第1章 第13話 迷わない森
前回の選択肢の投票の結果
④龍族の男をぶん殴る
に決まりましたので、その結果に基づいてストーリーを進めます。
「オラァ!!!」
俺は龍族のアイザックこと変態ウォレスの顔面に思いっきり拳をブチ当てた。
龍族の巨躯が冒険者のたむろする受付の方に吹っ飛んでいき、ドカン!と派手な音を立ててカウンターに激突した。
突然の出来事に即席パーティーの面々はポカンと呆けている。まあ当然だろう。
俺も意味が分からない。
とにかく何か理由らしき事でも言うしかない。
「……あー、その、なんだ。く、臭えんだよ!お前俺の隣で屁こいただろ!ふざけんなよ!」
だめだ。我ながら最悪な理由だな!
何してんだこいつ、というパーティーメンバーと周囲の冒険者の視線が痛い。
しかし、この中でただ一人、俺の行動を理解できている奴がいる。
誰あろう、殴られた本人であるウォレスだ。
俺の気持ちが分かる、とかいう気味の悪い話じゃない。ウォレスは「血まみれ処女神官」ことエレナと同じ『イグナウス』のメンバーだからだ。
ある未踏破領域の最深層で、ダンジョン生成の原因である異界特異点の真実の一端に触れた一つの冒険者パーティー。『世界の深淵に触れた者たち』。それがイグナウスだ。
イグナウスのメンバーは、今回のようなクソ神から提示された『世界の選択肢』が認知できる。そして『選定の神』によって選択された世界の運命がどのような結果になったのかも。
だから、俺がどうしていきなりウォレスをぶん殴る羽目になったのかは、あのアホマッチョ自身がよく分っているはずだ。
だが、分かっているとしても殴られていい気分のする人間はいないだろう。
……こいつ以外は。
「はっはっは!懐かしい!懐かしいぞこの感じ!やはり男子たるもの正義と友情は拳で語り合わなけりゃいかん!」
カウンターに激突したウォレスはケロリとした様子で立ち上がり、やたらと嬉しそうな声色でこちらに近づいてくる。
やっぱり喜んでるぅ!
ウォレスは体全体から尋常じゃない力の漲りの気配を発散させながら俺の前に立つ。そしてその丸太のような腕を大きく振り上げた。
「我が正義の拳を受けてみよ!!!」
受けたくねえよ!
とっとと逃げようと思ったが、このテンションになったウォレスは死ぬほどしつこい。
忌々しいことに、強制クエストである以上ここから逃げられないのだから、何発か適当にどつきあって満足させた方が得策かもしれん。
なにしろ、昔こいつと大喧嘩をした後、殴り合いの決着がついていないと一週間ほど追い回されたことがある。
面倒この上ない。それもこれも『選定の神』がこいつを殴れとかいう選択肢を選ぶからだ!猫娘あたりをからかうぐらいなら面倒もないのに!
俺はモードを『8』へと急激に引き上げる。こいつ相手ではこれぐらいじゃないと対応できない。
体中筋肉痛の今の状態でこれはキツイ。だが、無防備でボコボコにされるよりはましだ。
「ぬうん!」
ドオン!
変態の拳が俺の顔面を捉える。そのインパクトの瞬間、周囲の人間が顔色を変えるような物凄い衝撃音が響き渡った。
痛てえ!
モード8でさえ、ある程度こちらにもダメージが通る。やはりこいつ、化け物だ。
俺の『モード変換』は一つモードを引き上げるごとにおよそ認定レベル10程度の能力向上をもたらす。
俺の基本レベルは20程度。つまりモード8でレベル100ぐらいの実力になっていることになる。
「このバカ野郎!」
ドカン!
俺がウォレスの顔面を殴り返すと、同じような衝撃音が響く。ウォレスは殴られた反動でのけ反るが、すぐにこちらに顔を向けてニヤリと笑った、ような気がする。龍族の表情は読みにくいからよく分からん。
「はっはっはっはっはーー!」
ウォレスが嬉々として再び俺を殴る。そして俺も負けじと殴り返す。
ドオン!ドカン!ボコン!ドゴン!
