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鳥姫の恋  作者: 黒龍藤
2/4

理に依りて、飛翔せし

新年おめでとうございまーす




 くらりとして、私は蹌踉た。

 堪らず膝と片手を着き、もう片手を口元に持って行く。う、うえっぷー!


 「うぇ、えぇ…」


 ぐるぐるして気持ち悪いぃい〜〜   え、なに?



 ガラガラガラガラ…


 頭に響くから静かにしてよ!と言いたい音に、無理やり顔を上げる。


 「お姉ちゃん、もう少し横に寄りなー。でないと掠めちまうぜー!」

 「…は!?」


 荷車と接触事故!?


 目前の恐怖に、一気に覚醒! こんな形で死にたくない!!と無理でも何でも体を引き摺り、這って逃げる。


 「飲んだくれんなよー」


 真っ直ぐ進んだつもりで、なんか変? うえー  え?   現実に混乱した頭で通り過ぎた荷車を振り返る。



 ガクン


 「おいしょっとー」


 揺れた荷車は、掛け声と騒音を連れて橋を渡って行ってしまった…


 「待って?」


 見つめる川の形容は立派で橋も立派。立派過ぎて呆然としている内に舞い戻ってくるのは、目眩…  いやあー。


 「どっち? どっちなのー??」


 右に回った目眩なら左に回れば治るもの。

 でも、右も左もと言うよりどうして目眩がしているの?


 どっちもわからないので解決策に、よたよたと道の端に寄る。助けを求めて首を回せば、ちょうど人の波が途切れたらしく… 近くに誰もいなかった。


 くたあーっと見上げる空は青く、白い雲が浮かぶ。


 「此処、何処よ…」



 目を瞑り、思わず口にした言葉で理解した。


 「あっ  あ〜〜』


 真実に気付いた頭は叫びにクワンときてしまい、続きの間延びは口中に消えた。酷い。ぐるぐるする。頭がクラッとし続ける、この感覚!


 これはあれだわ。

 強制跳躍の…  誰よ、無理やり人を飛ばした非常識な人は!? って、違う!


 原因がわかったので、とりあえずは安心。

 これなら暫く休めば治る。


 とは、言うものの… 休むにしても場所が宜しくないので頑張って移動する。えー、近くに良さげな場所が… ない? 嘘でしょう?



 「ふぅ… 」


 仕方なしに座った壁際はお日様がジリジリと照り付け、暑さと日焼けを感じて辛くなった。更に頑張り、見つけた木陰に逃げ込んだ。


 だんだんと楽になってきたので、もっと楽になろうと少し遠去かった川から風を引っ張り、涼を取る。


 「らくう〜〜」


 声が出たら、思考が回り始めた。

 

 「ふ、ふふふふ… 私のお馬鹿さん」


 風を纏った事で単なる跳躍に回転を添えて、一人で勝手にぐるぐるしちゃった。自分が馬鹿過ぎて、辛い!


 「この後、私はどうしたら?  ではなくて、危な!」


 大事な玉を未だにぶら下げてた。


 慌てて首に通して服の内に仕舞う。よよよ、よく掏摸に遭わなかったと冷や汗が出る。誰か助けてくれても良いのにと思ったけど、助ける振りして掏られなくて良かったわー。売ったら結構な値段になりそうな玉だもの、売らないけど。


 「はぁ… 」


 気分は最悪を通り越して、どこまでも落ちていける。此処で叫んで良いのなら、『私のばかあーーーー!』と大声で叫んでる。


 私は鳥姫だ。

 正しく、間違いなく鳥姫だ。


 そして、今現在進行形で… 大事な試験の真っ最中。中位から高位へではなく、今現在の私が高位なのだ。私は高位から、もう一つ上の階位へと上がろうとしているのだ!


