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鳥姫の恋  作者: 黒龍藤
3/4

情は羽を広げて、思惟を問い

最終話、分割しました。




 「何があったか…」


 呼び出しに、急ぎ、道を行く。予定外の事に直ぐにあれだと思い付く物はなく、思い出す顔色はあまり良くない。杞憂が過ぎると思うも擡げる不安に足が早まる。しかし、走りはしない。


 入り口で片手を上げて挨拶を交わせば、「異常なし」。どこかピリッとしていた気が緩み、労いを口にして中に入る。



 「お呼びにより参じましてございます」


 開け放たれた扉の前で、声量を抑えて物柔らかに声を掛ける。見知った侍従に目で問う。頷きに応じて、そっと静かに衝立へ向かう。


 衝立を周り寝台を覗くと、待たせ過ぎたか午睡に入られていた。


 顔色は悪くなく苦痛の色もなかったが、こうして寝顔を見ていると… 以前と比べ、痩せてしまわれたのがわかる。病的な雰囲気が薄いのが救いだが、聖樹との同調は人に都合良くいかぬものだと…  溜め息を心中に留める。


 慣れは一瞬ではない。

 一瞬で慣れるモノなど慣れではない。

 

 大体が一年と言われる中、部分的にとは言え、人ではないモノに成り行くのかと思えば…  不敬の極み。どなたかが必ず負われる役目だ。


 この寝顔を見れば本当に思う。

 見世物ではないが、不満を漏らす馬鹿共に見せてやりたい。一人が支えるからこそ、全体で支え返さねばならぬとした志を何処へやったのか!


 憤りを無理やり鎮め、勧めに応じて腰を据えると身動がれた。


 「起きられましたか?」

 「ん…   ああ、来たか」


 目を巡らせ、瞬きを繰り返す。


 変わってしまわれた片目の色。

 同調が無事に進んだ証は、喜ばしくも喜び難いとしたもので。


 本人よりも俺が気にしてどうすると、早く慣れろと自分にぼやく。当たり前に喜ぶ者が多い中、一応側近と言われる俺がこんな事でどうすると   早く、この思考が抜け落ちると良いと願って 笑顔で返事をする。


 「少々遅れてしまい、申し訳なく」

 「いや、良い。出向いていたのだろ? いきなり呼んで悪かったな」


 「殿下、一杯如何でしょう?」

 「ああ、貰おう」


 身を起こして受け取り、喉を露に茶を飲むのを見ると… 肉が落ちたと辛気臭い気分になるのを振り払う。



 「では、あちらに居ります」


 侍従が下がり、少し気を抜く。





 「それで、どうしても続きが見たくてな。つい、うっかり寝てしまった」

 「それは… うっかりとは? いえ、不満ではなく」


 「聞いて驚け、午前に見た夢の終わりは神鳥の影だ!」

 「…なっ!?」


 ニッと笑う顔は悪戯が成功した時のもの。以前と変わらないが此処暫く見れなかった笑顔に神鳥が被されば、興奮のみ。


 「我が国の聖樹が心を傾ける神鳥様だ!」

 「…遂に深層部に到達か!!」


 「ああ、焦がれて見上げた先に麗しの神鳥が飛んでくるのを見た! 残念な事に影だったが、いやもう興奮して同調が解けたんだわ」

 「ああ〜〜、それは」


 「続き見たさに心が逸るものわかるだろ?」

 「逸る心でよく寝れたなぁ」


 「興奮を分かち合おうと呼んだが、あっさり寝たわ」

 「ぷっ」


 顔を見合わせ、二人して笑いあった。


 久しぶりに聞く屈託のない明るい声と胸弾む内容に、同調がほぼ完全に達したのだと理解した。良かったと安堵する心の片隅で、遣る瀬無い心が小さく息衝く。決して顔には出さないが、この心を惜しむとし 嘆くとするは 身勝手だろう。


