第二十一話 いつだって本当は決まってる
もうもうと、白い湯気が立ちこめている。
——風はない。
その白は、二人の姿を隠し曖昧にはしているが、その裸体を隠すほど濃くはなく、空は青かった。
大人ほどのサイズの岩を何個も使い、作られた露天風呂。
なみなみと湯を張り、たたえている。
そこは、三十人が入っても余裕がありそうな大露天浴場だった。
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小さな椅子に座ったリリーは、泡が目に入らないよう、ぎゅっと瞑っている。
何かが腐ったような……温泉独特の臭いがリリーの鼻孔を抜ける。
「くさいー」
ポツンと、リリーの小さな独り言。
それは漂い、湯気と一緒に空に浮かんできえていった。
『ワシャワシャ……ワシャワシャ』
サユお姉ちゃんが細い指を動かして、私の頭を洗ってる。
その軽い振動が、私のポコっと膨らんだお腹を揺らす。
「うーん、お腹いっぱい……く、ぐるしい〜」
ごはんを食べすぎた苦しさで、私は顔を俯いて息を吐く。
「コラ、じっとしろ。洗いづらい。大体、八杯もおかわりするからだ。その小さい体のどこに入っていったんだか……」
お姉ちゃんは、私の頭を押さえつけるようにして、両手で強くワシャワシャしてくる。
「だってー、お腹ぺこぺこだったし……、サユ姉ちゃんの作る料理はいっつも食べすぎちゃう……美味しいから!」
『……ワシャワシャ……ワシャワシャ、ポンッ』
「よしっ終わり!」
照れ隠し……? 最後に何故か、私の頭を叩いて……。
『バッシャーン!』
サユ姉ちゃんがお風呂から桶でお湯をすくって、泡まみれの私の頭に掛ける。
『バシャ、バシャ、バシャ、バシャ!』
何回も。
「ゴホッゴホッ! もうっ、掛ける時は言ってよ! 口にはいったじゃない!」
「いっつも、ポカーンと口を開けているからだろう? さあ、早くお湯に入りな」
私の抗議はあっさりとスルーされて……両脇を抱えられて、「えいっ」っと投げられる。
小さい放物線を描いて……。
『バッシャーーーーン!!』
——お風呂のなかに落ちる。
落ちる前に見た、サユ姉ちゃん……少しだけ嬉しそうだった。
素直じゃないなー。
『ブクブクブクブク……』
息をはき出しながら沈む私、……落ち着いて底を蹴ってお湯から飛び出す。
「ぶはっ! はーー」
顔を出して息を吸う。
大人が立ってちょうど、肩ぐらいまでお湯がある。
背の低い私には足が届かない……。
みんなが、お風呂好きなのはいいんだけど、私にはちょっと大きいのよね……。
「はーー、はーー」
お湯から顔を突き出して泳ぎ、大きな岩を掴む。
窪んだ丁度いい所を見つけて私は座る。
「ふーーーー、いいお湯だ」
肩までお湯に浸かり、ビヨーンと足を伸ばし目を瞑り、おっさんくさいため息をつく。
チラッとサユ姉ちゃんの方を見ると、頭を洗い始めている。
うーーん? 湯気に多少隠れてるけど……ぶるるん……ぶるるんと……。
やっぱり、何回も見てるけど……すごい。
けしからんっ! 何食べたらあんな大きくなるの!?