 つまり、全てが試験。


 「でも、山での祓いは単純にお勤め… お勤めに乗じた… いえ、お勤めを兼ねた… いいえ、お勤めと併用した合わせ技…!」


 山の穢れに対し、私は散々行った。場所が違っても力は波及する。波及効果を考えると最後の地点の祓いは完全に締めだ。絶対に終わってるはず… そう、空気が変わって良くなったと言ったもの!


 祓いが終わらない限り、次は始まらない。

 終わったから始まった。



 「ああああ… どうして私は一目見て、あの方の手だと思い出さないのよ! どうしてあんなにぐだぐだぐだぐだ… 私、馬鹿なの!? それとも、私のあの方への思慕が足りないというの!?」


 興奮したら、おさまり掛けの頭に響く。


 「うっ!」


 誰かに馬鹿と叩かれたよう…


 ああ、でもほんと馬鹿。

 お財布も持ってない… 私の馬鹿! どうして、どうしてあの時点でぇええええ〜〜〜〜〜




 「…じゃない? ふふっ」

 「やだ、そういう事を言っちゃだめよ」


 俯き、無我の境地で自分の彼我を顧みていれば華やぐ声が聞こえ、人の気配に気を取られ… 反省に至らない自分が恥ずかしくなる。風も呼べたし、もうそろそろ可能でしょうと力を回してみる。


 いつもの流れ、いつもの量で、いつもの感覚。

 よし、完全に落ち着いた。


 肩を上下に動かし、「んっ」と両腕を前に突き出す。今度は「くっ」と上へと伸ばして〜〜  「ふぅ」で下ろす。体調が戻ったと判断できたら、強く空腹を意識する。 …朝と昼、私は何を食べたのかしら?


 思い出すだに、自分の失態が心に突き刺さる!



 再び項垂れる私の耳に先程と同じ声が聞こえ、気分直しにそちらへと目を向ける。私と変わらない年頃の女の子が二人、人待ちをしてる風情で私を見ていた。二人とも、とても可愛かった。可愛らしい衣装もよく似合ってた。


 お友達かな?

 いえ、違うみたいね… 姉妹かしら?



 「だってえー、そう思うでしょ」

 「それはそうだけど…」


 微笑む気分でいたが、なんとなく聞こえる内容に私の事かと視線を外す。彼女達と自分の衣装の落差に目を瞑る。


 「なーんで夏の季節にあーんな厚いの着てるんだか、どう思う?」

 「さぁ? まぁ、そこは人の好みと考えても… おかしいと思うけど。普通によく着てられるわよねー」


 丸聞こえだった。


 「しかも、だっさ! 流行に乗り遅れたのを二回は回ってお母様世代の感じしなーい??」

 「あ… そう言われたら、そうかも! そんな感じするー」


 彼女達を見て、自分でも思った内容が心臓に直撃した。


 「しかも髪の毛、バッサバサのボッサボサ。よくあんな姿で街中にいるわよねー」

 「ええと… 否定しないけど、誰かに追われてるとかそんな感じじゃないみたいだし… 気にしない方がいいんじゃない?」


 一人には率直に馬鹿にされ。

 一人には気遣われているようで、変人には近付かないでいようとする気配を有り有りと感じる。


 …言い訳をするなら、日の当たらない山は寒いのよ。それに  いえ、そうね。悲壮感たっぷりで浸ってたものね。誰もいないし、来ないとわかっていたから身嗜みも忘れてたわよ、ええ。でもね? そんなことを忘れるくらい集中してたとも、綺麗に術中に嵌って抜け出せなくなっていたともいうのかしらね!?


 でも、私は私なりに格闘していたのよ!!


