プロローグ
小学3年生の教室。
授業中に誰かがオナラをした。
スカしで決めた。
クサい。
クラスのいじめっ子が真っ先に口火を切った。
「だーれかへーこいただろー?」
教室は騒然とした。
確かにクサいため。
のりおは悩んだ。
犯人捜しが嫌だった。
オナラをしたのはのりおではない。
しかしのりおは犯人捜しのようなことが嫌いだった。
そういう少年だった。
そこでのりおは、わざと盛大に放屁した。
放屁のけたたましい低音で教室が静まり返る。
のりおは、
ガス♪
ガスガス♪
ぅふふ♡
と歌った。
教室中が爆笑の渦。
先生さえも笑いを堪えられなかった。
いじめっ子は言った
「あーのりおーてめさっきのもおめぇだー?」
のりおは、
「違うよ!僕は自分でしたら自分で言うよ!スカしで決めるなんてしないよ!」
と言った。
すると
「うそでしょ!二回とものりおくん!やーだわ、はいはい、授業しますよ。」
と先生が言った。
のりおの思惑どおりの展開。
犯人捜しは中止になった。
しかしそのときクラスのある女の子が言った。
「解決した!よかったー!」
次の休み時間で、その女の子はいじめっ子達に泣かされた。
「一発目はお前だろ」
「なにがよかっただふざけんな」
「みんな迷惑だった」
女の子の手の甲には二カ所、コンパスの刺し傷があった。
白状させられたのか。
のりおは、スカしで決めたのも自分と言うべきだったと後悔した。
暴力、騙られた正義、自分の独善、忌々しいにもほどがあった。
結果、二度とオチャラケタ振る舞いをしなくなった。
そうすることで教室の平和を守ろうなどと、そんな欺瞞に満ちた自分が嫌いだった。
やがてのりおは、放課後は一人でサッカーボールを足で小突いて遊ぶようになった。
そうするととても落ち着いた。
ある日の放課後。
相変わらずそんなような事で時間を潰すのりお。
しかしこの日は違った。
学校で一番偉い5年生の大田につかまった。
大田は悪党で動物が大好きだった。
にわとり小屋の掃除をさぼった上級生を全裸にして小屋に閉じ込め夜まで出さなかったことがある。
のりおは大田を知っていた。
のりおがサッカーボールを足で小突いていると、
大田は「おいうごくなチビ!!!」と怒鳴り散らして近づいきた。
なんとなくクラスのいじめっ子にかぶったのりおは逃げなかった。
大田は言った。
「俺たちに混ざれ。今日、奇数なんだ。お前いれてヨンヨン。こいよ」
大田はのりおの肩を強引につかんで転ばせる勢いでのりおを連行した。
のりおは散々だった。
5年生の集団についていけるはずなどない。
後半は皆がのりおをからかって遊んだ。
さながら見世物だった。
しかし大田は言った。
「おまえ本当にサッカー好きなんだな。また遊ぼうぜ。」
のりおは言われるがまま、大田グループと遊ぶようになった。
大田の傍若無人な振る舞いは好きになれなかった。
しかし大田グループは大田を中心に一致団結していてそこが好きだった。
そのかいあって、のりおのサッカーは著しく上達した。
大田の親を経由して大田と同じ少年団にも入った。
そこでもメキメキと上達し、5年にあがると地元のジュニアユースに呼ばれた。
のりおはサッカーが好きだった。
仲間を認め合うほどチームは強い。
交わす言葉の一つ一つまで無駄にならないスポーツだと思った。
自分が大嫌いなものの真逆だった。
しかし、のりおは中学にあがるとサッカーを辞め野球部に入った。
大田が野球部にいたため。
自分に成長と活躍の場をくれた大田とまた遊びたい気持ちが勝ってしまった。
周囲の期待が重くて仕方なかった。身軽になりたかった。
中学2年の始業日。
のりおはクラスの女子に話しかけられた。
「佐藤くん、私、坂本。覚えてる?東小で3年生のときいっしょだった・・・」
忘れるはずなかった。
コンパスで自白させられた女の子だ。
あの日を境にのりおは変わった。
しかし坂本という名前は忘れていた。
「ああ、覚えてるよ」
リアクションの薄いのりお。
目線を軽く落として坂本は言う。
「佐藤くん、皆から、ゲットゴールのりおって呼ばれてたよね、いま野球部なんだね」
坂本の手の甲には古傷がまだあった。
すると坂本はホームルーム前の着席がまばらな教室を軽く見渡した。
そしてふっとひと呼吸して、のりおを見て言った。
「席、となりなんだ。よろしくね。」
「ああ、坂本だと言われるまで気がつかなかった。」
言い終わる前に坂本は小走りでどっか行った。