第1章 第15話 Bitter & Sweet
前回は選択肢の投票はありませんでしたので、このままストーリーを進めます。
「――退きません!」
突然ニナが俺たちの前に飛び出して来て大きなタワーシールドを構えた。
ガイン!
振り下ろされたウッドゴーレムの節くれだった拳が盾に当たって大きな硬質な音を立てる。
その衝撃でニナの体がよろめくが、なんとか踏ん張って転倒は免れた。しかしウッドゴーレムのもう片方の腕のでたらめな力任せの横殴りがニナを襲い、華奢と言っていい彼女の体が盾ごと吹っ飛ぶ。
「……おい、おっぱじまったぞ。面倒だからお前、一発で決めてこいよ」
俺はウォレスにそう囁くが、ウォレスは腕組みをして楽しそうに笑う。
「はっはっは!ここは若い者たちに任せようではないか!何事も経験経験!」
「……そうかよ」
まったく面倒なことだ。こいつ、将来有望そうな奴を見るとすぐ試練を与えようとする育成マニアっぽいところあるんだよな。そしてその対象は、おそらく。
「お嬢様!ボヤボヤしない!私が引きつけるでありますから側面から攻撃を!ケティさんは隙を見て火の攻性魔法を!ウッドゴーレムは火が弱点であります!」
猫娘がすぐに指示を飛ばすと、二本のククリナイフをストレージから取り出して、倒れ込んだニナに今にも襲い掛かろうとしているウッドゴーレムに突進して斬りかかる。速い。
素早くウッドゴーレムの懐に潜りこんだ猫娘は何度かナイフで斬りつけるが、それを嫌ったウッドゴーレムが両手で猫娘を抑え込みにかかった。
だが猫娘はそれをバク転で回避し、地面に着地した瞬間にすぐに空振りしたウッドゴーレムの腕に肉薄してククリナイフを縦横無尽に振るう。
ウッドゴーレムも両腕を振り回して食らいついてくる猫娘に攻撃を加えようとするが、その腕をまるで曲芸師のような動きで避け続け、そのたびに白刃を閃かせた。
ウッドゴーレムの腕や胴体に無数の傷を与えていくが、その腕の傷口から樹液のような物が滲み出て、次の瞬間すぐに元通りに回復してしまっていた。
ウッドゴーレムの特性だ。その表皮は非常に硬く、傷つけてもすぐに回復してしまう。斬撃による攻撃は無駄ではないが、決定打にはなりにくい。
「ごめんねゴーレムさん!えいっ!」
小人族のおばちゃんことファテリナお嬢さんが、猫娘の動きに翻弄させているウッドゴーレムの背後からご自慢のミスリル製の剣で斬りつける。
しかし、手ごたえがいまいちだったのか、「うーん?」と首を傾げている。
「ファイアーボール!ですわ!」
ケティが火系の攻性魔法の定番であるファイアーボールを放ち、そのサッカーボール大の火球がウッドゴーレムの肩口に命中した。
「うぉおおおおおおん!」
ウッドゴーレムが重低音のうめき声を上げる。やはり、火の魔法攻撃はかなり効くようだ。
ファイアーボールは初級魔法とはいえ、術者の力量によって威力は段階的に上がっていく。消費魔力も威力に応じて多くはなるが、上級魔法ほどではないので実力者も初級魔法や中級魔法を愛用する者が多い。
「そっか!火の魔法ね」
ファテリナお嬢さんが、何かを閃いたかのようにポンと手を打つと、手にしていたミスリルの剣をじっと見つめる。そしてニヤリと笑うと剣を高く掲げた。
「ファイアーストーム!」
掲げられた剣を包むように天井に向かって火柱が立つ。
「えーいっ!」
お嬢さんは、その火柱の勢いに若干体をぐらつかせながら、火柱に包まれた剣ごと上段から振り下ろした。
ゴオッ!と火柱がウッドゴーレムを襲う。だが、それは背中をかすっただけで、地面に激突して霧消してしまった。
「あれ?!」
その思わぬ攻撃にウッドゴーレムがファテリナお嬢さんに向かって大量の葉を飛ばす。あの葉は一つ一つが鋼鉄のように硬く、飛んできた葉を一枚でもまともに食らえば致命傷になりかねない危ない攻撃だ。
「させません!」
ガインガインガイン!