 「でな、驚異の事実だ」

 「なんだ」


 「昔は三羽の神鳥が仲良くうちにきていたらしい」

 「…は?」


 「これが人伝なら誰が信じる? いやもう仰天だ。しかも三羽揃って、その辺によくいる鳥に擬態してたぞ。それは誰も気付かんわ」

 「…はああ!?」


 初めて聞く情報に開いた口が塞がらない。

 鳥は縄張り意識が強く、譲り合いの精神などないと思っていたのに違うのか。群れなす鳥ならまだわかるが、神鳥が?と思うと驚く。


 伝承でも三羽の仲が良いとは… 聞いた事がない。


 「いや、どうもな… 神鳥にとって聖樹は… 何と言うか、茶受けの菓子みたいな感じがだな」

 「…あ?」



 詳しく聞き直すと、聖樹が宿す実は… いや、実が食料になるのは当然だが… 人で言うなら、菓子にあたるらしい。


 「木の違いに味の違いがあれど、そんな感じらしい」

 「…待て、何やら聖樹そのものが棒付き飴の類に聞こえるぞ?」


 「あ、そんな感じだ。それで正解な気がするなぁ。でな、どうも魔樹は酒の肴で良いみたいでな」

 「だから、ちょっと待て!」


 「それになぁ… 【果実は、神鳥に捧げる我が心の結晶である!】とか何とか詩人みたいな事を聖樹が言っててな。判断が付かない所が凄いんだが」

 「それは… まぁ、納得だな。しかし近年どころか、もう長いこと実を付けていないだろ? 捧げ物だと言うなら…  いや、常に捧げてた方が来るんじゃないのか?」


 「そこな、実がなくても枝に止まれば好きに吸い上げてくそうでな」

 「…判別もできん事を言うなよ! 待て、陛下はご存知か?」 

 

 「さっき見た夢だぞ?」

 「…あ、あー」


 先走り過ぎだと、大きく深呼吸をしてみた。



 人にとって聖と魔は相反するものだ。

 それが神に連なるモノにとっては単なる嗜好で二つの違いは味にしか過ぎず、どちらも美味いと食えるものであると考えると…  片方だけに偏るのは正しく偏食ではなかろうか?


 そんなどうでも良い事を考えてしまう辺り、思考がおかしい。おかしいが酒を嗜みながら甘味を食っていた奴を思い出す。違うか、あれはどちらも食えるから偏食ではなく変食か。あ、駄目だ。落ち着け。聖樹は偉大なる我が国の守りで棒付き飴じゃない。聖樹そのものが甘味だなんて聞いてない!


 「でな? 三羽揃った所を人に見せない、その心は何だと思う」

 「…わかる訳ないだろ、神鳥が何の体面を重んじるよ?  …いや、神に連なるからこそ人に合わせているのか?」


 「昔、神獣様が魔獣を率いてどこぞの国を蹂躙したとあったよなぁ」


 殿下の言葉に思い出す、歴史書。

 神獣にとって大事な神子がどうのと書いてあったと覚えてる。


 「…うわぁあああ、あれ教訓と誇張以上に真実か? 相関関係から見直しが必要なのか!?」

 「情報の出所を公表するとなるとだ」


 「…あああああ、上の上から忖度しろって言葉が聞こえるな!」

 「だろ? 熟、歴史の裏側を知りたいよなぁ」


 顔を見合わせ、沸いた頭でぬる〜く笑い合う。

 神に連なるモノが気にする体面、そんなものがあるのかと思うが考えずとも答えは一つなので口にはしない。


 「ま、聖樹の視点で捉えると間違いなく麗しの鳥が我が国の主人だな」

 「…おおー、あの幾久しくも古き良き絵姿の」


 「お前、その言い方」

 「ああ、失礼」


 「ま、良いけどな。人に例えるなら美人だな」

 「性別」


 「それはどうだろう」

 「性別において二対一なら、素晴らしい案件では?」


 安易に頭の中で何かしらの連想が繋がり、何か勝ったも同然な気がした。


 「あー、だからそれはわからん」


 人と聖樹が捉える色彩は違うものがあるらしく、同調と言っても、その辺は殿下の感覚が混じると言うか自衛的に優先しているらしい。


 「性別不明が正しいな」


 俺に話す形で自己確認を取っている。

 自分と聖樹がどこかで混ざっていないかと疑う不安な気配を感じる。 …よく、堪えられたと思う。本当に聖樹との同調が可能なのか、正しく選ばれたのかと訝しむ程に呻き、酷い時は吐き続け。