 「あ、ごめーん。見慣れないもの見ちゃったから、つい気になっちゃったー」

 「ちぐはぐなものは気になるのが当然だけどね、うふ」


 ふふふ。

 そうね、それは真理だわ。

 心理的にも理解するわよ。でも私、浮浪者ではなくてよ。


 「あ、いけなーい。聞かれちゃってるぅ?」

 「そうね、聞かれてるわね」


 言い返したくても言い返し難い… しかし、何か言いたい。だから、顔を上げて見た。目が合った二人は怖じる事なくそこにいた。


 一人が悪気のない顔でいて。

 一人が退屈に似た顔でいて。



 その顔に私の心は動揺し、衝動的に固まった。



 …逃がさないわよ。ほんと、ちょうど良かったわあ〜。お腹、空いてるのよねー。身形からしてタカれそうで嬉しいわ。


 あら、いけない。小鳥の言葉が移ってる。


 集りではなく、奢って… いえ、貢いで… いやね、小鳥がよく言う言葉は合っていても違う感じがするのよねぇ…  普通に恵んで貰いましょうか。


 「お待ちなさいな」


 声に少しの力を込め、呼び止める。


 「そこの二人、こちらへ」



 ああ、でも。

 私と目を合わせ、少しの邪気を纏って笑う子と。

 私と目を合わせ、少しの邪気を滲ませ背を向ける子と。


 「いらっしゃいな」


 どちらがより、望ましくない方へ向かうのかしらと どちらであっても変わらない事を考えながら手招きした。






 私はなかなかの当たりを引いたらしい。

 

 「ここのは美味しいから」

 「どうぞ」


 「そうなの、ありがとう」

 「うちのお嬢達がすいません」


 「いいえ、あなたが謝罪することでは。成り行きであれ、このように頂けること… 感謝しますわ」


 案内人に通された部屋で、少しの話をする内に食事が出された。空腹には非常に有り難い。礼を言って碗を持ち上げ、そっと一口。 …美味。


 「どう?」

 「いい味でしょ?」


 「ええ、とても美味しいわ」


 自分でも特上の笑顔を振り撒く。人が作ったご飯なんて久しぶり! しかも、濃厚。こんな味を口にすると… 私も料理の腕が上がったとは、まだまだ言えないわね。


 「お嬢達、これが手本です! こんな風になってくださいよ!!」


 「えー、やってるわよ」

 「お客様の前でズケズケと比較するんじゃないわよ」


 二人と付き人の彼の遣り取りを楽しみながら、頂く。


 「今比較せずに何時しろと! それに普段から言ってるでしょう!? 上品に、品良くと!」

 

 「もう!」

 「だから、それがですよ!」


 「だから、やめなさいよ」

 「そうよ、私達も必要な時にはやるわよ」


 確かに人が食事をしている最中にする話ではないわね。でも、付き人が萎縮せずに意見を言ってる時点で仲は悪くないのでしょう。まぁ、あんなに対応できる付き人を怒らせる方が怖いと思うのだけど。


 必要な時にはやるわよ、ですか… 反省が足りないのかしら? ああ、違うか。付き人の前だから、頑張ってるだけか。なら、矜持は高いと…  いえ、根性があると見て良いのかしら?


 言葉が気になるけど、食事が先。

 その間、しおらしくなった二人が一生懸命話す流行りを聞いていた。私は流行の装いよりも乾物ではないお魚の方が堪らないわ。本当に美味しいったらないわ〜。

 