俺と変態の拳の応酬。そのあまりの激しさに周囲がドン引きしているのを感じる。もちろん俺自身もだけどな!
ドン!
そして、お互いの拳がそれぞれの顔面を捉えて相打ちとなった。
「くっ」
俺たちは互いに膝をつき、肩で息をする。さすがの変態もかなりこたえているようだ。こっちもかなりダメージが蓄積してきて頭がフラフラしてきた。もうそろそろいいだろう。
「お、おい!もういい加減――」
しかし、ウォレスはふらふらと立ち上がって、突然笑い始めた。
「ははははははは!――神に感謝せねばなるまい……わが前にこれだけの男を送り出してくれたことを!!」
ああっ!?アホのテンションがさらに変なことに!
信じられるか?この変態、これで2児のパパなんだぜ?世の中どうなってんだ!
「受けてみよ!!わが全霊の拳を!!天に滅せい!!トール!!」
正義の味方気取りのくせしてそんな物騒な事を言い出すド変態。しかしその言葉通りに全身に力を漲らせて必殺の一撃を放つ気配がする。まずい。
俺はとっさに立ち上がってさらにモードを引き上げようとするが。
「……あ?!」
膝がガクンと落ちて一瞬意識が遠のく。急激なモード変換と激しい殴り合いによって思いの外、体にダメージが蓄積していたようだ。
「どぉりゃあああーーーーーーー!」
気がつくと、俺の目の前にスローモーションのように巨大な変態の拳が近づいてきていた。
あ、死んだ。
そう一瞬考えた後、俺の意識はプッツリと途絶えてしまった。
◆◇◇◆
まったく、ほんっとうにバカでありますよ!この二人は!
これからダンジョンに潜ろうという時に、いきなりとんでもない殴り合いを始めたトールさんとウォレスさん。
挙げ句の果てに、喧嘩をしかけたトールさんがウォレスさんに強烈な一撃を食らって気絶する始末。
訳が分からないであります。何を考えているのでありましょうね、このおっさんどもは。
二人の奇行にドン引きしてしまったケティさんを取りなすのにどれだけ苦労したか。ここで彼女にクエストを中止するなどと言われてしまったら元も子もありません。
どうにかこうにか説得に成功し、我々はダンジョンへの侵入を開始することができたのでありますが……。
「トールさん、まだ目を覚まさないでありますか」
トールさんはグロッキー状態のままウォレスさんに担がれています。これでダンジョンを進むというのですから正気の沙汰ではありません。何しに来たでありますか。
そして、大の大人を1人抱えていても何の支障もなくモンスターと戦うことができているウォレスさんも大概であります。
「心配しなくてもじきに目が覚める!しかし良い勝負だった!さすがは我が友トールだ!」
「いきなり勝負なんか始める必要性がどこにあるでありますか!……なんでこんな目立つようなことするであります……!」
私はケティさんたちに聞こえないように声をひそめながらウォレスさんをなじりますが、当のウォレスさんはどこ吹く風。
「我々の友情と宿命がそうさせるのだな!はっはっはっは!」
「どういうことでありますか!」
まったく意味が分からないであります。
ケティさんはあれから時々ウォレスさんの方をチラ見しながらそわそわしています。まあ無理もないことでありますが。
ファテリナお嬢様などは、何か変なスイッチが入ったのか、シュッシュッとパンチを繰り出しながらえらく興奮している様子。見た目はガタイのいい小人族の中年女性になっていますから、なかなかの迫力であります。
「男と男の友情って殴り合いから生まれるのねっ!すごい!」
「そうですね。お二人ともあれだけ激しい打ち合いをしているのに一歩も退かないなんて……すばらしいです」
妙なところに感化されてしまったお嬢様に、これまたこれに同調して訳の分からないこと言い出すアミルの神官であるというニナさん。
なんであれに好印象を抱けるでありますか……。
何はともあれ、こんな先の思いやられるようなパーティーでも早々と第3層「蛍光の森」に侵入し、すでにそこを抜けつつありました。
セオリー通りの隊列で、先導は私、次になぜか壁役を買って出ている神官のニナさん。中央に魔法使いであるケティさんを配置し、遊撃役はファテリナお嬢様。後衛はウォレスさんに任せています。もう一枚のアタッカーであるはずのおっさんは伸びてしまっていて、ただのお荷物であります。まったく。