 あの時は未来が見えなかった。

 現陛下も前女帝陛下も、あんなに酷い拒絶反応はなかったと対応が取れずに青くなった。


 「父上を含め、歴代の陛下の意見を正しいとするとだな…」


 考察する姿は変わらないが、時折混じる思考に聖樹の影響を感じる。聖樹が同調の為に殿下に与えた種は、繋がりの為の種は どうしても殿下を歪めたと思う俺は履き違えているのだろう。



 「おい、聞いてないだろ」

 「いいえ」


 「全く… お前は俺を哀れみの目で見ないが、そのどうにもならない… 過去を恋う目をするなと言うに」

 「…うっわ」


 自分の情けなさに眉間を押さえて椅子に凭れた。


 「これ以上はないし、俺自身が喰われる事はない。王が喰われたら、人と聖樹との繋がりは正しく保てないだろが。歴代の王を悲劇の人にするなよ?」  


 逆に気遣われて、最悪。


 「確かに、ちょっとは痩せたが範囲内だ。直ぐに元に戻るし、戻りつつある!」

 「それは… そうだ、な?」


 「あの時より差がついたからと…! まぁいい、本題だ。 お前の妹、東に飛んだぞ」

 「…ぁ?」


 一拍おいて真顔になり、背を正す。





 「…それから」


 微睡みを冠する宮を離れ、陛下に奏上する文言に段取りを考えて歩いていたが、ふと立ち止まる。何となく聖樹が植わる方角を眺め、華将となった折に参詣した聖樹を脳裏に浮かべて、祈りの言葉もなく只々頭を下げる。


 そうして再び歩き出すも、今度は妹の事で頭が一杯になる。


 自分より濃い深緑の目に同じ青銀の髪を持つ妹は、どちらかと言えばおっとりした子だった。幼い頃の思い出で、決まって思い出すのは晴れ着。初めての布合わせに燥いで目移りしながらも『赤いのが良い!』と嬉しそうに指し、鏡の前で生地を纏い、『…あれ?』と首を傾げて鏡を覗き直し、まじまじと見続け、泣きそうな顔で『赤、似合わない?』と訴えた顔。


 あの顔を今、思い出す。



 妹は参殿して殿下に一目惚れした。

 そこまでは良い。


 その後、可能性の追求に聖殿に入った。落ち着けと言うのに入ってしまった。普段からは考えられない行動力に驚愕した。本当に驚いた。ときめき一つで他の過程を全て飛ばして職業を選択し、未来を定めて飛んで行った。


 鳥姫は有力だが絶対ではない。

 恋愛の可能性も深めずに突っ走ってどうするんだ!と… 非常に呆れもしたが、眩しくもあった。


 人生を掛けてでも叶えたい願い。


 そんなもの、俺にはない。家を継ぐ事に否定はなく、流れに従うだけの未来もそんなものと納得している。この立場だからこそ知り得るものもある。だが、それだけだ。熱意を掛けるに値するモノは見つからなかった。


 それが妹との決定的な差だ。


 恋の一念で自分の未来を絞った妹を 馬鹿だとも 眩しいとも思うし、少しだけ羨ましくもある。そこへ家を思惑に乗せると自分の考えが馬鹿らしく、純粋に打算を入れる無粋を唾棄した。


 唾棄せぬを大人と言うのなら、そこにある感情は いや、その感情の向きそのものが 俺には受け入れられない。それで大人だとしたくない。


 只、兄として応援してやろう。

 そう思って頑張ってみた。


 勉学と武術に励む一方で、妹の助けになればと歴史を漁り、穢れと祓いに関しては乱読し、理解すべく読み込んだ。祓いの極意なる書物も取り寄せてみたが、端的に言えば祓いは慈悲で慈愛で慈しみを根源にせよとした余りにも抽象的な事しか書いてなかった。妙な事例を引き合いに出すだけの役に立たない書だった。神鳥が祓ったのは、どう考えても汚いからだろうが。


 しかし、納得できない訳でもない。

 それでも、俺に祓いは無理だと理解して終わった。他の分野で頑張ろうと切り替えた。


 その俺が華将になった。

 祓いを理解して理解しない俺が華将になった。


 魔獣討伐の最中、穢れ持ちが出た。一息入れて、聖樹の守りに関して皆で話をしていた時だった。咄嗟の事で距離が近かった俺と数名が必死で立ち向かい、死ぬ気で退治した。その際、何故か俺の剣戟で祓いができていた… らしい。


 偶然か、否か。

 そんな事はわからない。


 それより、一度出たらまた出た。

 同じ現場で間を置かずに二度も三度も出やがった! 