ニナがファテリナお嬢さんの前に立ち、タワーシールドを掲げて葉を受け止めていく。
「あ、ありがとう!ニナ!大丈夫!?」
「問題ありません。この程度では退けませんので」
ファテリナお嬢さんはニナに礼を言った後、納得いかないといった顔でミスリルの剣を見つめた。
「うーん。ちょっと魔法の操作が難しいかなぁ。やっぱり思いつきじゃだめかな」
そう言うが、今お嬢さんがやったことは、かなり高度なことだ。
攻性魔法の中級魔法であるファイアーストームは元来放出型の魔法だ。それを剣に纏わせて攻撃するという方法は、思いついてもそう簡単にできることじゃない。
既存の魔法、体術、知識など、技術と技術を独自に組み合わせて一つの効果を作り出す。これをこの世界では「スキル」と呼ぶ。
スキルは、生み出すのにも実際運用できるようにするにもかなりのセンスが必要になるので、誰にでも使えるというわけじゃない。
あのお嬢さんは、ついさっき思いついた独自の攻撃方法をすぐに実践してのけたわけだ。スキルと呼べるほど洗練されていないし失敗もしたが、そのセンスはずば抜けたものがあるといっていいだろう。やっぱりあのお嬢さん……。
「うーん!いい!やっぱりボス戦はいい!なあトール!昔を思い出すだろう!」
ウォレスは興奮した様子で俺の肩をバンバン叩く。
「うるせえ。思い出したくもない」
昔の地獄のような日々を思い出し、俺は身震いする。ああ、早く帰りたい。
「よし!ちょっとだけ参戦してみるかな!はっはっはっは!」
若者たちの階層主との戦いを見て辛抱堪らなくなったのか、ウォレスはウキウキした様子でウッドゴーレムに突撃を始める。
そして、巨体に似合わない恐ろしいスピードでウッドゴーレムに肉薄すると、おもむろにその片腕をむんずと掴んだ。
「……ああ。終わったな」
俺がそうつぶやいた瞬間、ウォレスはウッドゴーレムの腹の部分にボディーブローを叩き込んだ。
ドゴオオオオン!と部屋全体に大音量の打撃音が響き渡る。
「ウゴォ!!??」
ウッドゴーレムの腹を襲う凄まじい衝撃。たまらずウッドゴーレムは体を折ってうずくまるが、いっぱしに根性を見せて立ち上がろうとする。しかし。
「オロロロロローーーー!」
なんとか立ち上がったはいいものの、突然その口から大量の緑色の液体を噴出した。その様はまるでシンガポールのマーライオンのよう。あの緑色のやつ……血か?ゲロか?
噴き出した正体不明の緑色の液体の落下点にちょうどニナの奴がいて頭からかぶってしまう。うわぁ。
「お、おいニナ。大丈夫か」
全身を緑色の液体まみれになったニナはしばらく無言で立ちつくしていたが、やがてこちらに冷静な顔を向けてコクリと頷いた。
「はい。回復しました。とても臭いですが」
「は?」
「この液体、どうやら回復の効果があるようです。とても臭いですが」
なんだと?あのゲロ、そんな効果があるのか?
「ほう!どれどれ!」
ウォレスがその緑色の液体を指先ですくい取り、ペロリと舐めた。こいつチャレンジャーすぎだろ。
「ふむ!たしかに回復効果があるようだな!それも高級回復薬並みの回復効果があるようだ!恐ろしく苦くて不味いが!そして臭い!」
「はい。とても臭いです」
ニナが平然とした顔をしながらも、プルプルと体を震わせていた。相当臭いらしい。しかし、なるほど。それはいいことを聞いた。
「おい猫娘!お前空き瓶か何か持ってないか?」
「?!」
ギョッとした様子で俺を見る猫娘。こいつも変装して人族に成りすましているが、どう呼んでいいのか分からんし、俺にはそんなことどうでもいい。
「だ、誰のことでありますか。た、確かに私は子猫のようにキュートでありますが?」
「ぶっとばすぞこのやろう。いいから空き瓶持ってないか」
「な、何をするであります」
「こいつの口に空き瓶咥えさせて腹を殴り続けたら高級回復薬がタダで大量に手に入るじゃないか。いい小遣い稼ぎになるかもしれん」
それを聞いた猫娘は、うわぁとドン引きしたような顔をした。
「……鬼畜でありますね」
「おじさん。いくらモンスターでも何をしてもいいわけじゃないんだよ?見てよ、もうゴーレムさん瀕死だよ?」
ファテリナお嬢さんまでジト目でこちらを見てくる。
「なんでだよ!お前ら今までこいつと殺し合いしてただろうが!」
見ると、ウッドゴーレムの体全体が、枯れ木のように細く乾いたようになって今にも崩れそうになっていた。ウォレスの強烈な一撃で生命力が尽きたらしい。さすが、あの変態の一撃は恐ろしい。こうなってはもうだめか。
「……ですが、それがこの設定ミスモンスターの救いになるかもしれません」
ニナが枯れ木となったウッドゴーレムの側に跪く。
「私どもアミルの神殿では効果の高い回復薬の確保は非常に重要なのです。このような希少なドロップアイテムの存在が知れた以上、定期的にウッドゴーレムの討伐隊を私どもから差し向けることも検討する価値があるかもしれません」
……なるほどな。それでこの閑古鳥が鳴いていた階層主の部屋も賑わうことになるかもしれんな。
「おい、ウッドゴーレム。お前、階層主だから周期的に復活するだろ。次はいつ復活する」
俺が聞くと、瀕死のウッドゴーレムは弱々しくこちらに顔を向けた。
「あ、明日には……復活するんだな……」
はえーな!