 私は力を使って二人を呼び止め、話をした。


 『何故、あなた達は私に悪意を向けて話をするの?』

 『何故、優越を得るに貶める?』


 そこから始めた会話に二人は反発した。当たり前に反発した。


 『変な言い掛かりはやめてくださる?』

 『思った事を口にしただけですわ』


 『あなたの僻みで、そうと聞こえただけでは?』

 『口にしたのは疑問だけよ? それが罪なの? いやぁだ、酷い言い掛かり』


 『そんな格好をしているあなたがおかしいんだし』

 『そうよ、普通の格好をしてたら疑問にも思わないわ』


 『『 そんな姿でいるんじゃないわと、それとなく言ってあげただけじゃないの!! 』』



 私と二人の対話は捻れ、平行線を辿った。


 『それは内容の転化です。転嫁とするのはおやめなさい、主旨が逸れています』


 でも、私の言い方も悪かったのかもしれない。

 小鳥に「ええと… 下で話す場合は、話し方を変えた方が」と言われた事を思い出したからだ。そこで、口を噤んだのが良くなかった。二人が勢いづいた。


 『あー、お待たせ〜』


 その上、間が悪い事に彼女達の待ち人が来た。妙に軽い口調の男達はだらしなく着崩し、合わせて態度も横柄だった。


 私との対話中だと言っても取り合わない。挙句、私を取り囲んで好ましくない笑みを浮かべる。距離を詰めてくるので下がれば、後ろの者が私の肩を掴む。顔を近づけてきたので、払おうとすれば手を取られる。彼女達を見れば最初の一人と話しながら、こっちを見て何か言っていた。


 

 『へえ、優越を歪める… それはなかなか』


 好ましくない笑い方をする。

 でも、指摘はしない。


 流石に初対面で人格を否定するのは宜しくない。話を進める為、彼女達にもう一度言った。


 『お前ら聞いたかよ、成し遂げて出来たと思ったらいけないんだと。愉悦とやらでいけないんだとー』

 

 一斉に笑い出し、口々に野次が飛ぶ。


 『優越? わぁ、すごい。この人、私達の事を決めつけてる』

 『愉悦? さっきの話のどこでそんな話になるんです?』


 『『 迷惑だから、思い込みで言うのはやめてくださいねーー!! 』』



 再び沸き起こる笑いの渦。

 手を取られたままの私は目を細める。


 難しく言ったつもりはないのに、どうして言葉が伝わらないの? 


 『んなこと言ってたら、俺ら上がったりになるじゃねえか』


 これは言い含められたのかしら?

 それとも、言い包められた?

 

 『なぁ、姉ちゃん。んなご立派なこと言うならよ、俺らと遊んでいくか! 違う世界が見えるってもんだぜ!』


 強引に話を纏めるなと言うのに。

 良い年をして、自分の理を語るだけの子供の頭はやめて欲しい。私に返した言葉は枝葉でしかないと、どうしてわからない? 私に落とせる枝葉の答えで満足しろと?


 ああ、でも時間は多く割けない。美談も嫌。だけど、心は動いた。


 百聞でも一見でも足りない。

 ならば、手っ取り早く体験させれば良いの?



 『こんな世の中だからさ、良い思いの一つもしたいだろ?』

 『…こんな世?』


 『そうとも俺らにすりゃあ、上がどれだけやろうとぜーんぶこーんな程度の世の中よ!』

 『…その意、不敬である』


 『ああ?』


 琴線に触れるでは済まない愚かしさ。示した象徴もわからぬか!と、権威を翳して断罪の風を吹き下ろした。





 人に対する祓いは優しくない。

 断罪により引き剥がされた穢れは己を模した影と為る。影は足で繋がり、繋がるが故に戻ろうと本体に覆い被さる。


 『いやぁあああ!』

 『何だってんだよ!!』


 『なに、なによこれぇ!』


 罪の深さは影の濃さ。

 戻られても困るので最後は足元から切り落とすが、泣き喚くだけで反省も懇願もしない者は暫く放置するに限る。


 『た、助けろよ!』

 『お前がやったんだろ!! お前の所為だろ!!』


 本当に放置するに限る!!


 

 祓われたと理解させる為、再び力技で引き剥がし、風の刃でジャキン!と音高く切り落とす。響く余韻と繋がりが切れる感覚、それらに打ち震え怖じる中、風で穢れを光と還すが定番だ。


 だが、切るが故に切り残しはある。

 逆に言えば、そこに付随する意味を理解しろと言うの。




 私は貴族の出であり、力を有する。

 力と資質が適合したので、小鳥を免除され鳥姫となった。家の名と献金でそこそこ良い部屋も貰えた。鳥姫であれば、そこそこの部屋は普通に貰えるから違うかもしれない。


 それでも十三で鳥姫となり、十八の今、高位に位置するのは私の努力の賜物であり、家の名は関係ない。実力なくして祓いは勤め上げられない。

 

