第1章 第12話 歓迎できないお客様
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明日のクエスト出発に向けての諸々の手筈を整えた後、私とファテリナお嬢様、そしてイゴールさんは、共にタニアさんを家まで送り届けるためにファナトリアの西地区へとやってきました。
今はもうすっかり夕暮れ時であります。これ以上タニアさんを連れまわすわけにもいきません。
西地区は庶民の多くが暮らす居住区でありまして、私やトールさんもこの西地区に住処があります。
タニアさんの住まいがあるところは、その西地区でもいわゆる貧民街とも揶揄されるような地域にありまして、あまり風紀がよろしくない場所であります。
道端にたむろする薄汚れた格好をした住民たちは、身なりの良いファテリナお嬢様を見て、好奇、または敵意の籠った目でじろじろと無遠慮な視線を送ってきます。
「ふーん。こういったところ来るの初めてだけど……なんだかみんな表情が暗いわね」
「皆さん仕事にあぶれているでありますからね。それなりの腕っぷしや度胸さえあれば冒険者でもやって日銭を稼げるのでありますが……まあ、人それぞれ事情がありますから」
冒険者をやるにはそういった戦闘の才能の他、装備などを整えるのにそれなりの初期投資が必要となりますので、誰でも気軽に始められる職業だというわけではないのであります。
その辺の腕っぷし自慢の暴れ者がろくに装備も整えずにこん棒一本でダンジョンに挑んでも、よほどの才能か運に恵まれていない限り、満足に稼ぐことすらできないでしょう。大抵、無理をして大怪我をして戻るか、死んでしまうかのどちらかなのです。
「私……恵まれているわね……」
そうポツリとファテリナお嬢様は小さく呟きますが、それはやはり人それぞれの事情というやつでありましょう。
恵まれた人間というのは確かにいるでしょうが、結局のところ、富める者も貧しき者も、生きる力という点において貴賤はなく、最後に物を言うのはそれが強いか弱いかの違いだけなのです。自分の乏しい経験からでありますが、強くそう思うのであります。
こういったことでお嬢様が気に病むことはないと思うでありますよ、私は。
「もうすぐです!私の家は!早く来るです!」
タニアさんがとても軽い足取りで私たちを先導してくれるであります。
なにやらとても機嫌がよろしいようでありますね。お兄さんの問題が少しでも進展しそうだからでありましょうか。
スキップをして前を歩くタニアさんを微笑ましく眺めながら、私は周囲に気を配ります。
(こちらに妙な視線を送る気配が一つ……西地区に入ってからずっとでありますね)
私はそっとため息をつきます。
……なにやら歓迎できないお客様が付いてきているようでありますねえ。どういったご用件でありましょうか?
「うひゃああああああ!お助けぇ!どうか娘だけは!娘だけは勘弁してくださいませぇ!」
タニアさんのお家に皆でお邪魔しようとした時、ちょうど長屋の入り口あたりで突然背後から中年の猫人族の女性がガバァ!と地面に額を擦り付けるかのように土下座をしてきました。
「どうか!どうかぁ!」
女性がガンガンガン!と頭を地面に打ち付け始めたのを見て、私たちはギョッとしましたが、すぐにタニアさんがその女性に駆け寄って抱き起こします。
「違うです、母様!この人たちは、借金取りではないです!兄上を探すのを手伝ってくれている親切な人たちです!」
「へ?」
顔を上げてポカンとしていた女性は、私たちを見てやがて何か納得したのか、コホンと一つ咳ばらいをしてノロノロと立ち上がり、服についた土埃をパンパンと手で払いました。そしてピンと背を伸ばして、やたらと姿勢のよい立ち姿を披露したかと思うと、これまた流れるような優雅なお辞儀をしてきました。
「……これは失礼しました。わたくしはアニー・ローカスと申します。こちらのタニアの母でございます。どうかお見知りおき下さいませ」
「は、はあ。これはご丁寧に。私はファナトリア第9未踏破領域のダンジョン案内所所員をしておりますエヴァンゼリン・ミッドガルドであります。こちらは冒険者のファテリナ様、そしてこちらがイゴールさんです」
「それはそれは……こんなところではなんですので、汚い所ではありますがどうかお上がり下さい。タニア、お客様をご案内して」
「はいです!」
タニアさんがこっちです!と私の腕を引っ張ります。タニアさんのお母様、最初はびっくりしましたが、とても上品な方のようでありますね。
それはそうと、お母様。額からドクドクと流血していますので、止血した方がいいでありますよ?
