竜の里の皇女
「今日からお前はウィスタルの第一王女として、俺の為に生きろ」
レンガ造りの城は何処までも無機質で冷たい。床に敷かれた赤い絨毯も目の前の大柄な、これから父となる男も、全てが私を冷たく見据えていた。
男に頭を垂れて、地面に膝をつくと、背中まである薄紅色の髪が宙で揺れているのが視界に入る。
見えてはいないが、男の後ろに控えている四人の王子達の視線が冷淡であることもわかっていた。
此処に私の居場所はない。
それでも縋り付くしかないだろう。
私は小さく息を吸った。
「はい、お義父様」
大陸界の山奥にある深い深い谷。その谷よりも更に奥に入った、山に囲まれた辺鄙なところに私の故郷はあった。この世界で唯一、竜を操ることのできる一族『竜徒族』と様々な種類の竜が共存して暮らしている里、竜の里。
私はこの竜の里の長の娘だった。
右手で草笛を奏でながら、私のたった一人の親友である『恐竜種』のニアの頭を左手で撫でる。
ニアとは幼い時からの友達だ。
ニアは私の手を受け入れ、目を瞑ったままその白銀の身体を丸める。私は撫でる箇所を頭から翼の生えた背中へと切り替えた。
長の娘、皇女といっても、私がするのはこうして親友のニアと、村外れの山の中で一日中時間を潰すことくらい。たまにある他の竜達の訓練も今日はない為、このまま何もせず一日が終わることだろう。
そんな風に思っていると、急にニアが閉じていた目を開け、身体を起こして低く唸り声を上げた。その目は鋭く細められ、ジッと村の方を見つめている。
「?ニア?」
ニアの様子に私は首を傾げる。
「皇女様ー!!」
「!エリシア!何かあったの!?」
ちょうど村から、私を探しに来た侍女エリシアに私は駆け寄った。
彼女は酷く震えており、恐怖の色を濃く映した瞳で私の目を見る。私の肩を掴んでいる両手は力が入り過ぎて痛いくらいだ。
「エリシア?」
「た、大変です!皇女様!空から…ウィスタル国の艦隊が…!!!」
「!」
ニアが地面に降り立つと、私もニアの背中から降りた。
村の入り口で一人、突然の来客と対峙した私は、目の前にいる四人の青年達を真っ直ぐ見据える。
青年達の背にどっしりと腰を下ろしている四つの艦隊も、私の背後にある村からも、まるで人が消えたみたいに音がしない。
どうやら村人の避難は完了したらしい。私は小さく深呼吸した。
「…ウィスタルの艦隊が!こんなところまで何の用!?」
「その前に!お前は誰だ!?我々は、竜の里の長に用がある!」
応えたのは、鮮やかな新緑の髪をした青年だった。凛とした声に、彼がウィスタル国の王族だと瞬時に理解する。それでは、隣に並んでいる青年達も、彼同様王族だろう。
「私の名はリフィネスト・シエル!長の娘、この里の皇女よ!!用は私が聞く!!」
私の言葉に納得したのか、緑髪の青年は口元に弧を描くと、口を開く。
「なら簡潔に言おう!今!この瞬間から!竜の里を、我らウィスタルの支配下にさせてもらう!!痛い目に遭いたくなければ大人しくしろ!」
…。
こんな場所に艦隊を引き連れてやって来たのだから、当然穏やかな内容ではないと思っていたが、想像以上だ。
ウィスタル国は別名『科学の国』とも『殺人国家』とも呼ばれている。その実態は、どの国よりも発達した科学力によって国の武力を上げ、様々な国の内戦や紛争、戦争などに手を貸し、利益を上げている所謂戦争屋のようなものだ。
その悪名は世界中に名を轟かせている程。
どう考えても、銃の一つも所持していない竜の里は、彼らに挑んでも負かされるだけだろう。そんなことは火を見るよりも明らかだ。
だが、「はい、そうですか」と言って支配下に堕ちる訳にはいかない。
里を護るのが皇女の役目だ。
「…もし…『嫌だ』と言ったら?」
あえて不敵な笑みを浮かべる。
私と彼らの間の距離は約十メートル。その十メートルの間を緊張感が一気に駆け抜けた。
私は右手の草笛を握り締める。
「もし!『嫌だ』と言ったら…」
そこで言葉が途切れると、緑髪の青年は腰に置いていた右手を顔の横まで上げ、前に倒した。
「!」
嫌な予感がして、慌てて草笛を口にまで持っていく。
私が音を出すのと、艦隊の一つから大きな砲声が上がったのはほぼ同時だった。
草笛の音に反応したニアは、村に向かって放たれた大砲の弾目掛けて、口から火を吹き出す。
ニアの炎に反応した弾は村に直撃することなく、空中で爆発した。
爆発によって降り注いだ火の粉で、辺りが真っ赤に染まっていく。
「…竜の里は丸焦げになるぞ」
「…」
周りの火によって赤く照らされながら、私は青年達を睨む。青年達は大層楽しそうに笑っていた。
「…」
私はもう一度、草笛から一音だけ音を響かせた。
「それなら、私はこの里の皇女として!あなた達をこの里から追い出す!!」
「「「「!!」」」」
私の声に反応するかのように、一斉に竜達が私の後ろに現れた。
それがこの物語の始まりだった―。