 鳥姫の名を戴く者は実質の権威を有する。金がないなど瑣末な事だ。



 

 最後の甘味までしっかり頂き、口元を拭ってから口を開く。


 「とても美味しいお魚の煮付けでした。お味が良く染みて、本当に美味しかったわ。 …それと同じで、あなたの言葉は誰よりもあなたの心に響いて、あなた自身を養うのでしょう。その養いの中心に見下す心を据えないで欲しいの。『今だけ、必要な時はしない、区別はついてる』と言うけれど、心は引き出しと違って境がないわ。常に混ざるもの。そうして出来上がるのが自分。


 見下しに慣れるは、毒されると同じ。


 そう表現するのも酷いのでしょう。でも、密やかに毒されるのが心。私に愉悦の心が混じれば… 私は人を人とは見なくなるかも。いいえ、こんな者達がと見下し捨てるでしょう。常に清廉であるは難しく、私も無理です。ええ、無理ですわ。罵りも吐き捨てる思いもあるわ。殴れば涼やかよ? 先程のようにね。それでもと、願うのよ。 見下す事や嘲りで心を満たし、あなたの心を養わないで  ね?」


 付き人の彼の意見をしっかり支持して、二人にもっと反省を促す。自分の微笑みに念押しを加えてみせる。この年で無邪気はないわ。


 そんなもの、ある訳ないわ!!

 こんな者達が増えたら聖樹様にどんな影響が出て、帝室にどれだけ負担が掛かる事かぁあああ!!


 「私が言った、不敬が示す先はわかりますね」


 「はい、この国の要である聖樹様にです」

 「はい、この国の指針である陛下にです」


 二人が大いに反省に萎れた所で良しとして、これにて食い逃げに いえ、奢りの食事会をお開きにしようとした。


 「今宵は何処かへお泊まりでしょうか? 是非、主人にお会い願いたく」


 付き人の彼に捕まった。

 主家の娘の為とはいえ、あれを騒動にさせなかった手腕には恐れ入る。


 「日暮れはまだですが、夏ですから往来も途切れませんが、それなりに馬鹿も、いえ酔っ払いも出ますので! 宿泊のお世話をさせて頂きたく!」


 「私達からも」

 「お願いします」


 似てない双子が素早く移動し、左右を占めて腕を取られる。


 「…いえ、私は」


 後は地域の聖殿に任せようと思っていたのだけど。



 『始めた祓いは最後まで行いなさい』


 頭に響いた教えと、腕を取って離さない二人の小さな震えに観念した。困ったような微笑みの裏で無念の涙を散らせてみせた。





 「お前達は! 聖官様から話を聞いたぞ!!」


 ご両親を前にすると、似てないと思った双子は家族とわかる程に似ていた。謝意と礼に徹した後の父親にこってりと叱られ、母親には「どうして、こんな…」とじんわり泣かれていた。私からすれば後でやって頂きたいのだが、私の隣に聖官がいる以上やらねばならぬ儀式になっていて辛い。急ぎたいのに。


 思い出す『美談』が心を苛んで、本当に辛い。でも、顔には出さない。だって、私は美麗な鳥姫ですもの。




 「では、今日のご縁によりまして」


 この家の祓いなら三の舞で十分だろうと、一目でわかるように手足に力を滲ませ、光を纏い、祓いの舞を行った。小鳥のやり方と違い、一息に締め上げ巻き上げて祓いやったので大層驚かれていた。市井の祓いは小鳥か花守、肌で感じる違いが大きかったのでしょう。私もあんまりこんな事しないのだけどね。



 

 「ああ、結局…  疲れた」


 寝台に横になれば、体が一気に重くなる。


 ご両親の歓待と宿泊を柔らかく辞退すれば、一悶着。聖官の制止で、せめてもと宿泊先の手配に留めて頂き、助かった。その間に双子達は、あれもこれもと衣装に飾りを出してきた。一式だけ貰って着替えた事で私は季節に合った姿になれた。人目が痛くなくなったのは普通に嬉しい。


