第1章 第5話 少女の殺意
前回は投票を行いませんでしたので、そのままお話を進めます。
ファテリナお嬢様のダンジョン観光、そしてモントレの騒動があってから数日が経ちました。
あれから、ファテリナお嬢様は毎日のように、この案内所に顔を出すようになっていたりします。入り浸るものですから、結構な数の冒険者の方と顔なじみにもなっているようであります。
このお嬢様、お家に帰ったりする気はさらさらないようでありますね。
今のところダンジョンには入れないと悟っているのか、最近は鎧姿ではなく、チュニックにズボンと軽装であることが多いであります。煌びやかな鎧姿でなくても、隠せない金持ちオーラがなかなか小癪であります。
「ねえ、今日もおじさんはいないの?」
「ええ。なんでもまだ腰痛がひどくて立ち上げることも辛いらしいでありますよ」
モントレの鎮圧で、自分の歳の事も考えずにハッスルしたものですから、身体が悲鳴を上げたようであります。
「ふーん。つまんないの」
お嬢様は、受付に顔を乗せて不満げに唇を尖らせます。
あのおっさんが居ても、楽しいことなんてあるのでありましょうか?
それに、トールさんがここ数日出勤していないのは、身体のせいばかりではないと踏んでいるであります。
モントレの解決に他の冒険者の方々を巻き込んだ際に約束した報酬。
トールさんはえらく気前のいい事をぶち上げていましたが、やはりというか、組合からは思ったほどの報酬金は出なかったようであります。
翌日から、いきり立った冒険者の方々が受付に殺到して、「トールぶっ殺す」だの、「あのクソおやじを奴隷商に売り払え」だの、それはもう大騒ぎでありました。
おそらく、トールさんはこれを見越して顔を出さないのではないでしょうか。
あのおっさん、危機回避能力は高めのようでありますから。
「それで?冒険者登録の方がどうでありましたか?」
私がそう聞くと、ファテリナお嬢様はキリリと眉を逆立てます。
「聞いてよ姉さま!イゴールはすんなり登録できて、ダンジョン探索許可書まで出たのに、私の場合は審査待ちとか言って、まだ登録すらしてくれないのよ!おかしいよ!絶対パパの差し金よ!」
受付のテーブルをバンバン叩きながら、そうがなり立てます。隣に立つイゴールさんは「恐縮です」と身を縮こまらせながら、細い舌をチロチロさせていました。
基本的に、ダンジョンの探索をするには冒険者組合に登録を済ませ、しかるべき審査を受けてから探索許可証を受けなくてはならない決まりとなっています。
まあ、よほどの前科者や他国の間諜の疑いがある、というわけでなければ、大抵の人はすんなり許可が降りるわけでありますが。
なので、確かに許可が下りないとなれば、何らかの圧力があるのかもしれませんが……お嬢様のパパ様とやらは、組合の審査に口を出せるほどの力を持っているのでありましょうか。
「まあ、事情は分かりませんが、パパ様なりにお嬢様の身を案じてのことなのでありましょう」
私がそう言うと、お嬢様はふんっと鼻を鳴らします。
「あの人は、なんでもかんでも支配しておきたいだけよっ!」
「だ、旦那様はそんなおつもりではないと思いますが……」
「イゴールは黙ってて!」
「は、はいっ」
……なんでありましょう。お嬢様の話が本当だとしたら、お嬢様はパパ様似なのではないでありましょうか?
その時であります。「おーい、エヴァちょっといいか」と、別の受付から私を呼ぶ声がしました。
「あ、はーい。お嬢様、ちょっと失礼するでありますよ」
私はその場から離れ、呼ばれた方に顔を出します。
そこでは、同じ所員のアレンさんが困り切った顔で一人の小さな女の子に何やら説明をしているようでありました。
「アレンさん、どうしたでありますか?」
「ああ、エヴァ、すまないな。このお嬢ちゃんがな……」
見ると、短い栗色の髪をした私と同じ猫人族の女の子がまなじりに涙を溜め、薄汚れたスカートの裾をギュッと握りながら立っていました。
「このひとでなしぃっ!」
女の子がそう叫んでグズグズと鼻を鳴らしながら涙を手の甲で拭っているであります。
「……何事でありますか。アレンさん。まさか……」
私がジト目でアレンさんを見ると、彼はわたわたを慌て始めます。
「ちょっ!ち、違うぞ!俺は別に変なことは……」
ちょっと!と、アレンさんは私を呼び寄せると、耳打ちを始めました。
「あの女の子はな。冒険者をしている兄貴を探しに来たっていうんだよ。だから自分をダンジョンに入れてくれって。な?分かるだろう?」
……ああ、そういうことでありますか。
私は改めて猫人族の少女の姿を見ました。
年の頃は10歳になるかならないかといったところでありましょうか。粗末なワンピースを着ているだけで、身体はかなり薄汚れてしまっています。まさかファナトリアからここまで、一人で歩いてやってきたのでありましょうか?