 「死に晒せ!」


 滅殺の全集中で慈悲も慈愛も持たぬまま退治した。その後、皆が言う。どうやって穢れを祓ったのかと。


 一件の騒動から聖殿へ行かされ、妹の話も上がり、「兄妹揃って何と善きこと、重畳!」と喜色満面で喜ばれ、よく理解できぬままに確認が終わり認定された。花守をすっ飛ばして華将へと推された。


 どうして、できるのか?


 未だにわからないが、できるからできるのであり、できなくなったらできないのだろうと割り切った。割り切るに至った理由は単純で、読み込んだ書物が無意識下で活きているとしたからだ。


 その結果が、これかよ。



 『お前の妹を選ぶ事はない。鳥姫と華将、どちらも大事だが鳥姫の本分は刃物を持たぬ祓いであり、聖樹に対する慰めだ。戦闘において華将に勝るものはない。お前を側近に据え、妹までも置いたなら。

 後は言わなくてもわかるだろ? 可能性もないのに参加させたのは悪いと思うが、有資格者の参加を認めないのも問題だからな』


 馬鹿な言い分にクラッときた。 


 『碌に会ってもいない俺の妹が可愛くないとか、なーに巫山戯た事を言ってやがるよ? あ?』


 ガシッ!


 真顔の相手に真顔で答え、肩を掴んでジッッッッッットリとギッチギチで睨んでやった。


 『待て、意味が違う!』

 『裏を返せば、そうだろが? どの基準で結婚相手を決めてるよ? 出立時にちょーーーーーっと会って話しただけで相手の全てを見切ったと? 本音で見切れんのか、お前。見切れんなら、今の俺の思考も見切った上か? それとも、何か。 顔か? 顔か? 俺の可愛い妹の顔が好みじゃねえってか? あぁ?』


 思いっ切りドスを効かせて言い続け、他に口外してない言質を取り、懇々と懇々と懇々と! 『他を気にして嫁と側近を天秤に掛けるな、この呆けが!』と説教し、他にも脅して撤回させた。


 させたが、本心からの撤回ではない。

 あれはその場凌ぎの、話を終わらせる為の欺瞞だ。



 「はぁ…」


 溜め息と共に思う。


 以前なら。

 以前なら、絶対にあんな妥協で話はしなかった。妥協点を探るにしろ、『誰でも同じ』とした見方はしていなかった。


 あれは聖樹の影響だ。

 神鳥至上主義の聖樹が俺達とは違う観点から国の平定に乗り出している。同じ轍を踏むまいとして。


 代替わり毎にと疑えば恐ろしい。


 「…実際、どうなのか」


 殿下は少しずつ変化している。表面上は目だけだが、人ではない方へと傾いている。王とした立場の思考に紛れ、聖樹の思惑が殿下の中に部を超えて根差そうとしている。同調の元に喰い潰そうとしている。


 俺にはそう見える。

 喰われた後に残るが賢王か、それとも愚王か。


 わからん以上、誰も文句は言わないな。


 だが、恋した男が違うモノへと変貌を遂げても、好きだと そう言うのだろうか? 言えるのだろうか?


 「…いっそ、このまま」


 叶わぬ夢とさせた方がと愚かな事を考えて、首を振る。欺瞞だろうが撤回はさせた。それで良しとする。すれば、華将と持ち上げられても藩屏足り得ぬ自分に嫌気が差す。


 口惜しさが口元を歪めるが、早く無事に帰っておいでと それだけを願いおく。






 普段通りに目が覚めて、寝惚けながら身を起こす。部屋を見回し、お勤めは終わったのだと引っ繰り返る。ポフンと背中が沈む感触に家の寝台を思い出し、ふふっと小さく笑う。


 そして、ふと。

 お勤め先の皆さんにご挨拶をせずに飛んでしまったと青くなる。酷い失態に二度寝の気分が飛んで完全に目が覚めた。


 「いーやーあ〜〜 昨日の内にお伝え願えば良かったわ。ああっ、頂いたお野菜があ〜〜」


 寝具の中でジタバタする。村の方が気付くとすれば、まだ先。でも、連絡は早いに越した事はない。捜索されてもねぇ… ん?