タニアさんのお家は4人掛けのテーブルと簡素なベッドが二組。そして備え付けのかまどがあるだけの小さなお部屋でした。
「どうぞ、何もありませんが」
席についた私たちにアニーさんが木製のコップに入れた水を差し出してくれます。
「それで……デニスの行方について何かお心当たりでも……?」
アニーさんが期待を込めた目でこちらを見ますが、私は軽く水に口を付けてから首を横に振ります。
「……いいえ、今のところはまだなんとも。ですが、手がかりになりそうなことが出てきましたので、明日にでも皆で調べたいと思っているであります」
「そうですか……」
表情を曇らせて顔を伏せるアニーさん。……2週間も行方知れずの息子を待つ母親の心痛は、いかばかりでありましょうか。
「大丈夫よ!私たちがきっとデニスさんを見つけてみせるから!」
そう息巻くファテリナお嬢様の真っ直ぐな言葉と気持ちに、アニーさんは「ありがとう」と、ふっと表情を緩めます。
「それで少しお聞きしたいことがありましてですね。失礼ですが、デニスさんはガスト・ウィロックという金貸しからお金を借りていたでありますか?」
金貸し、という言葉に一瞬ビクッと体を揺らしたアニーさんですが、すぐに姿勢を正すとゆるゆると首を横に振りました。
「……あの子は自分のことはあまり話したがりませんので……ですが、そのような方からの取り立ては覚えがありません。私たちに要らぬ心配をかけまいとして黙っていたのかもしれませんが……」
「失踪前に何か変わったことはなかったでありますか?」
「いいえ、特に……」
「そうでありますか……」
残念ですが、アニーさんは何もご存知ないようであります。結局ガスト・ウィロックとの繋がりは分からずじまいですね。明日のダンジョン探索で何か分かればいいのでありますが。
「……ゾルギアから逃れてきてからというもの……デニスやタニアには苦労のかけ通しで。見ず知らずの方にこのような事をお願いするのは心苦しいのですが……どうか、デニスの事、よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げるアニーさん。
そうですか。アニーさんやタニアさんはゾルギアから来たのでありますか。
ゾルギア帝国はロディニア大陸内で最大の版図を持つ大国であります。
……これは勝手な想像ですが、タニアさんの家――ローカス家はゾルギア帝国内ではそれなりの家柄だったのではないでしょうか。
数年前に終結した大戦の後、帝国内で国論を二分していた停戦派と継戦派の争いによって多くの貴族階級の人間が国外に逃れる事態になったと聞き及んでおります。
ローカス家もそのような没落貴族の一つだったのではないでしょうか。アニーさんの立ち居振る舞いを見ているとそのような気がしてなりません。
……かく言う私もゾルギア出身であります。
何となく、他人事ではない気持ちになってきたでありますよ。
夕食でも一緒に、というアニーさんの申し出を丁重にお断りして家を辞した我々は、すっかり日の暮れた下町の路地を歩いていました。
その途中で足を止めた私は、お嬢様とイゴールさんにここで別れる旨を伝えます。
「では私はここで失礼するでありますね。明日に向けて早く休むでありますよ?ファテリナお嬢様」
「うん!なんだかワクワクして眠れそうもないけど、何とか頑張ってみるわ!」
「しっかり休息を取るということも冒険者の大切な資質の一つでありますからね」
「分かった!」
じゃあまた明日!と手を大きく振るお嬢様たちと別れると、私は密かに元来た道を引き返します。
「……どうやら本命はあちらのようでありますね……」
西地区に入った時から感じていた我々を尾行する何者かの気配。
その者の狙いが仮にファテリナお嬢様だとしたらこちらの尾行を続けていたはずであります。
しかし、曲者はタニアさんの家の側から離れるような動きは見せませんでした。
私は気配を殺しながらタニアさんの家まで急ぎます。
曲者の狙いはおそらくタニアさん。
しかし、なぜ彼女が?あの子は、ただの小さな女の子でありますよ?
家の側までやってきた時、かすかに何かが地面に倒れるような音が聞こえました。僅かに感じられる場の乱れ。
私は目を凝らし、周囲を伺います。猫人族の暗視能力は折り紙付きであります。
すると、タニアさんの住む長屋の裏口から何者かの影が、音もなく飛び出してくるのが見えました。その者は脇に大きな袋を抱えています。
これはまずいでありますね!
私は「ストレージ」から2本のククリナイフを取り出すと、最速の動きで曲者に肉薄します。
ガキン!