「お名前は何というであります?」
私がそう尋ねると、女の子は涙を拭うのを止め、表情をキュッと引き締めると決然と言い放ちます。
「わ、わちは、ゴラとアニーの娘、タニア。タニア・ローカス!」
タニアと名乗った少女は、一つ唇を強く噛みしめた後、言ったのであります。
「わちは!兄上を……デニス・ローカスを……殺しに来たです!」
「デニス……デニス・ローカス……うーん。やはり、もうダンジョンの中にはいないようでありますねえ」
私は、ダンジョンの出入りを記録した魔法具の管理名簿を検索して、一通り調べてみましたが、デニス・ローカスなる冒険者は、すでに2週間前にダンジョンを出て、それ以来こちらへはやって来ていないことが分かりました。
ちなみにですが、冒険者の出入記録はダンジョンに侵入する冒険者の方には必ず行ってもらう決まりになっております。
方法としましては、組合発行のダンジョン探索許可証を出入りの際に魔法具にかざすことによって自動的に記録される、という仕組みになっております。
さらにちなみに、この魔法具は商売の神トトスの司祭の神聖魔法によって作られるものでありまして、結界石と同じく、維持する為のコストに組合は頭を(以下略)。
「これを見る限り、あなたのお兄様は2週間前にこちらに来て以来、一度もダンジョンへはやって来ていないようでありますね」
「じゃあ、どこで油を売ってると言うですか!」
「いや、知らないでありますけど」
わなわなと震える同族の少女、タニアさんに諭すように言います。
「とにかくでありますね。お兄様はダンジョンで亡くなったとかそういうことではないようでありますから、別の所を探した方がいいでありますよ?」
「わちが殺すまでは、どこでだろうと死んでもらっては困るです!大損害です!」
「意味が分からないでありますけど、どうして殺すなんで言うでありますか?お兄様でありましょう?」
「兄上だからです!大事な大事な妹が飢え死にしそうだというのに、家にお金も入れずにどこかをほっつき歩いてる兄上なんて、自分の首に掛かった賞金でわちたち家族を救うべきなのです!」
お兄様、賞金首でした。
て、まあそれはないでありましょうけど。そんな札付きの方は冒険者登録の時点ではねられるでありましょうから。
「あのですね、タニアさん。そういう事はあまり表で触れ回らない方がいいでありますよ?」
ほら、何人かの冒険者の方が、チラチラとこっちを見てるであります。あの方たち、金の匂いのする話、大好きでありますから。
そんな冒険者の視線に気が付いたタニアさんは、フンッと鼻を鳴らします。
「兄上といい、冒険者なんてロクでもない奴らばかりです!金の亡者の薄情者ばかりです!せいばいするです!」
だからそういう事をこんな所で大っぴらに言うんじゃないでありますって。
「ちょっと!それは聞き捨てならないわね!」
ほれみたことか、と思ったら、絡んできたのは荒くれ冒険者ではなくファテリナお嬢様でした。
鼻息荒くタニアさんの前に立ち、ビシッと人差し指を冒険者の方々に向かって突き出します。
「ここにいる冒険者のみんなはね!確かにお金に汚いし、やたら強面でお風呂にも入ってないから臭くてどうしようもない反社会的生活不適合者のクズに見えるかもしれないけど!でも、みんな夢に向かって日々戦っている勇士たちよ!侮辱しないで!」
この発言に、何人かの方が引きつるような笑みでこめかみに青筋を立てておりました。
お嬢様の中で侮辱というワードがどのように定義されてるのか知りませんが、本人はいたって真面目で悪気もないのですから始末に負えないでありますね。
しかし、ファテリナお嬢様の叱りつけるような言葉に、瞬く間に少女の目に涙が溢れ、スカートを握る手に力がこもります。
「金持ちお嬢様が貧乏人をいじめるです!さくしゅです!おうぼうですぅ!」
そう言って少女がわんわんと泣き始めたのには、さしものお嬢様もたじろぎます。
「ええ?!そ、そういうわけじゃ……!」
それを見た周囲の方々も「こんな小さな子供泣かすなよ……これだから金持ちは」だの「可愛い顔してSかよ……これだから金持ちは」だのと先ほどの意趣返しとばかりに、単なる金持ちへの妬みをささやきあっている始末であります。
少女が幼女を……それはそれで興奮するハァハァ、とか言ってる方はよく覚えておきましょう。要注意人物であります。
それはともかく、わんわん泣き続ける少女に、しどろもどろになっているお嬢様、とこれでは収拾がつきません。
アレンさんに困ったように視線を送りますが、肩をすくめるばかり。
「エヴァは……ほら、同族で同じ女の子だろう?話もしやすいだろうし。まあこれも案内所の仕事のうちだ。なんとか、頼むわ」
などとこちらに丸投げして、そそくさと別の冒険者の相手を始めたであります。
子守は案内所の業務に入ってるのでありますか!?