 扉へ目を向けると声がした。


 「お早うございます、お嬢様。お時間ですが起きらておられますか?」

 「はぁい」


 朝食を頂いてからね。


 

 身嗜みを整えて、お部屋で給仕を受けながら朝食を摂る。「この街の特産で」から始まったお話は合間合間に違う話に変わり、楽しい食事になった。一人の静かな食事が長かったから、人の声が嬉しくて… ちょっと行儀が疎かになりかけた。危ない、危ない。


 荷がないので身軽に出立。

 階下へ降りると昨日のご家族が勢揃い。あら?と思いつつ、ご挨拶。二人の顔色が悪くない事に安心。ご挨拶後のお話で、街の聖殿に送って頂ける事になった。


 車の中で可愛らしい手提げを渡されたが、何やら重い。


 「昨晩、寝ずに二人で想いを詰めました」

 「あなた(推し)の為に、二人で吟味し足らぬとあらば縫いました。どうぞ後でご覧ください」


 二人分の心の重さを感じてうっとりした。



 「名残惜しい事でございます」

 「近辺にお寄りの際には、是非」


 車を降りての別れ際、ご両親とのご挨拶後。


 「あの」

 

 控えていた二人が進み出て、別れの言葉をくれた。洗練されたものとは違う、少し拙い言葉に私の心が感じ入る。ああ、良かったと。くれた言葉に疑いを持ち、この場限りのものであったとて  私の心は 晴れやかで涼やかな風を呼び、二人の心に種を蒔いたと 喜びを歌う。


 目に見える成果に感激し、両手を広げて二人をきゅっと抱き締める。



 芽吹いた種を育てるも育てぬも、決めるのは私ではない。二人の人生に少しの声を掛けただけ。


 道を選ぶは、他人に非ず。

 心を育てるのも、自分にて  勝ち得るは、己の気力。



 自分自身にもそうだと言い聞かせ、別れを告げて出てきた聖官と共に聖殿に入る。




 「お見せ下さい」


 紐を引いて取り出し、首に下げたまま見せる。目を凝らす年配の高位聖官様には心苦しいが差し出しはしない。触れる事は許さない。理由がわかっている以上は頑張って? あなたのお目に見え辛くとも、まだちゃーーーんと刻限の光はありますからね?


 「…はい、青を冠そうとされる鳥姫様に違いなく。直ぐに飛ばれますか」

 「ええ、案内を願います」


 「はい、姫様。お前、先に行って確認を」


 昨日の聖官様が返事と共に足早に出て行くのを見送り、その後を二人でゆるりと追い掛ける。その間に頼む事を頼んでおく。


 「わかりました、そちらの事はお任せ下さい。連絡を入れておきます。 …それにしても、よく聖殿の場をご利用なさろうと思われましたな」

 「まぁ、聖殿が穢れていては困りますわ」


 「それは御尤も、それでも疑心暗鬼は何処にでも蔓延るものでございましてな」

 「蔓は伸びて巻き付くものでございますからねぇ」


 含みを持たせる相手の笑みに、にこやかに答えては見たものの。私への嫌味か、他の候補の方に何かあったと取れる示唆に不安になる。心惑うも、人を気にしていてはいられないと気を鎮める。真実であろうとなかろうと今の私の心を揺らすのだから、全て試練と思うしかない。

 

