第1章 第1話 ダンジョン案内所のおっさん
「あれはヤバイであります!ヤバイでありますよ!」
ダンジョンの天井を覆わんばかりの緑色に発光する巨大なクリーチャーが、周囲にある全てを破壊せんと暴れ回っている。
荒れ狂う嵐のような様相を呈するダンジョンの一角で、冒険者らしき二人がその無軌道な暴力から逃れようと大きな岩陰に身を潜めていた。
一人は獣の耳と尻尾を持つ猫人族の娘。
一人は気だるげで、この状況であってもやる気をまったく感じさせないくたびれた中年男。
「どうするでありますか!?こんなことになったのもトールさんのせいでありますよ!」
猫人族の娘が悲鳴のような声を上げて中年男をなじる。
「人のせいにすんな!そのペラッペラの胸に手を当ててよく考えてみろ!お前さんも人のこと言えねえだろうが!」
「ムキーーーーー!!このおっさん!言っていいことと悪い事があるでありますよ!」
猫人族の娘が中年男に掴みかかろうとした時、二人の頭上で隠れていた岩の一部がクリーチャーの一撃で粉砕された。
「ひいい!」
常軌を逸した巨大クリーチャーの膂力。心胆を寒からしめられるようなその破壊力に、猫人族の娘は震えあがった。
「い、いくらなんでもあれは……どうしたでありますかトールさん」
猫人族の娘は、隣の中年男が何やら考え込む様子を見せていることに、訝しげな視線を送る。
「いや……。ん、そうだな。ちょっとお前さんに聞きたいんだが。お前さんならどれを選ぶ?」
「は?な、なんであります?」
「①一人で化け者と本気で戦う。②猫娘と協力して戦う。③他の奴の応援を呼ぶ。④猫娘を囮に使ってトンズラ。さあどれだ?」
「何を言っているのかさっぱり分からないであります!最後のは何であります?私を囮に使ってトンズラ?!」
「まあ、それはな。俺の意思じゃないってことは、一応言っておくな」
「誰の意思でもやめてほしいのでありますけど?!」
――猫人族の娘は思う。
どうしてこうなった。
ここに至る自分の決断と選択。
正しい選択なんてあるのかどうかは分からない。
しかしもしそれがあるのだとしたら、それを選択できていれば、こんな状況にはならなかったのだろうか、と――
◆◇◇◆
皆さまは「ダンジョン案内所」というものをご存知でありましょうか?
世界各地に点在する「未踏破領域」、いわゆるダンジョンに必ず一つは設置されている施設であります。
主な役割は何かと申しますと、初心者冒険者やそのダンジョンに初トライされる冒険者への情報提供、各種サポート、問題が起きた時への対処と冒険者組合との情報共有。そんなところでありましょうか。
まあ、ありていに言えば、ダンジョン内における何でも屋さんであります。
とはいっても、腐臭漂う常に生死と隣り合わせであるダンジョン内の施設ですので、観光案内所のような悠長な施設でもありません。
我々所員は、ダンジョン内の様々な荒事にも対応できる程度の力量は、当然の資質として持ち合わせていなければならないのであります。
かくいう私は、「ファナトリア第9未踏破領域」のダンジョン案内所に数か月ほど前に配属された猫人族のエヴァンゼリン・ミッドガルド。
何やら偉そうなので皆さまにはエヴァと呼んで頂いております。
さて、そんな新人案内所員である私でありますが、直属の上司、というか先輩にあたる方とあまりうまくいってないのでありまして……。
「おい、猫娘。ちょっと腰を踏んでくれないか」
「いきなりなんでありますか」
真面目に書類仕事をしていた私に、その人はボサボサの髪をバリバリ掻きながらそんなことを言います。酒臭い息がプンと匂い、非常に不快であります。
「いや、な?お前さん、ちびっ子だから軽さ的に腰踏んでもらうにはちょうどいいかな、って思ってな。ここにいる連中、わりとガタイのいい奴ばっかだろ?腰がへし折れちまうよ」
そう言って悪びれもなく笑う私の先輩。
名をトールという三十代半ばに見える黒髪の男性であります。
人族には違いないのでしょうが、この辺りでは見かけない、妙に凹凸のない顔をしたお人です。どこの出身かは知りませんが、妙な家名を名乗っていたように思います。
ハシダ、とかなんとか。まあどうでもいいでありますが。
