吹奏楽部八重樫
風紀委員会 vs. 不良(正統派) vs. 不良(ミスリル派)vs.抵抗勢力レジスタンスという校内情勢は、風紀委員会による不良排斥、不良(正統派)による風紀委員会への逆襲、不良同士の停戦、という展開だ。野球部を自軍に併合したい不良(ミスリル派)と、レジスタンスメンバーにして野球部の中心人物「のりお」とレジスタンス頭目のして野球部女子マネージャー「松平」、ここで火花を散らすのは時間の問題であるが、誤算もあり悪化した校内の治安からレジスタンスメンバーの心境は複雑だ。
5月25日、金曜日、部活の時間
あっという間に野球部に馴染んだ松平は部長にも気に入られ順調だった。
しかし不測の事態が続き、誤算もあったことで、松平は少し疲れていた。
当初、松平は、自分達レジスタンスがミスリルを叩いてミスリル派を解散させ、そこで不良同士の抗争を終わらせる算段だった。そうすることで校内の治安回復を急務としていた。しかし前段階としてラインバレルとミスリルが和解したことで不良同士の抗争はあっさり終わってしまった。加えて公開処刑執行人岩田が撃破されていることで、不良達の善良な生徒達への蛮行はむしろ悪化してしまい、校内の治安は悪化した。
そうした誤算もあり、松平は野球部を戦力化しレジスタンスの仲間に加えること、あるいはレジスタンスと同盟関係にすることを大きくためらっていた。心情的に一週間お世話になった野球部を戦力化して昨今の複雑怪奇な抗争に巻き込むことをためらっていた。またラインバレル率いる不良(正統派)とは立場上、揉めることができず、彼らの蛮行をスルーしながら野球部を戦力化することは、いくらなんでも平和主義に悖るとした。
のりおにも同様の悩みがあった。ミスリル派に加え、ラインバレルの手下である不良(正統派)の善良な生徒への蛮行が悪化した、これはのりおにとって、非常に当初の考え、ラインバレルには威風堂々不良をやりきってほしい、が甘かったといえる。
結局、二人は野球部にはこのまま野球をしてもらうことにした。かねてから不良(ミスリル派)は野球部を戦力化して自陣に併合し校内の覇権争いを有利にする構想があった。もしもミスリルが野球部にからんできた場合は、松平が、あくまで野球部マネージャーとして毅然と自衛し、そこでレジスタンスを引き合いにだせばよいと考えた。後手後手だが、校内の平和主義を優先した。
しかし校内の平和主義を優先するなら、当初の予定であるミスリルとのタイマンは急ぎたいところである。そこはレジスタンス3年八重樫に依頼した。何かの機会に、独断を装ってミスリル派と小競り合いしてもらうよう、数日前から松平は八重樫に依頼していた。
レジスタンス3年、八重樫は吹奏楽部に所属し、仲間からは「ちづる」「ちーちゃん」などと呼ばれていた。女子しかいない吹奏楽部で一番背が高く、真面目な八重樫は、役職はないが部長や部員から信頼が厚かった。
吹奏楽部は毎日、最後の30分間で全体練習(合わせ)を行って終わりになる。この日は第二音楽室にウッドブロックを取りに行った3年生、鷲宮理沙がそのまま帰ってこず遅延していた。顧問がパーカッションにウッドブロックを加えようとアイデアを、全体演習前に出したのだが、第一音楽室にない。そこで第二音楽室に探しに行ったが、それっきりだ。心配した顧問は八重樫に様子を見に行かせた。第二音楽室は不良(ミスリル派)の溜まり場の一つだ、まさか絡まれたのではと思った。
八重樫が見に行くと、案の定、鷲宮はミスリルと手下に絡まれていた。
「ちづる、この人達、打楽器を返してくれないの。」
鷲宮は随分と怯えた様子だった。
チューバのチューニングなどしている場合ではなかったと八重樫は思った。
「やーえーがーしー!八重樫きたー!」
突然現れた八重樫に少し驚いたミスリルは、ウッドブロックだけ返すよう手下に命じた。
「しゃーないなー貸してあげてーそれ!」
ミスリルは八重樫とは極力面倒を起こしたくなかった。
八重樫が先日の和解交渉に同席した松平の仲間であることは知らなかったが、あまり揉めたくなかった。
過去、何度か揉めて、面倒だったため。
ウッドブロックを手にした鷲宮と八重樫はそのまま棒立ちで、座っている不良達を見下ろしていた。
「なんだ!用はすんだだろ!かえれよ!」
ミスリルの隣で吠える谷田貝。
「いや、お前ら、第二音楽室も一応、吹奏楽部の部室なんだ。出てってくれないか?」
八重樫は言った。
滅多に使わないという理由で顧問もスルーしていた不良(ミスリル派)の第二音楽室占拠。松平からの注文もあり、鷲宮がその場にいるものの、あえて八重樫の方からつっかかった。
立ち上がるミスリル派の不良5名、座ったままのミスリルと谷田貝。
「りさ、とりあえずそれ持って帰りな。」
鷲宮だけ返そうとする八重樫。
ミスリルは、こいつは本当に面倒くさいなと思った。
同じ女の八重樫を、こんなピリッちいことで、たとえば病院送りにもしたくない。
かと言って出て行ったのでは手下に示しもつかない。
「ちょーしのんな!出てくのはお前だよ八重樫!」
ミスリルは八重樫を睨んで言う。
八重樫はため息をついてから言う。
「そこらへんにあるもんは全部十万以上するんだ。盗ったり壊したりしたら大事だ。」
「今までほっといたけど、私らを妨害しながら備品で遊ぶみたいだし、この際、出てってもらわないと・・・」
「なんだい!いつかやるってのかい!あたしらは!」
ミスリルの隣りでキレる谷田貝。
八重樫を睨んだままのミスリル。
すると不良の一人が八重樫の左肩を掴んだ。
女子生徒なので襟は掴みづらかったし、掴んだと言っても突き飛ばすような要領だった。
「帰んな・・・」
ドカッ
八重樫は腹部を殴打した。
「うっ・・・」
「うううう・・・」
ドサッ
殴られた不良が膝から崩れ落ち、苦しそうにうずくまった。
「触るんじゃないよ。極真を習ってんだ。負けないよ。」
八重樫は言った。
「聞きな。私、レジスタンスっていう松平のチームに入ったんだ。お前ら不良も風紀委員会も好き勝手やらせないって集まりの一員なんだ。吹奏楽部とか関係なく、お前らとはいずれ喧嘩だ。」
「今日は連れがいるんで引いてやるよ。吹奏楽部のシマが欲しいなら、次は大将自ら喧嘩しな。」
八重樫は逃げ出せていない鷲宮の手を引いて第二音楽室を出た。
怒り心頭のミスリルはしゃくだから少し間をおいて、全員で第二音楽室を出た。
ミスリルと八重樫の小競り合いは過去にもあったが、喧嘩しろと注文が付いたのは初めてだった。
女ばかりということで、女としてミスリルは吹奏楽部は狙わないでいた。
ミスリルとしてはそんな御厚意を踏みにじられた気分だった。
ミスリル達は適当に弱そうな生徒に絡んではうっぷん晴らしをした。
つづく




