ハルカの凛とした声が響いた。

 恐る恐る目を開けると、人一人くらい殺せそうな目付きで睨み合っているハルカとシンラが視界に入る。

「いい加減にしろ!ハルカ!何で止めるんだよ!?」

「それはこっちのセリフだ!竜の前でこいつに暴力を振るうことは、父上の命令違反と同じだぞ!」

「チッ!…わかったよ。だけど!このままじゃ納得できねぇ!」

「はぁ…午後の訓練はお前に任せる。殺す以外なら、何でもありだ」

「えっ!?」

 ハルカから放たれた恐ろしい一言に、思わず声が漏れる。

 …いやいやいやいや…えっ?

 目を見開いたまま身体が固まる。

 確かに殴るのも蹴るのも構わないと言ったが、殺す以外何でもありだなんてなった時には、私は数日間使い物にならないボロ雑巾になってしまうだろう。

 真面目な訓練が、命懸けのいじめ訓練に逆戻りだ。

「ただし、あくまで()()()()だ。良いな?」

「まあ、それなら良い」

 …いや、全然良くないんですけど!?

 シンラの返答に心の中でツッコむ。

「シエル様、竜の昼食の用意ができました」

 とそこで、魚肉の大量に入ったバケツを持って、使用人達が檻の前に集まってきた。

「…あ、はい。ありがとうございます」

 とりあえず返事をすると、不安な心中に蓋をして、バケツを一つ受け取る。

 …まあ、まずはお世話だよね。

 後のことは、やるべきことをやってからだ。


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