「大人の女性に向かってちびっ子とはなんでありますか。私は猫人族でも長身のナイスバデー……ゴホン、そんなことはどうでもいいであります。トールさん、ちゃんと仕事をして下さいであります。さもないと、その腰へし折るでありますよ?」
「うへぇ、怖えぇ怖えぇ」
トールさんはそう言ってお尻を掻きながら、さっさとどこかへと行ってしまいます。バブッと屁などをひりながら。
ホント、最悪なおっさんであります。
今日も今日とて、多くの冒険者の方がダンジョンに入っていかれます。
私どもの案内所は、ファナトリア第9未踏破領域の入り口部分に建てられておりまして、毎日多くの冒険者の方が立ち寄られます。
「おーいエヴァちゃん。例の4階層の新ルートの情報、何か入ってないか」
「はいはい、ちょっと待って下さいであります」
「おい、エヴァ。この前聞いた3階層のスプリガン・リーフの群生情報間違ってたぞ。お前の所の情報どうなってんだ」
「ええ?ほ、本当でありますか?か、確認するであります!」
「エ、エヴァ。オレ、昨日、獲物、エビルウォーカーの爪、落とす、ここ、無いか?」
「戦利品の紛失でありますね?届け出があるか確認しますが、アイテムなどの紛失になりますと、冒険者保険に加入されているかいないかに関わらず損害の補償は致しかねることになっておりまして――」
もうこんな感じでてんてこ舞いであります。
冒険者の皆さま方は、やはり屈強な男性が多く、気さくな方も大勢いるのですが、気性の荒い輩も多いので対応にはそれなりの苦労があります。
しかし、中には見目麗しい初心者女冒険者なども相談に来られるわけでありまして。
「なるほど、お仲間のレベルは平均10でこのダンジョンは、初めてのトライなのでありますね?」
「そうなんです。どのあたりまでが私たちの実力に見合った階層なのか知りたくて……」
「そうでありますね。まずは――」
相談者へのアドバイスのため、資料をペラリとめくっていたその時であります。私の肩をぐいっと後ろに引っ張る人が。
振り向くとそこにはボサボサの髪を撫でつけているトールさんがいました。
「猫娘。俺が話を聞こう。お前さんはあっちを」
と、大きなウォーハンマーを抱えたスキンヘッドのムッキムキ冒険者の方を指差します。
「……」
マジでありますか。この人。
トールさんは、問答無用で私の椅子に体をねじ込み、私を席から追い出してしまいます。
「では、お嬢さん。お名前と、年齢、それにスリーサイズなんかを……いや、鎧のサイズとか色々あるでしょう?その方面のアドバイスもできるし、ね?」
「は、はあ」
このおっさん。いつか魚のエサにでもしてやるであります。
トールさんは、とかく面倒くさがりで、隙あらばすぐにサボろうとするであります。
気が付けば、休憩室に引っ込んで、パイプを燻らせているのです。
「あー。サウナ上がりにマッサージチェアでビール飲みながら野球見てぇ」
たまにそういう訳の分からないことをブツクサ呟いています。
ヤキュウとはなんでありましょう?モンスターの一種でありましょうか。
まあ、とにかく、今日はそんな勝手放題はできないのでありますよ……ふふふ。
私は壁に寄りかかって座る、だらけ切ったおっさんに言ってやります。
「トールさん。今日は真面目に仕事しておいた方がいいでありますよ?」
「あーん?なんでぇ?」
「組合長が来てるであります」
すると、トールさんは「げえ」と言って、心底面倒そうな顔をしてボヤキます。
「おっさん来てるのかよ……めんどくせえ」
おっさんがおっさんをおっさん呼ばわり。
目糞鼻糞を笑うとはこのことでありましょうか。
それはさておき、さすがのトールさんも組合長の手前、大っぴらにサボる事はしないらしく、しぶしぶ受付に顔を出します。
「よおトール。しっかり仕事してるか」
ずんぐりとした体型の、銀髪と長い口髭を蓄えた、頬に大きな縦の傷があるおっさ……もとい、ゼクト冒険者組合長が、にこやかにトールさんに話しかけます。
ちなみにゼクト組合長は小人族であります。小人族は背の低い方が多いのですが、ゼクト組合長は、それほど背の低くないトールさんの肩口ぐらいまでの身長があります。小人族にしては大柄の方ではないでしょうか。
「おかげさんで社畜生活を満喫してるよ。それより、あんたがここに来るなんて珍しいじゃないか。ボスが現場に来るとみんなが鬱陶しがるから早く帰ってくれ」
ちょっ!
