ゲットゴールたからい(前編)
のりおのマブダチの寶井くんのお話。
5月20日、日曜日、午後2時。
寶井は女子5人とカラオケで遊ぶ約束があり、近所のカラオケボックス「ブレス」の駐輪場に立っていた。
しばらくすると女子の一人が来た。三谷。
「寶井くん、早いね。」
「ああ、うん。俺、どうせ今日お手伝いさんだろ?リモコンいじる係。したら遅刻厳禁だ。」
そう言って寶井は笑った。
三谷は寶井が好きだった。
寶井は、背は前から3番目くらいだが、超絶優男であり、目鼻立ちが凛々しいため、可愛いと女子に評判だった。荒れ狂う校内情勢を前に問題児寸前の、のりお、彼の相方として平和主義者丸出しの姿も可愛いと評判だった。
そんな中、神田小の5,6年で同じクラスだった三谷は、寶井をよく覚えていた。今年4月になって、また同じクラスになり、間もないころから「たからいかわいい」と三谷は思っていた。
この三谷の「たからいかわいい」は小6までさかのぼる。
「女性は出産があるから身体が強くできていて、たとえば体内の血液が1/3ほど流れても死なないんだって、でも男性は死んじゃうんだよ。」
と話の流れで授業中に寶井が言ったとき、
「男子なのに女子が強いって思っているのか。」
と感じて可愛くなった。
当時は別に好きとかそういうわけでもなかった。
しかし寶井が野球一筋の野球少年だったことも覚えており、特に他の男子を好きになることもなかった。
4月に再び同じクラスになって、寶井が昔と変わらない様子だったので嬉しかった。
そして周りの女子達が次第に「たからいかわいい」と言い出したことで、好きになってしまった。
4月24日、月曜日。
このあたりから大田の直属の後輩だった野球部は陰口を言われ始めていた。時系列ではシャングリラの独裁開始直後である。
「寶井くん、去年、野球部どんな感じだったの?」
陰口を聞いた三谷は、良いネタができたと思い、寶井に聞いた。
「どんなって、野球してましたよ?」
ちょっとびっくりしながら丁寧語の寶井。
三谷は聞くだけ聞いて黙って去っていった。
三谷は陰口を背景に何日もこのような単発を繰り返した。
そしてある日、がっつり会話をした。
「寶井くん、去年、大田さんいて辛かったんだよね?」
「グラウンドにあがりこんできた不良がバッティングセンターし始めた日は辛かった。俺がピッチしたから。」
長文で返ってきたので今日はいけると三谷は思った。
「そっかー、最低だよね不良なんて。寶井くん殴られなかった?」
「なんでピッチやらされて殴られるんだよ。」
「ごめん、寶井くん、負けん気強いところあるから、逆らっちゃったかと思ったんだ。」
「あはは、逆らうっていうか、非暴力非服従、野球しに来たんならギリ相手するっていうか。」
「そっか。植民地支配だったんだね。野球部はインドか。」
「そこ拾うか。」
「ごめんね。そこ拾って。えーん。」
「まあそうやって心配してくれる人、いないからありがたい。」
最後、寶井がそう言った瞬間。三谷は急にギョッとなって下を向いた。
「どういう意味?」
三谷は、どういう意味合いでありがたいのか確認しだした。
「いや野球部を憂いてくれる方々がありがたいだけですよ。」
寶井は嫌な予感がしたので、丁重に返事をした。
その日の夜、三谷はベットに横になって悩んだ。
「どうしよう。寶井くんも私のこと好きだった。」
そしてド勘違いをした三谷の妄想劇場が始まった。
次の日の朝、寶井に話しかける三谷。
両想いだからって油断してはいけないし、第一、寶井くんが自分を好きになる理由なんてまだないはず、と思っていたため丁寧語で話かけてみた。
「寶井くん、おはようございます、一時間目は数学ですよ?」
すると寶井はクソの詰まったような顔で言う。
「おはよ。」
そこで三谷は真顔で言う。
「寶井くん、ずいぶんフランクですね、私はただのクラスメイト三谷。」
すると寶井はよりクソが詰まったような顔で言う。
「おはようございます。」
三谷は、
