第1章 第11話 ヒーロー参上
前回は選択肢の投票はありませんでした。
ファナトリア市長公邸を後にした我々は、東地区にある冒険者組合にやってきていました。
ハミルトン市長様の紹介状を携えている旨を伝え、組合長室の中へと通してもらいました。
今は、私、ファテリナお嬢様、イゴールさんにタニアさんが組合長室のソファーに座り、紹介状に目を通すゼクト組合長の様子を見ています。
「……市長閣下からの紹介状とは、また大仰なことだな」
ゼクト組合長は受け取った紹介状を読み終えると、デスクの上にそれを放ってから、私の方を睨みつつ椅子の背もたれをギシリと鳴らします。そんなに睨まれても困るでありますよ。
「私もそう思わないでもないでありますけど……」
チラリとファテリナお嬢様を伺うと、ふふんとドヤ顔をしているであります。
「市長が紹介してくれた人ですもの!きっとスゴイ人に違いないわ!」
「ま、まあ……」
スゴイ人、というのは間違いないでありますが。
「で、呼ぶのか?」
ゼクト組合長がやめときゃいいのにと言いたげな顔で髭をしごいています。
「……甚だ不本意ではありますけども」
うむ、と組合長が小さな青黒く光る石を取り出して私に渡してくれました。市長公邸でも見た通信用魔法具であります。
ハァと思わず出そうになるため息を押し殺して口元に魔法具を近づけます。
チラリと組合長の方をうかがうと、やるならさっさとやれとばかりに私に向かって手を払います。
うう……嫌でありますよぉ~……。
「た、助けて〜〜!トールマーン」
抑えようのない顔の火照りを感じながら大声でそう叫ぶと、ものの数秒後に部屋のドアがバン!と派手な音を立てて開きました。
そして、部屋に妙な装飾がされた仮面で目元を隠した巨漢のマント男が勢いよく入ってきます。赤いマントにパツパツの青いシャツとパンツ。見事な変質者ぶりであります。
そしてその変質者は妙なポーズをとりながら大音声で口上を述べます。
「赤き血潮が激しく燃える!悪を倒せと急き立てる!呼ばれて飛び出る正義の使者ぁ!」
バッ!バッ!バッ!(なんか次々とポーズをとってるであります)
「トォ〜ル、マン!!!!」(ビシィッと決めポーズ)
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
私とゼクト組合長以外の方が唖然とする中、巨漢の男は一仕事やり遂げたとばかりに額を拭いながら満面の笑みを浮かべます。
ほんとこの方、鋼の精神の持ち主でありますね。
「え、えーと。ウォレスさんわざわざ申し訳ないであります」
「お、やっぱりエヴァか!というか違うぞ!俺は正義の使者トールマンだ!」
「分かったであります、分かったでありますから!」
この訳の分からない巨漢の人はウォレス・トールキンさんという、まあ私の顔なじみの方であります。
呼ばれて飛び出るとはよく言ったもので、この人にあの魔法具を通じて助けを求めるとほんの僅かの時間で駆けつけてくるのです。その速さは空恐ろしいほどであります。
ウォレスさんは元冒険者で、今はファナトリア市政府に雇われて色々と訳ありな事柄を処理するお仕事されている方であります。
私から見てもこの方の強さは正直計り知れません。恐ろしいほどの手練れなのは間違いないのですが、普段の振る舞いがこれですので、畏怖や尊敬する気も失せるというもの。
ちなみにトールさんの知り合いでもありまして、この珍妙な格好や行動はトールさんが教えたそうであります。何をしてくれるのでありましょうね、あのおっさん。
名前にマンを付ければ正義の味方になれると適当な事を言って、誕生したのが「トールマン」。
お二人の名に共通する「トール」にマンをつけたらしいのですが、トールさんが殺す勢いで猛烈に反対したとかしないとか。
「それでどうしたエヴァ!またアルバイトでもしたいのか?こっちは大歓迎だぞ!」
「ち、違うでありますよ!それとは別件であります!少し相談したいことがありまして……」
「なんだ、困りごとか?!このトールマンに任せておけ!全てをまるっと解決してみせよう!」
ハーッハハハハと笑うウォレスさんにドン引きしながらも「実はですね」と事情を話そうと横にいるタニアさんの方をチラリと見ますと、そこには目をキラキラさせるタニアさんとファテリナお嬢様の姿が。
「ヒ、ヒーローだわ!」
「ヒ、ヒーローです……」
……マジでありますか、この子たち。
二人の将来が心配になるであります。
「なるほどなるほど!それは心配だな。案ずるなタニア君!このトールマンが必ず君のお兄さんを見つけ出してみせよう!」
事情を聞いたウォレスさんが任せておけと、ドンと胸を叩いてニカリと笑うと、タニアさんは瞳を輝かせて「はいです!」と感激しています。
ウォレスさんはどうやら協力してくれるようであります。ありがたいのではありますがね……。
「ふむ……冒険者失踪か。ありがちな案件ではあるが……ウォレス、お前さんの報告にその類のものもあったよな?」
ゼクト組合長が尋ねると、ウォレスさんは「ふむ!」と頷きました。
「あるある!きなくさーいやつがな!――テトラ!」
ウォレスさんがパチンッと指を鳴らすと、彼の横にスッと音もなく1人の森人族の少女が進み出ました。
……ずっと同じ部屋にいたはずでありますが、ウォレスさんの圧倒的な存在感のせいでまるきり気にならなかったであります。