 「ふ… 」


 二人の泣きそうな笑顔を思い出すと、今宵は闇が怖かろうと心配になる。注意はしたが、差異を不安に受け止め過ぎぬと良いがと…  気持ち、祈る。


 踏まえて自身の行いを振り返れば  心が痛い。冷静な判断を下した結果でも、あれは暴力だろう。それに祓いはできたが、私の心は 綺麗かと問われれば   綺麗だと  言い切れない。


 私が望むのは皇太子妃になりたいからだ。その思いが邪と言えば、その通り。



 私は十三の年に参殿した。

 同様に参殿する皆様と共に仕来りである白の衣装を纏って出た。袖と裾の長さ、胸元は大きく開けない物と決まっていても、それ以外は自由。華美も清楚も交えた皆様の衣装に目を見張ったり、人の多さに逆上せかけたりと式が始まる前から大変だった。


 そして、静けさの中で始まった式典で。

 並ばれる帝室の方々を見て。


 私は第一皇子殿下に恋をした。陛下に続き、祝辞を述べられる殿下の声とお姿に二度目惚れして 止まぬときめきに真っ赤になりながら、順番で得られる僅かな時間に間近でお顔を拝し  ふわふわとした頭で式典を終え、家に帰った。


 翌日、恋を自覚した私は必死で頭を巡らせた。


 客観的に見て家格は何とか引っ掛かるだろうが、お友達と自分を比較すると… 頭の出来と容姿に自信はなく、人を押し退けるのは難しいと答えが出た。泣いた。でも、諦めきれなかった。母に聞き、そこから父に話が回り、巡って兄にもばれてしまった… あれは恥ずかしかった。


 本気ならと、真剣に可能性を模索して貰い。


 最終的に鳥姫を選んだ。

 貴族の娘なら一度は鳥姫に憧れる。でも、役割の重さを知ると更なる憧れと同時に遠い存在にもなる。


 妃が鳥姫の称号を持っているのは、慶事。頭の出来が、ちょっと政治向きでなくてもいける。 …後から、実技だけでは駄目なのも身を以て知ったけど。


 母には不安がられたが、私は勢いで家を離れ、聖殿に入った。


 社交を重ね、「もっと人となりを知ってからでも」とも言われたが、家格やその他を考えると碌に機会はない。あっても、そんなにじっくりは話せない。その機会も、多分… 舞い上がって口上も全部飛んで真っ赤になってしどろもどろな私に笑いあって終わり。見えてる。


 だから、理に適った道を選んだ。


 そして、昨年。

 殿下は聖樹様に選ばれ、立太子となられた。可能性は一番高かったから、「やっぱり!」と喜んだけど、もっと遠い存在になった。


 立太子となられると、半年から一年を掛けて聖樹様との同調を試みられる。それにより人格が大きく変わる事はないが、人に対する好ましさは変わるとも。


 同調に目処が立った事で、今年、皇太子妃候補の選出が正式に始まった。私は間に合った。私は目論見通り選出されるべく、推薦を受け、今に至る。


 「こんな、打算と 言える心だから…    直ぐに術が解けなかったのかも」


 自嘲が溢れる。


 願いと思惑。

 恋う心と決めた目標が 日々を過ごす時の中 どこかで、ずれてしまったのでしょうか?