何てこと言うでありますかこのおっさんは!ちょこっと核心は突いているでありますけどっ!
「まあそう言うな。ちょっと頼み事があってな」
ゼクト組合長はトールさんの暴言も気にする風でもなく、ガハハと笑っているであります。
「頼み事ぉ?」
「ああ。あの二人の面倒を少しの間見てほしい」
ゼクト組合長は、そう言って親指で背後を指差します。
そこには、年の頃なら十代半ばといったところのあどけなさを残した金髪の少女と、龍族の男性の方がいました。
龍族の方はトカゲのような風貌から、年齢が分かりにくいのでありますが、立ち居振る舞いから察するに、おそらくまだ若いのではないでしょうか。
少女の方は、随分と高価そうな白銀のプレートメールを装備しています。龍族のお兄さんは革鎧に外套といった軽装でありますね。
「おーい。お嬢様方。こちらへ来てくれ」
ゼクト組合長が少女たちにそう声を掛けると、二人はこちらにやってきました。
「なに?早く出発しましょうよ!もう待ちきれないわ!」
少女は、鼻息荒く、受付のテーブルをバンッと叩きます。
準備でき次第出発するから、とゼクト組合長がにこやかに答えますが、少女は「そんなのいいから早く早く!」と興奮冷めやらぬ様子で組合長の腕を引っ張ります。
親御さんはどういう躾をしたのでありましょうか。
「お、お嬢様……お静かに。み、皆さまにご迷惑です」
龍族のお兄さんはオロオロと少女を窘めようとしますが、当の本人はどこ吹く風といった感じであります。
「ファテリナ嬢、ここファナトリア第9未踏破領域は踏破階層に限っては他に比べて危険は少ないとはいえ、ダンジョンはダンジョン」
組合長はそう言うと、少女に紹介するようにトールさんの肩をポンと叩きます。
「万一の事を考え、道中の案内役として、ここにいるトールとエヴァンゼリンをつけることにする」
「「はぁ?!」」
そんな寝耳に水な話に、私たちの悲鳴のような声が受付に響きました。
「えー。そんなのいらないのに」
両手を頭の後ろに回してつまらなそうな様子を見せる少女に、ゼクト組合長は頭を横に振ります。
「それじゃあダンジョンへの侵入は許可できんな」
ぶー、っと可愛らしく頬を膨らませる少女に、ゼクト組合長は苦笑いをしながらこちらに顔を向けます。
「トール、エヴァ。こちらはファテリナ嬢。詳しい素性を明かすのは控えるが、まあ、それなりの家柄の御令嬢だ」
紹介を受けたファテリナお嬢様は、トコトコと私たちの元まで歩いてきて、私とトールさんを無遠慮に「ふーん?」などと呟きながら、じろじろと眺めまわしてきます。
そして、ニカッと笑うと、
「面倒だよね!?私のお守りなんて。全然断ってもらっていいからねっ!」
などと言い放ちます。
……なんと言ったらいいのでありましょうか。奔放というのか考え足らずというのか……
私は、小さくため息をついて、ゼクト組合長に尋ねます。
「……このお嬢様の案内役でありますか?」
「……おい、どういうこった。俺たちは基本冒険者に同行なんかしないはずだろうが」
その通りであります。案内所の所員は、ダンジョンの各所に設えてあるレストポイントのメンテナンスや特別な緊急事態でない限り、冒険者の方々と共にダンジョンに潜るようなことはないのであります。
「まあ、これは特別案件だと思ってくれていい。このお嬢様は、このダンジョンの攻略ではなく見物が目的だ。まあ、平たく言えばダンジョン観光だな。とにかく彼女の身を最優先で守ってくれればそれでいい」
ダ、ダンジョン観光でありますか……。どこかの貴族様の御令嬢といった感じですが、お金持ちの趣味というのは分からないものであります。
それにしても……私たちは観光業者じゃないのであります。そんなものに付き合わなくてはいけないものなのでありましょうか?
そこでトールさんはこう言い放ったのであります――
①「ああ、いいぞ。こんなか弱いお嬢さんをほっとくわけにもいかんしな」
②「おい、ふざけんな。なんで俺がそんなもんに付き合わにゃならん」
③「知らん。猫娘。お前行け」
④「おっぱい見せろ。話はそれからだ」
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