呉越同舟
不良正統派と不良ミスリル派の和解交渉。
5月19日、20時、学校から2km離れた廃病院倉庫。
乾燥機等、空調がまだ健在、夜はこの時期、まだ涼しい。少し寒いくらいかもしれない。
薄暗く、申し訳程度にオレンジの電灯がつく。80平方メートルほどの間取り。
壁には棚が建て付けてあり、段ボール等が陳列、匂いはあまりないが蜘蛛のいない蜘蛛の巣がある。
棚の手前にもいくらか段ボールが陳列されている。
既に何度も不良達が話し合いや喧嘩で使ったため倉庫内はそこまで汚くない、中央にマットレスが敷かれ座敷になっている。しかし万が一にも落としたオニギリは食べられそうにない程度には汚く、今日の和解交渉の前にミスリル派の下っ端達が軽く掃除をした。ミスリルの指図でそうした。
入口から奥にミスリル率いるミスリル派が座る。
入口から手前にラインバレル率いる正統派、レジスタンスの松平と藤倉が座る。
不良達が全員、着席しガヤガヤと雑談する中、藤倉は松平に小声で話しかけた。
「松平、わかっている。これは『僕!喧嘩!できまぁす!』とか叫んだらダメな奴だ。僕が私語したら確実に殺される。」
「僕も場数は踏んだと思っていたが凄く緊張する。来るんじゃなかった。」
藤倉は松平を見ず、正面を向いたまま、固い表情だった。
「いや、すまない藤倉。キッチリやってくれ。打ち合わせ通り。」
松平も藤倉を見ず、正面を向いたまま言う。
松平も藤倉も、来るまではご機嫌だったが、実際に来てみると一分一秒ここにいたくなかった。のりおを連れてくればよかったとさえ思った。
すると正統派3年の松本が立ち上がる。
「やるぞ!」
松本が怒鳴る。
シンとなる正統派。
続いてミスリル派も徐々に静かになった。
「あー、したらー、はじめます。」
松本は号令すると、最前列中央のラインバレルに立礼し、座る。
静まり返る和解交渉の座敷。
「ちゃっちゃと終わらせてえ。面倒は抜きだ。」
あぐらのラインバレルが語る。
「俺たちは先月から調子に乗り続けている風紀委員会の撃破に専念すべく、この「内輪揉め」を話し合いで終わらせようと思う。」
「元は俺の手下だったミスリル、少ない手勢でよくやった。正直、驚いたぜ。腕の立つお前の仕切りを応援することにした。遠慮なく不良をキメて楽しくやってくれ。」
ラインバレルが言い終わると正統派の不良達は一斉に拍手をした。
ミスリル派のミスリルは憮然とした表情で聞いていたが、最後、拍手が鳴り響くと笑みがこぼれた。
「そっかー、よくわかんないけど、今の手下とこのまま遊んでいいんだ、へー。」
「ムカつくわー。」
髪は水色、生え際が黒。化粧をしていて、男連れでもないのに赤いリップ。そして広い肩幅にオフショル。高校生にすら見えない容姿。
ミスリル派を率いるミスリル、本名、山口あかり。
「えーでも、それ一時的なアレでしょ絶対、ねー?」
ミスリルが隣の席の女に言う。
「ミスリルさん、ここはひとつ、先刻の処刑人岩田を消した件、汲んでやってください。」
女の名は谷田貝、ミスリル派3年。元は、ミスリルと谷田貝で女子2人、男38人の不良グループだった。
「ふーん。ヤッピー(谷田貝)がそう言うならいいけどさ。」
ミスリルは背中と首のつけねあたりを掻きながら言う。
「なんかあたし得しますか?」
ラインバレルを見下ろすような表情で言うミスリル。
「みたいなー。キャハ!」
ミスリル以外黙っているミスリル派。
来る前のミーティングが効いた。ついこないだまでならとっくに殴り合いである。
ビー玉に言われ、仕込みがあると思っている正統派連中は静かだった。
「ま、いいや。岩田をぶち殺した件はマジで助かります。」
ペコっと頭を下げるミスリル。
「応援してくださるなら素直に受け入れたいと思います。」
棒読みのミスリル。
「でさでさ、私の席の前においてあるこの包みはなに?」
ミスリルは目の前の菓子折りに興味を示した。
「恐れながら申し上げます。」
藤倉が座ったまま言う。
