大河内くん退院
ジョバイロに腕バッキバキにされた大河内くんが退院します。
5月22日、火曜日、正午頃
埼玉県内のとある病院にて。
ジョバイロに腕の骨を三カ所折られた大河内が本日付けで退院する。
もちろん通院と療養は続くが、数か月後にはボクシングの練習にも復帰できる見通しであった。
「もう風紀委員会にはいられない。」
そう呟く大河内だった。
大河内はシャングリラの写真を収賄して風紀委員会に背任したことを悔いていた。
そんな大河内の元へ、毎日のように看病してくれたある人物が、今日もやってきた。
「たくみ!元気か!」
大河内が通う、椿ボクシングジムの会長の娘で中学二年生の椿明来だった。
大河内の本名は大河内巧、明来とは入門以来、仲良くしていた。
いつも夕方の見舞いだったが、今日は違う中学だが、学校をズル休みして正午にやってきたのだった。
「今日で退院だね!お疲れ様!」
明来はとてもうれしそうだった。
「明来、ありがとう。」
大河内は礼を言った。
「お父さん、すっごく心配してたんだ、もうボクシングできなくなるんじゃないかって。」
明来は退院を心から祝った。
「僕なんかボクシングやったって意味ないよ。結局、怪物みたいなのに負けてしまうんだ。」
大河内はそっぽを向いて言う。
「喧嘩のこと?」
「・・・そうだよ。」
「たくみが殴らなかったからだよ。」
明来は澄み切った表情で大河内に言った。
「そうだよ。心のどこかで怖かった。ダメなやつだ僕は。」
大河内は相変わらずそっぽを向いたままだった。
「違う!そういう意味じゃない!」
明来は大河内の肩をつかむと無理矢理自分の方を向けて言った。
「誰かを殴ることが立派なはずない!たくみがやっているボクシングはコンタクトスポーツだ!たくみはスポーツマンなんだよ!」
「殴らなかったんでしょ?殴らなかったたくみが・・・私は・・・!」
大河内は泣いた。
「じゃあいまの上大久保中はなんなんだよ。喧嘩できなきゃ何もできないじゃないか!スポーツマンなんてクソの役にも立たないじゃないか!」
明来も泣いた。
「じゃあ学校辞めちゃえよー!」
大河内の両親も泣いた。
喧嘩とコンタクトスポーツの違い、それが曖昧なまま、それこそプロまで上り詰める者がいる以上、たわごとにしか聞こえないのも仕方がない。しかし、たまたま相手を殴打することだったのである、心技体を鍛え、競い合うテーマが。自他を問わず、喧嘩と区別がつかないのは不必要に相手を加害せしめんとする幼稚な悪意が、考える人のどこかにくっついているからだ。しかし例えば自分の大切な人やモノを守るとき、格闘技を武器として使うことを躊躇できるはずもなく、つまり幼稚な悪意と断ずることは往々にして難しい。たとえばボクシングが確かに武器として使えてしまうのも動かしがたい事実なのである。
頑張れ!大河内君!
つづく