これでなかなかバランスのいいパーティー構成でありますので、攻略はスムーズに進行しています。前のように、お嬢様がスプリガンに単身突撃するということもなく、無難に自分の役割をこなしてくれております。まあ、口を酸っぱくして自重するように諭した結果でありますが。
3層は二つの大きなフロアに分かれた、暗くてだだっ広い森の階層でありますが、暗い森での戦いに慣れてしまうと実力のない初心者冒険者でない限り脅威となるような場所でもありません。もちろん油断は禁物なのでありますが。
しかし、やがて何の問題もなく4層への入り口への辿り着いてしまいました。
4層への入り口は、地面から突き出た大樹の空いた大穴であります。この大樹は4層から伸びていまして、その内部を下ることによって4層へと侵入できるのです。
「ここ、キレイで好きなんだけど、もう終わっちゃうのかー」
お嬢様が残念そうにそうつぶやきますが、私は首を横に振りこっそりと耳打ちします。
「昨日説明したでありましょう?4層も基本ここと同じルシオラが飛び交う森でありますよ」
「あー……たしか構造が違う、だっけ?」
「そうであります。4層はここのような、いわゆる自然な森の形を成していません」
私は大樹の穴を覗いてからお嬢様の方を振り返ります。
「4層は普通に歩いていては踏破できません。その通称は『迷いの森』であります」
ファナトリア第9未踏破領域第4層「迷いの森」。
ここは3層の蛍光の森と同じルシオラの光に彩られ、しかも3層ほど暗い森ではないのですが、一歩足を踏み入れた途端、初見の者はその異様さに目を見張ることになります。
「なに……ここ」
ファテリナお嬢様は目の前に広がる異様な森の風景を呆然と見やります。
これを実際初めて目の当たりにしたらしょうがないでありますね。
なにしろ、全く同じ形、同じ大きさの木々が等間隔で整然と並び、その木々が壁となって建物の通路のような構造を形作っているのでありますから。
その異様さに拍車をかけているのは、その木々がまったく同じ、つまり、枝一本葉一枚に至るまで全て遜色なく同一だという点であります。
「なんだか気持ち悪いわね……」
「ロイナさん、4層は初めてだったでしょうか……?たしか8層まで行ったことがあるという話でしたが……?」
ケティさんが訝しげな顔でファテリナお嬢様の事を見ます。ファテリナお嬢様はドキリとした様子で慌てて弁解を始めるであります。
「え!?い、いやあー久しぶりでちょっとびっくりしたというかー。相変わらず気持ちのいい場所じゃないね!みたいな」
「そ、そうですか……?」
釈然としないような微妙な表情のケティさん。小人族のベテラン冒険者らしからぬ言動に少なからず違和感を抱いているようであります。
よくも悪くも素直なお嬢様には芝居は荷が重いようでありますね。これはよくよく注意しないといけません。
ぼろを出さないうちにファテリナお嬢様にはちゃんと念を押しておいた方がいいでありますね。
私はファテリナお嬢様に近づき、小声で話しかけます。
「……分かっているでありますね?ここの抜け方」
「……えっと。階層出口に続く、見えない狭く細い正解の通路が実はあって、その通路に沿って歩けば自然に階層を抜けられるようになっている、よね。けど、その通路から少しでもはみ出すと、階層の入り口に強制的に戻されちゃう」
「そうであります」
この階層は周囲の風景に惑わされてはいけません。同一の木々はただの幻影であり、それが形作る通路には意味はありません。ここを抜ける方法はたった一つ。「決まった方向に決まった歩数で歩く」それだけであります。
最初にこの階層に挑んだ冒険者たちは、それはそれは苦労したことでしょう。しかし、そこはすでに踏破された階層である悲しさ。
今ではその方向も歩数も知れ渡り、正解の道筋には溝が掘られ、方向を変えるポイントには目印として冒険者組合によって石柱が立てられている始末です。
迷いの森はすでに「迷いようのない森」となっているのです。