「わたくしの母の実家でこしらえました煎餅でございます。お納めくださいませ。」
緊張しきった藤倉がなんとか最後まで言い切った。
ハハハハハハハハハハ
笑う不良正統派26名。
ラインバレルが振り返らずに右手を上げると笑い声が消え静まり返る。
「へー。煎餅か。太らないやつだ。アハハ!」
「じゃあさ、じゃあさ、隣の、青い水がずっと出てる模型はなに?」
ミスリルは煎餅の隣に置いてあるコンストホイテンに興味を示した。
「コンストホイテンで御座います!」
藤倉が精一杯の声で言う。
「えー!癒される!」
まじまじとコンストホイテンを見つめるミスリル。
「誰だてめえ!」
谷田貝が藤倉に怒鳴る。
「科学部の藤倉で御座います。」
藤倉は顔を上げずに名乗る。
「科学部だとお?」
谷田貝は藤倉が気に入らない様子だ。
「ああ、聞いてくれ、こいつらレジスタンスっていうんだ。あの眼鏡が藤倉で、前の席が松平。」
ラインバレルが紹介した。
「大田さんの直属の後輩ってことで野球部を特別扱いしてただろ?俺たち、そのまま野球部を属国にして部員を兵隊にするつもりだったんだ。その野球部から一切合切手を引けって俺に言ってきやがったんだ。その代わり、風紀委員会を打倒する手伝いをさせてくれって。」
半分は本当、半分は嘘である。
「なんでどこぞの馬の骨が肩入れするんだ?」
谷田貝が聞いてきた。
松平は下を向いたまま答える。
「松平と申します。率直に風紀委員会の無道を正したいからです。また校内がこれ以上荒廃するのも見ていられません。」
松平は言い終わるとグッと息をのんだ。
ラインバレルはスッと右手を上げる。
するとビー玉が語りはじめた。
「あんな小さい女がそんなこと言ってんだ。感心しちまってよ、てっちゃんも俺も。」
「やっぱ敵は風紀委員会だよなーってなったんだ。そんで一足さきに岩田を消したんだ。」
ふっと息を吐くビー玉。
「おおおおおおお」
不良正統派26名がどよめく。
ここでミスリル派は正直、笑いを堪えていた。
ちゃんちゃらおかしいため。
「あ、あのさ。いいんだけど。なんかたくらんでない?すっごい。」
顔を赤くして笑いを堪えながらミスリルが言う。
「たくらんでません!」
藤倉が叫んだ!
ハハハハハハハハハハ
笑う正統派26名。
勢い、ミスリルは考えていたことを忘れた。
「あ、あー、あ、そっかー。煎餅屋の孫がそう言うんじゃそうなんだろな、煎餅に免じて信じてやるか。」
「てめえ!すかしてんなら殺すぞ!」
谷田貝は本当に藤倉みたいなのが嫌いなようだった。
「あ、でもさー悪いけど、風紀委員会の相手なんてダルいことしないよ?」
ラインバレルに言うミスリル。
「でさー、野球部を兵隊にする件も、ウチら取り下げないっていうかー。」
松平に言うミスリル。
「これいいよだったら、煎餅とコンストホイテン、もらってあげるんだけどなー?」
得意げに言い終わるミスリル。
ラインバレルは笑いを堪えるのに必死だった。
完全に狙い通り。
共闘などされても困る、兵隊を返してもらう口実がない。
そして半ば松平の手中にある野球部を、そうとも知らずにさらおうという魂胆、これでレジスタンスとミスリル派の激突は時間の問題か。
「あ、ああいいぜ。」
「松平。文句があってもなしだ、ここは俺の仕切りだ。」
今度はラインバレルが絶対に笑ってはいけない場面だった。
松平は言う。
「承知いたしました。」
松平はここにきて辛かった。
不良の計らいで待ち受けるのは自軍とミスリル派の抗争。
火中の栗は今日からお世話になった野球部。
平和主義の通過点としても身を切るような自己矛盾。
奇策に奇策を重ねキャスティングボードを握ったが、ここにきて現実が重く氷のように感じられた。
本格参戦の重圧。ぐっとこらえる松平だった。
「おーし!じゃ!かーえろ!」
ミスリルは大きく伸びをすると立ち上がり、コンストホイテンを持って出て行った。
煎餅は谷田貝が持って行った。
つづく