「じゃあ楽しみに待ってろ。これからはわんさかお前のところに人間が来るかもしれないからな」
「そ、それは……嬉しいんだ……な」
ウッドゴーレムは一言そう言うと、ガクッと力尽き、魔核を残して砕け散った。階層主の魔核とはいっても他のモンスターのものとさほど変わらない。これだけでは冒険者は寄り付かないが、あの回復薬の噂が広がれば本当に賑わうかもしれん。だが……。
「おいニナ。アミル神殿の討伐隊って、エレナの奴が出張って来るんじゃ……」
「はい。あのお方のことですから必ず志願されるかと。お忙しい方ですから可能かどうかは分かりませんが」
いや、あいつはダンジョンに潜る大義名分を手に入れて嬉々としてここにやって来るだろう。
恍惚の表情を浮かべながらウッドゴーレムにボディブローをしまくるエレナを想像して俺は身震いした。
誰も来ない場所で設定ミスモンスターとして存在し続けるのがいいか、エレナにゲロを吐かされまくって討伐され続けるのがいいのか。
うん、どっちも最悪だな!
「さて、ではとっととここを出るでありますよ」
猫娘が憐れなウッドゴーレムを一瞥すると、皆を促して歩き始める。
「じゃあ、また遊ぼうね!ゴーレムさん!」
そんなとんちんかんな事を言いつつファテリナお嬢さんも後に続いた。
俺たちは階層主の部屋に穿たれた5層へと続く回廊へと侵入する。木の根のようなものが壁に這うスロープを下っていく。
その途上、俺はちらりと最後尾を歩く魔法使いのケティの様子を伺ってみる。イライラしたような様子で親指の爪を噛みながらブツブツ何やら呟いていた。
「なんなの。なんなの、あの龍族……!あんな化け物だなんて情報どこにも……!」
大丈夫だろうか、このお嬢さん。
お前さんの今の表情、本性がダダ漏れだぞ?
長い回廊を抜けた先、そこは5層の中腹あたりだった。
中腹、というのは文字通り山の山頂と麓の中間地点という意味だ。
ファナトリア第9未踏破領域第5層。通称を「白霧の山」という。
この階層はその名の通り、地上にあるような巨大な山で構成されている。山の周辺が濃い霧で覆われているので全貌は掴みにくいが、岩がちだが針葉樹が植わった比較的なだらかな山容で、麓はぐるりと大きな湖に囲まれている。
ちなみにこの湖のある麓が第6層とされていて、第7層に向かうにはこの湖を船で渡らなければならない。
霧に覆われてはいるが、昼間の空を思わせるように天頂部分が明るいので、まるで本当に地上で山登りをしているような気分になる。そんな階層だ。本当に意味が分からない。
4層の階層主の部屋を通らない正規ルートだと、もう少し山頂に近い洞窟からこの階層に出ることになる。山は周囲が何もない空間に囲まれているはずなのに、どうして4層からの通路を通って山の山頂や中腹の洞窟からこの階層に抜けることができるのか。
答えは「考えるだけ無駄」だ。
未踏破領域は様々な形があるが、このように地上の常識はまったく通用しない。
未踏破領域を踏破するという意味は、そんな常識が通用しない場所において「次の階層へと至る確実な道を見つけ出す」ということに他ならない。
逆に言えば、踏破されてしまった領域はルートが確立してしまっているので、出現するモンスターへの対応ができる実力さえあれば抜けること自体は容易いことなのだ。
4層の迷いの森と同じように、この5層の白霧の山も多くの冒険者が通ったために道ができ、所々に案内板があるので迷う方が難しいぐらいだ。
そんなわけで、俺たちはほどなく正規ルートへと合流すると、迷うことなく山を下っていく。
「わあっ!迷いの森もそうだったけど、こんなところに山があるなんて不思議ね!」
ファテリナお嬢さんがテンションマックスになってはしゃぎ、「ヤッホー!」と声を上げるものだから、この辺りに出現する狼型モンスターのファングウルフを呼び寄せてしまい、猫娘からこっぴどく説教を食らっていた。
ちなみに隣でウォレスも同じように声を上げていたんだがな。
霧深い山道の合間から突然襲ってくるファングウルフは脅威ではあるが、猫娘の鋭敏な索敵能力のおかげで特に問題もなく対応できる。