「失礼いたします」
優雅にお辞儀をするテトラさんの艶のある長い金髪がサラリと肩口を流れます。細身で繊細な印象を人に与える美少女でありますね。
テトラさんは、ウォレスさんのいわゆる秘書的な立場の方であります。
「……」
テトラさんがチラリと私の方を伺ってきました。その切れ長の目に宿る感情は、明らかに私に対しての反感であります。ある誤解からテトラさんには嫌われているようなのでありますが……やめてほしいでありますよ。
「……私どもが今調査しているいくつかの案件の中に、不自然な冒険者の失踪に関する情報があります。ダンジョン内での失踪報告は組合に上がっているものだけでも枚挙にいとまがないのですが、最近、市の保安局への失踪冒険者の捜索依頼が増加傾向にあるのです。つまり、ダンジョンとの因果関係が不明な形での冒険者の失踪が多く発生しているようなのです」
「うむ!ダンジョン探索中での死亡や失踪は日常茶飯事だ。だが、同じパーティーの仲間があずかり知らない所で姿を消していたり、家族ですら事情を把握していない案件が多くてな!数としてはまだ目立つほどじゃない。だが、軽く調べさせてみると、その失踪者たちの多くに共通点が見つかった。これが悪の匂いがプンプンするのだ!」
「共通点、でありますか?」
「そうだ!その冒険者たちの多くは借金を抱えていたのだ!それも同じ金貸しから借りている!」
「ガスト・ウィロックという金貸しの男です。ですが、商売に関して言えば怪しいところはそれほどありません。暴利を貪っているという悪評もない、ごくごく普通の金貸しのようです」
「借金は偶然かもしれないがな!だが、なんだかきな臭いだろう?」
たしかにその金貸し、怪しくないのが逆に怪しいでありますね。まあ、そうやって疑い始めるときりがないのでありますが。
「……ちなみにタニアさん。お兄さんのデニスさんは借金をしていたでありますか?」
「……ローカス家はほこり高い一族です!借金なんてするわけないです……寄付してもらったお金をあとで返すだけです。ちゃんと返すからわちを売り飛ばさないで欲しいです!」
……なるほど。これは少し関連がありそうでありますね。
「数名の協力者にそのガストなる金貸しから故意に借金をさせて、密かに内偵を進めていたのですが、一つリアクションがありました。債務者たちに借金の減免をちらつかせてクエストを発注してきたのです。3名の協力者にクエストを受注してもらい、明日ダンジョンに向かってもらう予定になっています」
「ほう!そうか!それはまだ聞いていなかったな。どんなクエストなんだ?」
「はい。7層にある希少アイテムの採取が目的のクエストとのことです」
ウォレスさんは、ふうむと顎を撫でながら何かを考えている様子でしたが、やがて何かを思いついたのか、楽し気にパチンと指を鳴らしました。
「よし!そのクエスト、私が引き受けよう!」
それを聞いたテトラさんは形をいい眉を顰め、また厄介なことを言い出したと言いたげに、ふうとため息をつきます。
「……ウォレスさんがですか?あの……すでに内偵の者たちはクエストの代表請負人と名乗る者と接触してますし、仮にウォレスさんのような方が誰かの代理を務めるということになると要らぬ警戒を抱かれる恐れもありますが」
「私だとバレなきゃいいのだろう?この手がある!――へーんしん!」
ウォレスさんはまた妙なポーズを決めてからそう叫ぶと、見る見るうちにその姿が変化していきます。その姿は。
「おじさん!?」
ファテリナお嬢様が驚きに声を上げます。
そう、ウォレスさんはこともあろうにトールさんに姿を変えたのであります。
「はははは!見事なものだろう?この「ミミック」の魔法でその協力者の誰かに姿を変えればいいのだ!ダンジョン探索許可証も借り受ければいい。誰かが行かなければならないのなら私が直接行ったほう何かと都合がいい!如何なる悪だろうと一撃で粉砕してやるからな!だろう?テトラ!」
かなり無茶苦茶なことを言うウォレスさんにテトラさんは反対するかと思いきや、彼女は頬を赤く染めてうっとりとウォレスさんの事を見つめながらコクンと頷くじゃありませんか。
「……はい……トール様がそうおっしゃるのなら」
私はコケそうになりました。
「テトラさん!しっかりするであります!それはトールさんじゃなくてウォレスさんでありますよ?!」
そんな私のツッコミに、テトラさんは切れ長の目をこちらにキッと向けてきます。
「黙りなさい泥棒猫。トール様のお姿で発せられた言葉というだけで、それは全て正しいのです。トール様のお言葉を汚すというのであれば、容赦はいたしませんよ」
おうふ。もう無茶苦茶でありまーす。
「……はい、失礼しましたであります」
私は触らぬ神に祟りなしとばかりに、すぐに降参です。即時撤退であります。
このテトラという方、普段は真面目でお堅い、融通のきかない所がある森人族らしい性格のお人なのでありますが……何があったかは知りませんが、あのトールさんを神の如く崇め、事あるごとに付きまとっていたために、ついにトールさんへの接近禁止令を出されたほどの人なのであります。
そして何をどう勘違いしたのか、私をトールさんに近づく悪い虫だとばかりに目の敵にするのであります。ほんと迷惑千万でありますよ!