 心決めるは、私なのよ。





 「では、こちらにて」


 礼を言い、場を下がるを促す。

 名目で集中を欠かされるのは嫌、この方が心の中で誰を推すのか邪推するのも面倒。でも、聖殿内から飛ぶのが一番安定するのよねー。


 微笑みの攻防の末、漸く一人になれた。本当にあの方、鳥姫を補助する気があるのかしら? それとも、   …ああ、嫌ね。この考え。


 「はぁ…  さて!」


 息を整え、遠見の為の目を開く。帝都へ向かう道筋を見定め、距離を割り出す。自分が一度に飛べる距離を元に飛び地を探す。一息になんて、私には無理。休み休みでないと続かない。


 仕掛けられた、あの強制跳躍。

 私が行うには実力が足りない、あれは素直に感服する。



 心を称賛で埋めて

 見える先を一つに絞って


 気負いなく

 羽搏きに似せて足を踏み出す



 此処に有る体を

 定めた先へ


 彼方と此方は同じ場所

 時の流れも同じもの


 この身に宿るは 鳥の羽

 広げる羽は力強く この身を移すは 空の道


 虚ろにも似た 空が道へと 鳥は羽に想いを乗せて  いざや、参らん!







 「はうぅ…」


 疲れました。

 とても疲れました。


 降りた先で見つけたお店でお昼ご飯も頂き、気力を回して飛びに飛んで頑張った。無粋な含み笑いを見た所為で、余計な気を回して少々複雑な道にしたのが良かったのか悪かったのかわかりません。


 「でも、なんて素晴らしい成果… 山での祓いは、こんな形で実を結ぶのね!」


 体力が増して、以前には考えられなかった距離を飛べた。信じられない! 長期に渡るお勤めは初めてでしたが、一人暮らしも初めてでしたが、体感した心が感動に打ち震えます!


 帝都まで、あと少しの距離ですが今日はもう飛べません。無理。最低限は残したい。延々と歩いて行くのも無理。 …普通に乗合馬車に乗ろうかしら?


 ええ、乗ってはいけない訳ではないのよねえ?


 家の財力を使うのは個人の能力を測るに不適当であるから、してはいけないのであって…  ええ、それに財力がないお家の方には非常に失礼な事ですし。でも、能力を測るに有る物は何でも使えが基本ではありますし…  個人の能力で遣り遂げるのが主筋ではありますが… 頂いた衣装も手提げも中身も私個人への気持ちであって、普段なら聖殿に入る物が今回は直接私に来ただけで… 疚しいとする物ではないですし… 本来持ち出せるお金を置いてきた私が馬鹿なのですが、これは行いに対する対価… いえ、対価と考えるは疚しいような… 浅ましいような…  でも、もうお昼ご飯にお金は使っておりますしねぇ… 


 悶々と考えながらも気合を入れて立ち上がり、ふらふらと歩き出して今日の夕ご飯を考える。ご飯を考えると、お腹が空腹を訴える。大事な手提げの口紐を引いて、中からお昼のお店で大事と買った果実を取り出す。


 お行儀が悪いと思いつつも皮ごと口にする。


 プチッ


 …美味しい。


 「うふふ」


 口中に広がる果実の甘みと果汁に頬を緩め、噛み締めながら今宵の宿を考える。野宿は嫌だし、何より怖い。同じ世代の方に紛れて行動すると良いと小鳥が言っていたけど… 彼女と同じ事ができるようで私はできなかったような? 選定の儀を口にするのは以ての外だし…


 馬車に乗るか、乗らないか。

 帝都で泊まるか、この辺で宿を取るか。


 うーんうーんと悩みながらも口と足を動かす。意識しないと足が止まってしまうのですよねぇ、私。


 そうこうしてたら、見つけてしまった馬車止まり。数人の方が荷物と一緒に佇んでいらっしゃるので行ってみる。




 「…ああ、着きまして?」

 「そうだよ、帝都に着いたよ。じゃあね、先に行くよ。元気でね、あんたなら料理の腕は上がるよぅ」


 「はい、頑張りますわ。どうぞ、あなた様もお元気で」

 

 相席した小母さまとお話をしていたら、あっと言う間の時間だった。小母さまの荷物の食材を見て、「これは?」と聞いたのが切っ掛けで料理談議に花が咲いた。でも、疲れからか途中でうつらうつらとしてしまって申し訳ない。