「冷たい。昨日は両想いだったのに。」
「誰かが私と寶井くんの仲を引き裂こうと私のネガキャンを寶井くんに貼ったに違いない。」
と思った。
そして三谷は数学教師の水田に噛みついた。
「三谷さん、この連立方程式、上下どっちの式の両辺を何倍するのかな?」
「わかりませーん。」
「そっか、どっちの式が正解ってこともないけど、計算が楽な方だよ?」
「他の子に聞いてくださーい。」
「そっか、機悪いな三谷さんは。」
すると三谷が早口で言う。
「上の式の両辺を三倍して、下の式と両辺をそれぞれ引き算すれば x = 3 です。」
驚いた水田。
「え?あ?あ、その通り。なんだ。なんだ、なんだ、みんなこんな問題かんたんなのね。はは。」
ちなみに水田は定年前のおじいちゃん先生だ。
授業後の休み時間に、みかねた寶井は三谷に話しかけた。
「感じ悪いぜ。ああいうの。」
すると三谷はまた急にギョッとした顔になり、下を向いた。
「どういう意味?」
「優しい先生だからってやめろよ。先生同士の会話で変な教員に知られたら損だぞ。」
斎藤はその様子を見ていた。
「寶井、いつも俺のことイジるけど、ここはイジるところか?」
「三谷って知らないやつなんだけど。」
斎藤が小泉に聞く。
すると
「三谷さん、頭良さぶらないでくださーい。」
と小泉は三谷のほうをいじりだした。
「あ?なんだコラ?」
「てめそげんゆなら北辰の偏差値みしてやっぺしたあした!」
三谷はよくわからない方言でキレた。
その後、しばらく様子をみていた三谷だったが寶井からはほぼ話しかけてこない。
掃除の時間に近距離で目をあわせても、寶井は笑顔で身体を横にゆすってクルっと回って去っていくだけ。
そのリアクションをみた三谷は閃いた。
「誰かに似ていると思ったらラルクアンシエルだ。」
5月10日。
「寶井くん、誰かに似てるって言われない?」
「言われない。」
「そっかー。あんね、あたしラルク好きなんだあ。」
「ああ、ラルクね。ばっらばらーにちーらばーる♪」
「そうそれ、花葬だけ初回限定版買い損ねたんだ、あたし・・・って、知ってんね寶井!なんで?」
「好きなんだ、俺もラルク。」
寶井がそう言うと三谷は黙ってトイレへ行った。
ラルトークが想像を絶するほど効いたため一人作戦会議である。
会議の結論は「寶井の仲良し5人グループに混じってカラオケに行く。」だった。
しかし三谷が教室から帰ると、寶井が女子4人組に囲まれていた。
ラルトークで盛り上がっている。
「え?」
困惑の三谷。
「たからいかわいい」とか言ってた、にわかの女子連中だ。
「寶井くんさー、hydeに似てない?」
「え、似てるー!」
「歌えるっしょ?」
「え、歌おうよラルク!」
「ラルカラしよう!」
「20日!日曜日!」
完全に女子達のペース。
「あ、あんの部活あるっかもだからね。ごめ・・・」
振り切ろうとする寶井。
すると、
「あ!」
「三谷さん!」
棒立ちの三谷に女子達が気付いた。
一か月過ぎても近隣の女子から苗字でよばれる三谷。
「三谷さん行くっしょラルカラ!」
「ほら!三谷さん来るから!」
女子は、三谷と寶井は仲が良いという認識だった。
「え?」
「え?なにそれ。なによ。20日?」
照れる三谷。
「え、いきたーい・・・」
寶井と女子4人を見下ろしながら、ボソっと呟く三谷。
「あーじゃあいいや、三谷くるなら。日曜日なら部活午前だし。」
寶井は、三谷が来るなら間が持つだろうと思い、一緒に遊ぶことにした。
「のりお!のーりお・・・」
そして、のりおも加えようとする寶井。
「え、ちょ、男子はもういいよ!」
「男子もういい。」
「男子いらない。」
女子達は、のりお以下他の男子の参加を断固拒否した。
そして男子は寶井だけになった。
「三谷さん、1年の時なんて呼ばれてたー?」
女子が聞いてきた。
「ちひろ。」
「ふーん。」
「へー。」
「・・・そっか。」
「じゃ、三谷さん、20日。」
こうした経緯でカラオケが実現したのであった。
つづく