 「こんな気持ちの鳥姫は、神鳥様も嫌でしょう」


 私は一度も神の鳥を見た事がない。それでも、『子供の頃、とても美しい神の鳥を見た』とお祖父様のお祖父様が言っていらしたと言うのは聞いた。お祖父様が聞いたのも子供の頃だと言うから「何代前なの?」と遡る話…



 世界には聖なるモノと魔なるモノが同格で存在し、その上に神に連なるモノが存在する。そして我が国には聖樹が植わっている。


 国の聖樹の成り立ちは二つあり。一つは神鳥が気に入り巣を作り、過ごす内に力の影響を受けて聖樹と成ったもの。もう一つは、神が神鳥の為に聖なる止まり木として手ずから植えたと言うもの。


 真実は帝室のみぞ知るで、明らかにはされていない。どちらにせよ、我が国は  先達は失敗している。


 神鳥がいて聖樹があり、二つの安定した力により大地が潤い、人々は安住を求めて集い、村を作り町を作り発展して国となり、遠方からも人々が流入した。結果、それなりだった国は大きくなり更なる安定を求めて聖樹に手を出した。


 神の鳥がいない折に剪定と称して枝葉を切り落とし、他へと植えて国土を広げようとした。


 巨木でもなかった聖樹は見るも哀れな姿となり… 何より、人の欲の手垢がついて汚らしくなってしまったのだと。我が国における穢れの始まりだ。


 その穢れを人の目に、はっきりと示したのが神鳥。


 帰ってきた神の鳥は聖樹に止まろうとはしなかった。延々と旋回し、背を向けた。後日、また来て回り続けて飛んで行った。人々は失敗を悟って落胆したが、聖樹も思う事があったらしい。


 暴れた。

 それはもう、凶悪に暴れた。


 敬ってはいたが木は木だと思い込んでいた人々は驚天動地を通り越し、「聖樹が魔樹に転化する!?」と悲鳴をあげた。謝罪と祈りとその他をあげたが、そんなもの。聖樹は泣きあげるように揺れて揺れて揺れて揺れて地震を引き起こした。


 聖樹の嘆きが聞こえたならば、きっと『自分の存在意義がー!!』と叫んでいたのではないでしょうか。


 大規模な地震は一度だけと記されていたが、小規模は貧乏揺すりの如く延々続いたとも。小刻みに続いては止み、止んでは続く聖樹の嘆きの暴発は各地に植えた挿し木にも反映され、寄せ返す細波が増幅されたかのように地震は広がり続け、力の波は留まる事を知らず、人々は逃げ場もなく憔悴した。


 人々は神に救いを求めた。


 生きたかったのですと。

 私達は、皆がもう少し楽に生きる為に、その手段として聖樹に手を出したのですと。このままでは飢えるやも知れぬと、皆で生きたいと願う一心がこの事態を引き起こしてしまいましたと。欲はあれど、決して神鳥を、聖樹を蔑ろにする思いはなかったのですと。


 心からの懺悔の祈りが認められたのか。

 神の差配か、偶然か。それとも、当時の人の脚色か。


 直後に光り輝く神鳥が現れたとある。


 世界に三羽、存在すると言われる神鳥の中で最も優美で優雅と敬称される神鳥が羽を広げてゆるゆると体の大きさを変えながら地面に降り立つと、地震はピタリと収まったとか。その後ちょこちょこ歩いて聖樹を一周し、しばら〜〜〜〜く眺めた後、徐に翼を広げて溜を取り、神の鳥は羽撃いた。


 たった一度の羽撃きで生まれた光り輝く風は穢れを一掃し、元の聖樹へと戻したそうな。それでも、直ぐに枝には止まらず。寧ろ、本当に綺麗になったのか怪しまれていたそうで… ちょんちょんと片足で確認されたそう。


 心情は兎も角、片足確認は真実であり、聖樹様の御心にそれはそれは大きな傷を残された。


 その心の傷が、人との対話の必要性を聖樹様に強く認識させたと学んでいる。そこから、意思の疎通の為に選び出された人間が現帝室の始まり。私達は飽く迄もお仕えし、その恩恵を授かる身だが、口の悪い他国の人は聖樹の傀儡とも嗤う。