 小母さまは荷物を持ってズンズンと下車されたが、頭がまだ上手く働かないので一緒に立ち損ねた。最後に下車しようと思ったら、荷物を持った男の方が「どうぞ」と促してくれたので「まぁ、嬉しい事です」と内心慌てて席を立つ。


 手提げを胸に抱えて降りたら、外は暗かった。帝都の入り口前の馬車止まり、歩いて行く人に乗り換える人。出迎える人に、挨拶と掛け声と呼び声の波。


 「南区行きはこっちですよー!」

 「おーい、こっちー! お母さん、こっちー!」


 目の前の賑わい、赤々と火の粉を散らす篝火。人の雑多感で怖くはない。寧ろ、到着の安堵と夜歩きに興奮してきた。


 「…だよー!」

 

 都内を回る最終便の出立時刻を告げる声。


 お勧めの宿を聞こうとして、誰に聞けば?と立ち止まる。安心して聞ける人、嘘を言わない人、私が信じられる人。 …聖殿は第二の家だけど今は微妙な時期ですし、それに今は儀の最中。試されているのは、私の知識と人脈を作るとも広げるとも言えるし… えーと… そう!


 詰所に行って、お勧めの宿を聞けば良いのよ!


 『今、役に立たなくても覚えておけ』


 お兄様のお手紙にあった、門兵の司の指揮系統を思い出しながら向かい。つと、一方向を見る。帝都の東入り口、ならば当然… 此処にも飛ぶ為の場がある。


 『良いですか、北に出たなら帝都の南の場で飛びなさい。西なら東。必ず帝都を横切って行くのですよ』


 指定された以外の場所で飛んでも意味はない。


 「ふぅ…」


 もう、誰か… 東の場を使って飛んだだろうかと思うと心が重い。自然と俯き掛ける顔をむん!と上げ、見つけた兵士の方の元へ走ってみた。


 

 

 「あ、足がしんどい〜」


 今頃になって疲れからか、足にずっしりきた。だけど、夕ご飯も頂いたし湯浴みもできた。髪も洗い、乾かすのも手伝って貰ってすっきりしている。


 寝台に横になれば、人の優しさを思い出す。


 不躾過ぎたか、「何方の所属の方ですか?」と聞いても胡乱な顔で答えては頂けなかったが、『必要なら』とお兄様から教えて頂いた方のお名前を順に出してお尋ねし直した。


 『間違えるなよ、この三人の下に所属する者だぞ』


 お名前を理解して困られるも、「お嬢さん、名前と要件を」「所属を教えてくださいまし」で平行した。そこから上の方に連絡がなされ、急ぎ来られた方とのお話で私は良い宿に泊まる事ができた。


 「職務に忠実なのです、融通が利かぬ者とは…「はい、問題などございません」


 庇われる姿勢に、急いで割り込んだ。お兄様ご指定の所属の方は本当に優しく、案内して下さったばかりか交渉までして下された。下手すると宿泊代まで出して下さる勢いで、そこはきちんとご遠慮したけれど本当に大助かり。


 『…ですれば、明日は自分がお伴致しましょう』

 『まぁ、そこまでご面倒をお掛けする訳には』


 『自分は単なる足代わり、馬だと思えば良いのです』


 色々と申し出て下されたあの方は、休みを潰して私に付き合って下さると言われた。馬と言われて、乗ってきた馬車と御者の方に姿を重ねると… 躊躇いが薄れて、お願いできた。


 「…これも、お兄様のお陰ね」


 私と違い、聖殿に入らずともお兄様は祓いができた。それも戦闘中に開花したと言うのだから、とてもとても驚いた。私と違って教えを請わずとも可能としたお兄様… この大き過ぎる違いに、私の心の有り様は、鳥姫に相応しくないのでは落ち込んだ。でも、そこから私にも大きく光が当たり。お兄様の名声が上がるに従い、私の勤めも評価され『妹様も』『まぁ、ご兄妹で』と褒めそやされた。


 その事をしんどいと思う時期もあったけど、逆に引っ張って貰えたとも思う。明日もまた、お兄様のお力添えで無駄な時間を費やす事なく辿り着けそう。

 


 胸元の玉を手にして眺める。

 まだ、刻限はある。


 お兄様への感謝で心を満たし、明日を夢見て眠りに就く。




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