私はじーっと、ゆさゆさと揺れるサユ姉ちゃんを見て、「いい事を思いついた」と、小さい声でニヤリと笑い……唱える。
「友よ、私の声を聴け。力を貸して。一人ぼっちの隠れんぼ」
精霊術で、私の存在はだんだん希薄になっていき……気配が消える。
——よし、と心の中でつぶやいて、静かにゆっくりと、ゆっくりと湯船から上がる……。
ソロソロと、私はサユ姉ちゃんに近寄る……もちろん呼吸も止めて。
そうとも知らずに頭を洗っているお姉ちゃん……。
にひひ。ついつい我慢しきれず笑いがでる。
後、その距離一メートル……いけるっ! 私は、そのたわわな二つの果実に突撃しようとするが……。
「リリー、そこにいるでしょ? 馬鹿ね、バレバレよ」
——えっ? なんでわかるの? どうして!? 焦る私の気持ちを遮るように。
「そりゃ、いきなりリリーの気配が消えたら警戒するよ。ほら、動揺して術が解けかかってる」
サユ姉ちゃんは変わらず頭を洗っている。
くっ、ここまで来て、諦めるなんて!
しかし……その後ろ姿には……隙がないっ!
流石、里の二番目の戦士!
えーい! ままよっ!
——私は突撃するっ! 揉み揉み大作戦発動だっ! いけいけいけ!
後ろから抱きつく形で、揉み揉みしようと手を最速で伸ばす……と、『ガシッ!』っと掴まれる。
「甘いなリリー……。気配を残して、消すべきだったな」
意味不明な言葉を言い、頭から流れる泡の隙間から右目で私を見る。
片手で掴まれた両手首はビクとも動かない。
悔しくて、ツーンと私は唇を尖らして……尖らして……真正面から見てしまう。
サユ姉ちゃんの裸を。
綺麗だな、なんて思ったその時。
ヒュンッと視界が一瞬で回る。
クルクルと回転する景色。
あれれ?
空高く投げ飛ばされた私はそのまま落ちて……。
『バッシャーーーーーーンッ!!』
さっきの比ではない、しぶきを上げて沈む。
もうっ、ギャグが通じないんだから……。
『ブクブクブクブク……』
底を蹴り、また浮き上がる。
「いったーい。もう、サユ姉ちゃんやりすぎ」
バシャバシャと泳いで岩を掴む。
「ん? そこまで力は入れてなかったのだけどな」
泡を流したお姉ちゃんは、何事もなかったようにパチャッとお風呂に入って、隣に来て座る。
「人を二回も投げ飛ばして、よく言うよ」
私は、サユ姉ちゃんを見て悪態をつく。
「はっはっはっは。でも、なかなか良い精霊術だったぞ、理を理解し始めている」
「そんなん言ったって、すぐお姉ちゃんにはバレちゃったし……」
お姉ちゃんは笑った後、真面目な顔をさして私に聞く。
「……リリーは今、レベルはいくらだ? 私たち龍人族はいくら神血の災厄を討伐しても上がらないからな」
「……八だよ」
「そうか、それは自然とわかるのかい?」
「なんか、声が聴こえる。上がる時に」
「なるほど……また……、討伐に行きたいかい?」
私は思い出す……神血の災厄討伐。
無理やり、おじいちゃんとサユ姉ちゃんにお願いして連れて行ってもらった。
それは、大きな赤いツノを持ち、二本足で立つ牛。ミノタウロスタイプのディザイコルだった。
最後はおじいちゃん……、団長がトドメを刺し勝ったけど……何人もの仲間が倒れ、私も大怪我を負った。
怖い。
——だけど、もっと怖いものがある。
「行きたい」
私はバチャンと音をさせて、サユ姉ちゃんと向き合い言う。
「今度の討伐にまた、連れて行って」
お姉ちゃんは言う。
「北に一体みつかったらしい。団長はそれを確認しに今、北に飛んで行っている……でも、リリー。まだ君の、力じゃ足手まといなのよ。神血の災厄を狩るのが私たち一族。まだまだ……リリー、君は弱い」
分かっている。だから、私は用意していた言葉を使う。
「じゃあ、私と勝負してサユ姉ちゃん。勝ったら……討伐に連れて行って」
私の言葉は、空にきえることなくとどまり答えを待つ。
それは、上手くなんて行かない、だけど、だから考える。
「お姉ちゃんが、考えてるよりずっと強いよ私」
ハッタリだとしても、少女は言う。
「秘策があるんだ」
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