……トールさんといい、全くここの所員は新人使いが荒いでありますよ。
私はハァと大きくため息をつくと、泣き続ける少女になるべく優しく声をかけます。
「詳しい話を聞くであります。……まあ、任せるでありますよ」
面談室へと席を移して話を聞いてみると、タニアさんのお兄様、デニスさんが行方知れずとなったのはおよそ2週間ほど前とのこと。ダンジョンを最後に出た時期と符号するであります。
デニスさんは、家族を養うために毎日のようにダンジョンに潜っていたらしいのでありますが、タニアさんの話によれば、このファナトリア第9未踏破領域の第10層まで到達した経験があるとのことなので、かなりの実力者であるようであります。
「2週間家を留守にすることは、今までにもあったでありますか?」
「ありえないです。毎日ちゃんと家に帰ってきていました。というか、毎日帰ってもらわないと困るです。わちが待っているんですから。毎日、寝る前に妹の頭を撫でるというのは兄としての義務です。それなのに兄上ときたら……そういえば前に兄上は悪い女にだまされて、その女の家にお泊りさせられるところを、わちが乗り込んで助けてやったこともあったです。兄上は、人がいいのかだまされやすい所があるです。困った人です」
「……なのに、殺すでありますか?」
「大事な妹をここまで放っておく兄上なんて死刑です。きょっけいです。ついでに賞金も手に入って、わちたち家族もウハウハです」
「……そうでありますか」
なるほど。この子も相当な難物であるようでありますね。お兄様が出奔した理由はこの子であるというところまであるかもしれません。
しかし、タニアさんは涙をこらえながら、ギュッと両拳を握りしめると、絞り出すような声で言いました。
「……でも……今回だけは見逃してやってもいいです……帰ってきてくれたら……毎日わちが寝るまで抱っこの刑で許してやらないでもないです。だから……兄上……」
タニアさんの目から涙が零れ落ち、ぽたぽたと彼女の両手を濡らします。
「……」
……この子のお兄様の身を案じる気持ちは本物のようであります。同族のよしみもあります。こうなったら――
「私にまかせて!」
私の耳元で大きな声がしたかと思うと、突然ずいっとファテリナお嬢様の顔が私の頭越しに出てきました。
……お嬢様、居たでありますか。
「私があなたのお兄さんを見つけ出してあげる!絶対に!」
そう言って、ドンと胸を叩きます。ブルンッ、と歳にしては大きな胸が揺れました。なんですか、嫌味でありますか。いえ、私も猫人族として決して小さいわけでは。あ、いや、そんなことはどうでもいいでありますね。
「本当です?……でも、わちにはお金がないです」
「人助けにお金なんて取るわけないわ」
「でも……甘い言葉には裏があるです。後で、わちをどこかに売り飛ばし――」
「そんなことするわけないでしょっ!」
タニアさん、かなりすれてるでありますね。まあ、これぐらいでないと、厳しい世の中渡っていけないでありますから、頼もしくはありますが。
「……ファテリナお嬢様。いいのでありますか?」
「もちろん!」
ファテリナお嬢様はニカリと屈託のない笑顔で答えてくれます。彼女のこの無邪気な善意には、素直に好感が持てるでありますねえ。
「お嬢様」
そこで、横に控えていたイゴールさんがファテリナお嬢様にそっと話しかけます。
「なに?まさか反対する気じゃないでしょうね?」
「いえ。あの方に相談すれば、些かなりとも助けになるかと……」
それを聞いたファテリナお嬢様は、顎に手を当ててしばしの間考えていましたが、あまり乗る気ではない様子ではありますが、一つ頷きました。
「……そうね。気は進まないけど、頼んでみるのも手でしょうね」
お嬢様たちには、何か有力な伝手があるようであります。
まずは、とにかく情報収集でありますね。
私はタニアさんの側に寄り、頭にそっと手をのせます。
「私たちに任せるであります。デニスさんは必ず私たちが見つけ出すでありますからね」
タニアさんは、涙の滲む瞳を輝かせて、「うんっ!」と微笑んでくれました。
「あ、でも本当にわちを売り飛ばすのだけは――」
「しつこいでありますね!やらないでありますよ!」
それでは、まだ中天に日が届くか届かないかといった時分でしょうが、調査に向かうとするでありますか。
仕事はアレンさんや諸先輩方に丸投げ……もとい、任せるであります。なにしろ、これも案内所の歴とした仕事であるようでありますしね!
「では、早速、取り掛かるでありますよ」
さて、これからどうするでありますか――
①まずはお嬢様の伝手を頼らせていただくことにしましょうか。
②とにかく、始めは組合本部で情報を集めるであります。
③トールさんに相談するでありますか。あれで顔が広いでありますし。
④ううっ……急にお腹の調子がおかしく……!調査は任せるであります。
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