私が振るったククリナイフを黒装束の曲者が短剣で受け止めます。
曲者は咄嗟に刃を滑らせてククリナイフを跳ね上げ、私の懐に潜り込もうと試みますが、私はそれを阻止しようと、もう片方のナイフを相手の首元に走らせます。
曲者はギリギリのところで短剣を立ててそれを受け止め、剣をこちら側に押し込む反動を利用して私から距離を取りました。
……なかなかの手練れのようでありますね。ですが。
「……その「荷物」を置いて消えるであります。あなたなら分かるでありましょう?私が本気を出せばあなたの頭と胴体は一瞬で永遠にお別れする羽目になるでありますよ」
そのような脅しの返事として、曲者は突然口から仕込み針を飛ばしてきましたので、それをナイフで軽々と受け止めます。
……分かっているでありますよ。針は単なる陽動。
曲者の本命の攻撃は私の足元を狙った毒ナイフであります。それも、もう片方のナイフで楽々と跳ね飛ばしてやりました。
ギョッとした様子を見せる曲者に、私はククリナイフで肩をトントンと叩きながら、わざと盛大にため息をついてやります。
「そんな使い古された暗器の攻撃で「バカな!」みたいな反応されても」
私はナイフを一閃して、剣呑な雰囲気で曲者に語りかけます。
「いいでありますか?最後の通告であります。その「荷物」をそこに置いていくであります。丁重に、でありますよ?次に少しでも妙な動きを見せたら……首を跳ね飛ばすであります」
曲者は一瞬の逡巡のあと、脇に抱えた大きな袋を地面に静かに置くと、音もなくその場から一瞬で姿を消しました。
「タニアさん!」
私は袋を開け、中にいたタニアさんの無事を確かめると安堵のため息をつきました。薬で眠らされているだけのようであります。
「ふう、やれやれであります」
タニアさんを抱えながら家に入ってアニーさんの安否も確認します。アニーさんはテーブルの側に倒れていましたが、どうやら彼女も眠らされているだけのようで一安心であります。
それにしても。
「デニスさん失踪の一件……いよいよ只事ではなくなってきましたねえ……」
事件が不穏な様相を呈してきたことで、ますます明日のクエストへの不安が高まっていくであります。
はあ。この一件、トールさんあたりに丸投げできないものでありますかね。
◆◇◇◆
くそう。
こいつに全部丸投げして帰りたい。
魔法使いのケティがパーティーの基本的な陣形などを確認している最中、俺は盗賊のイネスこと、猫娘にじーっと視線をくれてやる。
「……」
俺の視線から逃れるように、わざとらしく短剣の点検などを始める猫娘。
「このように基本私は後衛として皆さんを――イネスさん、どうかしましたか?」
「い、いえ。なんでもないで……す。少し装備が気になって」
じーー。
「……」
じーーー。
「……」
じーーーーーーー。
「……」
俺のしつこい視線に、猫娘は脂汗を垂らしながらカタカタと細かく震え出す。
……なるほど。どうやらよほど正体を悟られたくないらしい。
お次は、見た目は中年、中身は少女な小人族のロイナだ。
なんだってファテリナお嬢さんまでこんなクエストに参加してんだ?
俺がじっと見つめてやると、それに気が付いたお嬢さんは明後日の方を見て音のならない口笛をヒューヒュー吹き始めた。
色々下手くそだな、このお嬢さん。
そして、龍族のアイザックこと変態ウォレス。
……こいつはスルー確定だ。絡むな危険。
「わはははは!ケティ君、心配無用だ!私に全て任せておけ!私の正義の拳でモンスターなど蹴散らしてくれるからな!」
などと、この馬鹿は高笑いをしてケティをドン引きさせていた。
まるきり芝居する気ねえなこいつ。
「壁役はこの私にお任せを。どんな攻撃にさらされようと、決して退きはいたしませんので」
と、神官なのになぜか壁役を買って出る色々とブレーキが壊れ気味なアミルの神官ニナ。
あとは裏表が激しそうな魔法使いのケティと俺という総勢6名の即席パーティーとなる。
……色々めんどくさい面子だな。
しかし、強制クエストだから付き合うしかないが、積極的に働く必要はなさそうだ。戦闘だけでいうなら、ウォレスと猫娘に丸投げしとけばなんとでもなる。
考えてみれば、パーティーの面々と必要以上に絡む必要もない。どうやら変装していることを悟られたくないようだから、向こうさんだってその方がいいだろう。
俺は黙って付いて行って、さっさと仕事を終わらせて帰ってくればいいだけのことだ。
そう考えると、少し気が楽になる。
よし、こいつらとは一切絡まないでおこう。そうしよう。
①小人族のババア(ファテリナ)を口説く
②女盗賊 (エヴァ)を口説く
③アミルの神官ニナを口説く
④龍族の男 (ウォレス)をぶん殴る
……なんでだよ!!
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