第二十四話 寂しさも嬉しさも同じ所から生まれる
さて……。
私は机に座り、引き出しの鍵を開け、中からノートとペンを取り出す。
ノートを開き、真っ白いページに書き始める。
思い返すと、私は碌な子供ではなかった。
狭い部屋に——カリカリとペンの走る音が響く。
龍人族始まって以来の神童、そんな風に周りからはチヤホヤされていた。
確かに、教えられた事は大抵すぐに出来たし、精霊術も面白いぐらいに使えた。
なんて世界は簡単なんだ。
私は天才だ。
そんな事を思う、勘違いした子供だった。
闘いも、歳の近い子には負けることはなかったし、大人を組み伏せる時すらあった。
殴る蹴るも、精霊術を考えるのも楽しかったけど、私は何故か? 体を治す事に興味を持つ。
理由は忘れた。きっと、些細な事だろう。
医学は面白かった。
性格に合っていたのだろう。
医学に興味が湧いた私は、どんどんのめり込んでいった。
治すとは、壊すことの表裏一体だと知った。
学んでいく内に、その研究の際に新たな精霊術も生み出した。
全てを喰らう術。
しかし、時々考える。
私自身が、この道を選択したのだろうかと。
わからなくなる時がある。
空から垂れた何本もの紐。
それを選んで掴み、登る私を、上から誰かが見ている気がする。
選んだのではなく、選ばされている。
そんな気がす
——ペンを止め……、息を吐く。
ページをめくり、真新しい白にまた書き始める。
この世界を変える事ができるかも知れない力に出会った。
村を災厄に襲われ、生き残った唯一の少女。
創られた子供。
リリーの血を調べて驚いた。
見た目は人間の子供だが、魔人の血が流れている。
そして、神の血も。
あり得ないことだ。
これは予測を超えないが、リリーの母、シズカの両親。
リリーから言えば祖父母。
その祖父母が行っていた実験が関係しているのではなかろうか?
その結果がシズカであり、その子、リリーが答えだとしたら。
人を捨て、人間をやめて神に至る。
人を神にする実験、それは何の為に?
災厄への復讐、あるいはこの世界の。
戦って闘って、何度も死にかけて、また立ち上がって、戦って来た。
私はいつからか、悟ってしまった。人は、生き物は神には勝てない。
しかし、
……私は思う。あの子の力なら——
『——パタンッ』
ノートを閉じ……ペンを元に戻す。
「ふーー……」
少し長いため息を吐き、書いた字を眺める。
(少し、感情的になっているな……柄でもない)
私はノートを机の引き出しにしまい鍵をかける。
窓から入る光に目を細める。
優しい光は、空中の埃を照らしてキラキラしていた。
——神は今でも暇潰しにこの世界を眺めているのだろうか?
私の妹、リリーは……。
「サユ姉ちゃん! 早く! 早く!」
突然、部屋の外らか騒がしい大きな声が、私を呼ぶ。
「もう、出発だよ!」
時間か……椅子から立ち上がり、首を回す。
今日は……旅立ちの日か。
「はいはい。わかった、わかった」
部屋のドアを開けて、外にでる。
「まったく、十三になっても相変わらず……お転婆だな」
一年なんてあっという間だ。
背の伸びたリリーは、私より頭半分低いくらいで身長はもうあまり変わらない。
あれから討伐や、特訓……戦いに明け暮れた。
一対一の殴り合いの勝負は私が勝ち越しているが——正直、もう闘ったら五分五分だ。
力比べならばな……。
誰が思おう。あの子が倒した神血の災厄の数は十は超える。
「早く! 早く! 置いてくよーっ! サユ姉ちゃん!」
元気よく家の外に飛び出していくリリーの後ろ姿を見て……どうして今更、あんな事を書いたのかわかる。
多分、この知らない感情、この胸の奥の気持ちは……寂しい、の、だろう……。
家族と別れる時は、こんな気持ちになるものなんだろうか……?
靴を履き、外に出て、リリーが開けっ放しにしたドアを閉める。
目に入るまぶしさに上を見ると——思ったよりいい空だ。
どこまでも青色。白い雲と月が三つ浮かんでいるのが見える。
今日、リリーは旅立つ。
「門出か……」
小さく呟く。
この里、龍人族の里から旅立つ。
可能性を伸ばす為だ。
人間の世界で暮らしを学び、勉学を学ぶ。
リリーは薬師を学びたいらしい、ここではそれは出来ない。
夢は父の様な薬師になる事だそうだ。
とは言っても……ディザイコルの討伐があれば数少ない頼りになる戦力だ。
勿論、声をかけるし、呼び戻す。
だが、胸がなんだか小さくざわついて落ち着かない。
そんな、センチメンタルな自分に驚きつつ見ると、人の気も知らず、少し遠くでピョンピョン飛び跳ねているリリーいた。
何だか、私だけが損している気がして、イラッとする。
「サユ姉ちゃん早くーー!」
リリーは、——サッと、ラビットホースに跨り、こっちを見ている。
団長……は、あまり、言いたくは無いが……滝のように涙を流しつつ、同じように隣でラビットホースに跨っている。
ああ、そうか、これは、この感情は。
——寂しいと、嬉しいが……。
妹の門出……。
そうか、困ったな。
参った。
気づいてしまうと簡単だった。
私は……わたしが思っている以上に、彼女の事が大切なんだな。
そして、君と関わって変わってしまったみたいだ。
嬉しそうに笑うリリーを見て想う。
たくっ、姉ちゃんをこんな気持ちにさせるんじゃないよ!
「リリー! 人間の世界をしっかり見るんだよ。君はまだまだ、これからなんだからな!」
最後のラビットホースに飛び乗って、里を後にする。
私とリリー、団長の三人で走り出す。
目的地までは一時間ぐらいか?
私は自分の気持ちに驚きながら、新鮮に感じていた。
君を待っていたのは私の方がだったのかもな……。
三人は、団長の古い知り合いだと言う、とある町のギルドマスターが指定した、場所に向っていた。
私のこの胸のうずきは消える事なく、青い空と白い雲に滲んで、何処か寂しくも嬉しくあったのだった。
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