 「私は殿下と共にありたい。聖樹様が神鳥様を恋われるように 私は 殿下をお慕いしています」


 聖殿にあっても耳にする帝室の噂話に、家族からの手紙に。殿下のお名前を聞けば、どんな些細な噂でも耳にしたいと顔を出した。話に小さくときめいて幸せな気分でいられた。


 「でも… 失敗だったのかしらね… 」


 殿下は、とある方と良い感じであるらしい。その方が今回の試験を一緒に受けている。一目見て圧倒された。高位の鳥姫となり、多少の自信もできた私をあっさりと立ち姿だけで圧倒した。


 『私では… 』


 そんな気持ちになってしまった。祓いの力はなくても、別の力で資格を得、鳥姫の称号を取りに来られた。


 思い出すお顔と、立ち振る舞い。


 じわっと心に弱気が広がる。

 スンと鼻を啜りあげると泣きたい気分で、枕に顔を埋める。まだ終わってもいないのに弱気になってる自分を叱咤し、きつく目を閉じるけど 涙が滲む。


 顔を枕に強く押し付ける。

 こんな気持ちは、なかった事にしたい。


 『何があろうと時間内に、時間を過ぎれば誰であろうと終わりです。誰かを助ける為に時間が過ぎたのなら、それは美談です。それだけです、わかりましたね』


 私は鳥姫だ。

 鳥姫であるから、そこに自分自身を預けていたから…  心が動いた。双子の気配、生じた迷い。迷いなく選ぶべきものを天秤に掛けた。


 図らずも掛けた事実を押し込め、前向きに意識を切り替え、手を差し伸べた。ちょうど良いと。聖殿を頼る事は禁じられてはいないけど、自力で遣り遂げたとも言い難い。だから、ちょうど良いと。


 それは目を瞑るような感覚で。

 正しくも、間違いでもない、そんな感覚で。


 何かあれば、全てを差し置いてでも駆け付けるのが正しい。殿下の為に、陛下の為に、国の為に、躊躇いなく人を見捨てていける…  その強さを試されているのだと…  そう、理解して  私は。



 「…まだよ、まだ大丈夫」


 胸元から引き出した青玉、中の光は  まだ、大丈夫。


 「予定通り、よ」


 食事も休息も必要、今日の行いは予定通り。

 そう自分に言い聞かせ仰向けになり、青玉を胸に当てて両手で押さえる。


 『聖樹の力が込められた玉に、あなたの力を込めて染めなさい。染まった色があなたの仮称です』


 今の私は、(仮称)青の鳥姫。

 通常とは違うから正称を得るのは先の話、受かればの話。



 「私は、せめて  はっ…」


 あまりの弱気に口を閉ざす。



 明日は大きく跳躍する。

 もう、寝よう。


 力を抜いて目を閉じれば、私は私と向かい合う。


 時間内でも早い方が良いに決まってる。それ以上はないと明言されたのに。あの言葉に裏があるとでも? あんな理非も道義も己に据えた者達の為に、秤にも掛けられぬ程度の祓いの為に、今までの努力を失うと言うの?


 取り返しが付かない事になったら、どうするのよ!? 裏読みなど間に合ってからで十分よ!!




 後悔と、呼べそうな感情。

 膨れ上がり、一色に染まってしまいそうな私の心。


 私は私に、それでも私は鳥姫だと答え。私は私であると理を通す。通せば、向かい合う私の目から涙が滲む。顔を歪める私に私は気概を問うの。


 終わってないわと踏み止まるの。


 私は鳥姫よ。

 囚われず、飛んでみせてよ。





 殿下を思い出す。

 二年前に見たお姿で心を満たし、幸せで嘆く心を抱き締める。宥め、ゆるゆると眠りに落ちる中、私は私に囁く。


 

 私は 私の世界は

 あの頃に比べ、少し 広がったわ。


 あの頃より、少し綺麗になった私で 殿下に、お会いしたい。お会いするなら綺麗だと言って貰いたいじゃない?


 そうよ、会うのですもの。



 綺麗な(確たる)私で、お会いしたい。

 





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