「……あの」
その時、ファテリナお嬢様の隣に座っていた従者のイゴールさんが、おずおずと手を上げました。
「その魔法、他人にかけることも可能なのでしょうか?」
「もちろん可能だとも!使用難易度は格段に上がるがな!」
「であればです。このファテリナ様にもその魔法を使ってダンジョンへのお供をさせていただくわけにはいかないでしょうか」
「イゴール?!」
ファテリナお嬢様は驚きのあまり立ち上がって目を丸くしています。いつも慎重な物言いをするイゴールさんにしては大胆な提案でありますね。
「……ファテリナお嬢様には冒険者になるという夢があります。その夢の足掛かりになればと、このファナトリアまでお供してまいりましたが……ダンジョン観光という名目で一度潜ったきり、いまだダンジョン探索許可証も発行されず、従者である私も内心忸怩たる思いを抱いていました。お嬢様の身の安全も考えると強引な事もできかねていましたが……」
イゴールさんはウォレスさんを見て頷きます。
「あなたと一緒ならばお嬢様も一角の「冒険」をすることができそうです。そして何かしらの功績を上げれば、旦那様のお気持ちも変わるかもしれませんし」
そう言ってイゴールさんがチラリとゼクト組合長に目を向けますと、組合長はゴホンと咳ばらいをして、やれやれといった様子で苦笑いを浮べます。
それを見たウォレスさんはポンと手を叩きます。
「……なるほど!そうかそうか!君がミドルトン自治領主閣下の御令嬢か!ははははは!なるほどな!面白い!行こう!私と一緒に悪を倒そう!」
自治領主閣下の御令嬢?!
ファテリナお嬢様、この国のトップの娘さんなのでありますか?!
愉快そうに笑うトールさんの姿をしたウォレスさんに、狂信者と化したテトラさんもウンウンと頷き、もろ手を挙げて賛成していますが……大丈夫なのでありましょうか……万が一お嬢様に何かあれば、それこそ取り返しがつかないでありますのに。
「イゴール!ありがとう!」
ファテリナお嬢様はお嬢様で、感激のあまりイゴールさんの首に抱き付いていました。もう付いて行く気満々でありますね。
「……大丈夫でありますかね……」
生来の心配性が祟るのか、私はなにやら不安が拭いきれません。
そんな心配げな私の様子を見たのか、ウォレスさんは私の肩をポンと叩きます。
「そんなに心配ならどうだエヴァ!君も一緒に来ないか!」
「ファッ!?」
突然何を言い出すでありますか!この変態!
「私だけでも十分だとは思うが、ダンジョンでは何があるか分からん!ファテリナ君を守るというなら、いざという時エヴァも居てくれたほうが心強い!」
「姉さまも行くの!?やった!楽しくなりそう!」
ファテリナお嬢様はそう言って勝手に盛り上がり始めるであります。イゴールさんも「なにとぞよろしくお願いします」と丁寧にお辞儀をしてくる始末。
「ぐぬぬ……」
なにやらもうすでに退路を断たれてしまったような気がしますね……確かにお嬢様の身も案じられるでありますし……
「わ、分かりました……お供させていただきますであります……」
ここで、「断る!」と言えないところが、私のダメなところでありましょうね。
まったくこの時ばかりは、仕事をさぼるためには手段を選ばないトールさんの図太さが羨ましく思えるでありますよ。
今回は選択肢の投票はありません。
次話は投票を行う予定です。