ただし、難点が2つ。
この階層にもモンスターは出現し、しかもモンスターたちは見えない通路の制限がかかりません。こちらが狭い通路からはみ出せないのを尻目に、モンスターどもは四方八方から普通に襲い掛かってきます。
見えない通路は至極狭いため、パーティーの隊列は縦列隊形しか取れません。そのため、戦い方には工夫が必要となります。
もう一つの難点。
それは、道程が恐ろしく「単調で長い」という点であります。
「……もうやだ」
ファテリナお嬢様がげんなりとした声でそうつぶやきます。
なにしろ、この階層、風景がまったくといっていいほど変わりません。どこまでいっても同じ形の木が並んでいるだけであります。
しかも道が長い。
最初こそ張り切って歩いていたお嬢さまですが、モンスターとの戦闘で通路の制限を忘れてモンスターに突撃したために階層入り口に戻されること3回。もちろんお嬢様1人を放っておくわけにもいきませんので、パーティー全員が一緒に戻ることになります。
それは何もお嬢様に限ったことではなく、ニナさんなども襲ってきたスプリガンの攻撃を巨大なタワーシールドで防ぎながら「退きません!」と叫びつつ、なぜか興奮して突撃してしまって通路からはみ出したりしたこともありました。
ひどかったのは、ウォレスさんが群がってきたハチ型モンスターのジャイアントビーを振り払うために抱えていたトールさんを豪快にブンブン振り回し、トールさんの体が通路からはみ出してしまったためにトールさんだけ消えてしまったことでしょうか。なにしてるでありますか、この変態さんは。
その度にまったく同じ景色の同じ道を繰り返し辿ることになるのです。お嬢様がげんなりするのもわかります。
……それにしても、このパーティー。こういう制限のある階層だと思いっきりポンコツになるでありますね。
「み、皆さん。こ、これからは慎重に行動いたしましょうね?」
ケティさんがこめかみをピクピクさせながら、引きつった笑顔でそう私どもに言います。
うわー。かなり怒ってるでありますね。無理もありませんが。
「はっはっは!ケティ君!これも冒険だ!いやあ楽しいな!」
そう言ってウォレスさんが豪快に笑います。
「そ、そうですわね……ほほほほほほ……」
……ウォレスさん、火に油を注ぐようなまねをしないでほしいであります。
ケティさんの美しい顔がえらいことになっているでありますよ?
しかし、さすがに何度も戻されるわけにもいきません。我々はこれまで以上に慎重に、見えない通路を進んでいきます。
そして、いくつかの石柱を超えたところで、他の均一の木々とは明らかに違った大きな穴の開いた大樹が姿を現しました。
「姉さま。あれ、出口じゃないの?」
後ろを歩いていたファテリナお嬢様が私にそうささやきますが、私は首を横に振ります。
「……まあ5層への近道ではありますが、あれは罠でありますよ」
「どうして?」
「あの先には階層主がいるのであります。とても強力なモンスターですので、あんなものと戦って近道するぐらいなら、多少長くてもこの森を素直に抜けたほうがいいのでありますよ」
私がそう言いますと、ファテリナお嬢様の表情がパアっと華やぎ、目がキラキラと輝き始めました。見た目は小人族のおばさんですので、まったく可愛くないでありますが。
「ふーん。ふーん。そうなんだぁー……」
物欲しげなお嬢様の声色。
これは嫌な予感がするでありますね!
※パーティーがこれから取る行動は?
①階層主を倒し、近道する。
②安全策で普通に森を抜ける。
③皆の意見を聞き、多数決を取る。
④ウォレスが勝手に突撃する。
以上の選択肢の中から一つを、作者のTwitter
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の、当該話数のアンケート機能によって投票して下さい。
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この選択肢の締め切りは2019年10月28日20時頃を予定しております。
この時点で一番得票数が多い選択肢を「選定の神々」の意思であるとさせていただきます。