幾度かファングウルフの群れとの遭遇はあったものの、順調に山を下り、数時間後には第6層にあたる山の麓のセーフポイントまで無事たどり着くことができた。
このセーフポイントには冒険者組合が管理する大きめの山小屋が設えてあり、宿泊することもできる。
俺たちは、ここで一泊して6層の湖を渡るのは明日にすることにした。
ケティの話では、「七光の雫」は早朝から日が中天に昇る辺りまでの時間帯にしか採取できないのだそうだ。時間的に今から7層に向かってもどうしようもないので、明日の早朝に出発しようということになったのだ。
俺たちがたどり着いた時に山小屋の中には休憩をする冒険者たちは何人かいたが、今晩ここに宿泊する冒険者パーティーは俺たちの他にはいないようだった。
そんなわけで、俺たちは一つの部屋にすし詰め状態になることもなく、それぞれが思い思いの個室で休むことができることになった。
女性陣がことのほか喜んだのは言うまでもない。
その夜。
食事を終えてそれぞれが就寝のために部屋に戻った後、俺は一人囲炉裏の側に陣取って自前の革袋に入れてあった蜂蜜酒をちびちびと飲んでいた。
俺はそれほど甘い酒は好みでもないのだが、この世界ではこれが安価で手に入りやすい酒なんだからしょうがない。
ああ、枝豆をつまみにキンキンに冷えたビールが飲みてえ。
囲炉裏の火を見つめながら、そんな埒もないことを考えていた時だった。
「あら……まだ起きてらしたのですね」
魔法使いのケティが俺に声をかけてきた。
薄手の寝衣に身を包み、編み込んでいた長い銀髪を解いたケティの姿が囲炉裏の炎の揺らめきに照らされていた。妙に艶めかしい。
「……少しご一緒しても?」
俺は少し肩をすくめると、俺の正面を示して同席を許可する。すると何を思ったか、ケティは俺のすぐ横に椅子を置いて腰を落ち着けた。やたら近い。
俺はしょうがなく、革袋を上げて酒を勧める。ケティは微笑むと革袋を受け取って口を付けた。一口飲み終えると、ほうっと息をつき、濡れた瞳をこちらに向けてくる。
「おいしい」
「……そりゃよかった」
俺はケティが差し出した革袋を受け取ると、もう一口飲む。……やっぱり甘いな。
それから二人で取り留めのない会話をポツリポツリと交わす。しばらく話をしたところで、ケティが突然クスリと笑った。
「ふふ」
「なんだ?」
「……なんだかおかしくって。今回の臨時パーティーの皆さんが想像以上にお強くて、私今日一日驚いてばかりだったような気がしますわ」
まあ驚くだろうな。特にあの変態を初めて目の当たりにすれば。
「……あなたも、お強いんでしょう?あの龍族のアイザックさんのように」
「どうだろうな」
「お強いですわ。最初、あの方とほぼ互角に喧嘩なさってたじゃないですか」
「一方的に気絶させられたけどな」
「それでも私……お強い殿方って……素敵だと思いますわ」
ケティがそっと俺の手に自分の手を重ねてきた。そして熱っぽい瞳でこちらの視線を絡めとる。少し開いた濡れた唇が炎の光に艶めかしく煌めいていた。
……おいおい、なんだこれ。
めちゃくちゃ誘われてるじゃねえか。なんだいきなり。
俺は周囲をそれとなく伺う。近くに誰かがいる気配もない。
少なくともドッキリじゃないな。
え、本当にいいのか?
据え膳食わぬは男の恥だぞ?本当にいっちゃうぞ?
こいつ、性根はヤバそうだが、ここまで来たらそんなの関係ないからな?!
「トールさん……」
ケティが俺の手の甲をくすぐるように撫でる。おうふ。
よ、ようし!おじさん、久しぶりに張り切っちゃうぞ!
『魅了』
突然ケティがそうつぶやき、魔法を発動する。
精神支配系の変容魔法だ。
……そんなこったろうと思ったよ!
①魅了魔法に抵抗してケティを捕らえる
②魅了魔法に身を任せる
③魔法にかかったふりをする
④逆に魅了魔法をケティにかける
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この選択肢の締め切りは2019年11月18日20時頃を予定しております。
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